夢うつつの時の中に、

理由がわからないままに、紅が生きた時代へとやってきた政宗。
戸惑いは当然であるにも関わらず彼は、あれは何だ、これは何だと疑問を口に出したりはしなかった。
その代わり、視線だけは絶え間なく右へ左へ、上へ下へと動き、そして表情は硬い。
彼の緊張を肌で感じ、紅は考えるように沈黙した。

「政宗様…じゃなかった。えっと………政宗、さ…ん」

努力の後が見える声の様子に、政宗の意識が彼女を振り向く。
どうしても呼び捨てることが出来なかったらしい彼女。
やや頬を赤くした彼女は、こちらを向いた政宗の腕を引いた。

「良かったら、散歩に行きませんか?」
「…ああ、だが…」
「危険はたくさんありますけれど、あの時代ほど物騒ではありませんから、大丈夫。私が一緒に行きますから」

政宗と共に生きる時代では、うっかり戦場に迷い込もうものなら、命が危うい。
現代の日本では、道を歩いて殺されるような事態はまずないと言っていいだろう。
物騒なニュースがなかったわけではないから、絶対、とは言い切れないけれど。
ただし、それはあくまで現代日本の一般的知識を持ち合わせている人間にとって、だ。
例えば、赤は止まれ―――この常識がなければ、車に轢かれても文句は言えない。
しかし、その常識を持つ紅が一緒なら、散歩程度は問題ないだろう。

「行きましょう?」

腕を引く彼女に、政宗は躊躇いつつも一度、頷いた。







散歩中も、政宗はやはり、数多くの疑問を口に出さなかった。
興味を惹くものはあれど、むやみやたらとそれを尋ねるべきではないと思ったのだろう。
彼の姿勢に領主としての誇りを見て、好感度を高める紅。
彼女は周囲の視線を集めてしまわない程度に控えめな声で、全てを説明した。
そうして、1時間ほどののんびりした散歩の最後―――電柱に括りつけられた看板を見て、紅が笑顔を見せる。
政宗を連れて足早に家に戻った彼女は、父の部屋からあるものを持ち出して彼に差し出した。
そして、自分もまた、自室で着替えを済ませる。

「政宗様、よろしいですか?」

襖の前で声をかけ、中からの返事を聞いてそれを開く。
部屋の中にいたのは、男性用の浴衣に身を包んだ政宗。
先ほどまで着ていたジーンズ姿も似合っていたけれど、やはり和服が似合うと笑顔を見せる紅。
和服に対する戸惑いはなかったのか、文句の付けどころなく完璧に着こなしていた。

「よくお似合いです」
「ああ。だが…これで出かけるのか?」

言外に目立つだろう、と含ませる彼に、紅は小さく笑う。
同じく浴衣に身を包んだ彼女は、大丈夫ですよ、と答えた。

「普段の日ならそうですね…目立つかもしれません。でも、今日だけは、大丈夫ですから」

紅はそう答え、政宗の腕に自身のそれを絡めた。
玄関先においていた巾着を腕に提げ、紅の言葉を理解しかねているらしい政宗を連れてそこへと向かう。
夕暮れに差し掛かった道。
目的地へと近づくにつれ、次第に人の姿が多くなってくる。
その中に、自分たちと同じ浴衣姿を捉え、政宗は首を傾げた。

「夏祭りは、浴衣姿の若者が多いんです。この時代は、こんな時くらいしか浴衣を着ませんから」
「…そう言う事か」

漸く、彼女の言っていた意味が理解できた。
政宗が小さく口角を持ち上げる。

「きっと、あちらの祭りとは少し雰囲気が違うと思います。何か欲しいものがあれば教えてくださいね」
「お前に払わせるのか…」
「あちらでは沢山いただいていますから。そのお礼だと思ってください」

ニコニコと笑みを絶やさない様子の彼女に、何を言っても無駄だと知る。
わかったと頷けば、彼女は嬉しそうな表情を見せた。
見知った行事のはずなのに、なぜか自分よりも楽しげな様子の紅。

「随分楽しそうだな」
「え、そう…ですか?」
「ああ、満面の笑みだ」

こっちまで釣られちまう。
そう呟き、紅の頬に触れる政宗。

「…だって…政宗さんとこちらの祭りを楽しめるなんて、思っていなかったから」

頬を染め、はにかむような照れ笑いを浮かべる。
そんな彼女を見つめる政宗の表情はとても優しい。
既に屋台の並ぶ道まで来ており、二人以外にも大勢の人で賑わう祭り会場。
穏やかで、甘くて…それでいて、優しい空気の二人は、自然と人目を集めていた。
羨ましそうに見つめるカップルの視線に気付いた様子もなく、二人が歩き出す。

「…何だありゃ」
「あれは綿菓子ですね。美味しいですよ」
「…食いもんなのか」
「ええ、もちろん。お兄さん、一つください」

政宗が興味を持ったらしいそれを注文する。
彼と並んで歩ける事が嬉しくて、笑顔が絶えない紅。
注文の時もやはり笑顔で、うっかりやられてしまった店主が一つおまけしてくれた。
お礼はもちろん、満面の笑顔で十分だ。

「どうですか?」
「…甘ぇ」

政宗の返事に苦笑する。
一口、二口の後、黙ってそれを見つめる彼。

「ガキ共が喜びそうだな」
「確かに喜ぶと思いますけれど…これ、あちらで作るのは難しいですよ。
ザラメを繊維状にする機械が必要ですから」
「そうか。元親に作らせてみるか?」
「あぁ、カラクリですね。うーん…悠希が助言して、ある程度出来るような気もしますけれど…どうでしょう?
あちらでとなると―――」

綿菓子を片手に、真剣な表情で屋台を回っては色々と意見し合う二人。
そんな二人は、傍目にはどんな風に映っていただろうか。
後日、驚くほど颯爽と浴衣を着こなしたカップルがいたと噂されたのは、本人たちは知らぬことである。







「ねぇ、紅。筆頭から「綿菓子を知ってるか」って聞かれたんだけど」
「んー…不思議な体験よね…」
「何?今度は二人で夏祭りでも体験してきたわけ?いいなぁ…楽しんだでしょ」
「うん、楽しかった。夢か現実かなんて…どうでもいいと思うくらい」

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11.07.23