変わりなく続く日常に、

「あら」

無人だと思っていた部屋に入るなり、コウは小さな声を零した。
その声に反応し、振り向いたのはこの部屋へと通されていた客人だ。
コウもよく知るその人物に、彼女はにこりと微笑んだ。

「こんにちは、恭弥くん。久しぶりですね」
「やぁ、コウ」

お邪魔しているよ、と言うような性格ではないので、その言葉はなかった。
けれど、孤高の彼にしては、随分と柔らかい対応だ。
見る者が見ればギョッとするような光景も、二人にとっては日常的なもの。

「あなたは相変わらず小さいね」
「皆さんがすくすくと成長しすぎなんですよ」

平均よりもやや小柄な体格を、少しは気にしているのだろう。
むっと口を尖らせる彼女だが、その表情は優しい。

「ディーノくんに用事ですか?」
「ああ…もう呼んでくれてるから気にしなくていい」
「そうですか。それなら、何か淹れて待ちましょう。紅茶で構いませんか?」

そう問いかけると、雲雀は肯定するように頷いた。
それを見届け、彼女は隣部屋に用意されている小さなキッチンスペースへと向かう。
多種多様な茶葉やコーヒー豆が用意されたそこは、コウの希望で作られた場所。
客人を自ら持て成すためにと、遠くない場所に作ってもらったのだ。
慣れた手つきで工程通りに紅茶を淹れ部屋へと戻ると、丁度良く廊下の扉が開いた。

「悪い、恭弥!待たせたな!って、コウもここにいたのか」
「ええ。紅茶を淹れておきましたよ」
「ああ、助かる。ありがとな」

ローテーブルに用意されたそれを見て、ディーノが礼を言う。
彼は持ってきた資料を傍らに置き、雲雀の向かい側に腰を下ろした。
紅茶のセットを用意し終えると、コウは話を始めた彼らを横目にもう一度キッチンスペースに戻る。
そこから昨日作っておいたお菓子をいくつか持ち出して、テーブルの邪魔にならない所に置いた。
そして、ディーノの隣へと腰を下ろす。

「そうか…西の方の問題は解決したんだな。助かった。それで、礼だが―――」
「手合せでいいよ」
「まーたそれか…まぁ、お前が良いって言うなら別に構わないが…毎度、それだけってのもなぁ」

そう答えたところで、ディーノがちらりとコウを見る。
二人の会話を穏やかな表情で見守っていた彼女は、その目配せにきょとんとした。

「お礼に悩んでいるなら、夕食に何か作りましょうか?」
「お、それいいな。頼めるか?」
「はい。でも、今からだとそうそう手の込んだ料理は出来ませんけれど…」

置時計で時刻を確認したコウがそう言うも、ディーノは「別に構わねーって、なぁ?」と笑う。
そうして、同意を求めるように雲雀に声をかける彼。
彼への答えも、要るとも要らないとも答えず、雲雀は沈黙を決めた。

「久しぶりに日本食でも作りましょうか。恭弥くん、暫く日本に帰っていないんでしょう?」
「…かれこれ、二ヶ月くらいになるね」
「それなら、腕に縒りをかけて作りますね」

雲雀の返事に笑顔を見せ、コウは腰を上げた。
夕食はいつもの時間に、と言葉を残し、足早に部屋を後にする。

「…よくできた人だね」
「俺の自慢の嫁さんだからな!」
「あなたには勿体ないよ」
「…お前…そこは本人を前に言うなよ」
「でも―――」

コウの去った扉を一瞥し、小さく口角を持ち上げる雲雀。

「二人が並んでる姿は、悪くないと思うよ」

彼の口から紡がれたのは、素直ではない褒め言葉だ。
そんな彼を見て、ディーノはコウと彼を会わせた事が間違いではなかったと思う。
始まりは、ディーノが彼の師事をした、リング争奪戦の時だ。
獄寺が心配だからとディーノに同行した彼女に、サポートを頼んだ。
女性に対して暴力的な所は見ていないけれど、人に対して攻撃的である事は否めない。
コウを会わせる事に不安がなかったと言えば嘘になる。
結果として、コウは雲雀を弟同様に可愛がっているようだし、雲雀も彼女には心を許しているように見える。
彼女からの忠告には耳を貸すのだから、素晴らしい進歩だ。
尤も、彼女以外に対しては全く変化していないので、進歩とは言えないかもしれないが。

「さて、と。時間が出来ちまったからなぁ…行くか?」

約束は、約束だ。
礼は弾むと言ったのだから、彼の要望に応えなければならない。
コウが用意してくれた菓子を一つ銜え、立ち上がるディーノ。
雲雀の口元に戦闘時の雰囲気のそれが浮かんだ。












お風呂上り、パジャマ代わりの緩いワンピースに着替えたコウは、救急箱を傍らにディーノを待っていた。
そこへ、今しがた風呂を出たばかりのディーノがやってくる。
水気を含んだ金髪をタオルで拭いつつ、大股で部屋を横切る彼。
コウは自分が腰かけたベッドへと彼を呼ぶ。
大人しく近付いてきた彼と立ち位置を入れ替えるようにしてベッドに座らせた。

「また随分派手に楽しんだみたいですね」

まったく…とやや呆れたように溜め息を吐き出しつつ、傷口を消毒していく。
派手と言っても手合せであると言う認識までは消えなかったらしく、酷過ぎる傷はない。
打撲、擦り傷―――要は、その程度のものだ。
手当も必要ないと彼は言うけれど、そこはコウの我侭として大人しくしてもらう。

「アイツ、戦う度に強くなってるなぁ…」

そうして笑う彼だが、まだまだディーノの方が一枚上手だ。
雲雀の怪我は、彼のものよりも少しだけ酷かったようだから。
そこは経験値の差なのだろう。

「満足してもらえたみたいで、良かったですね。日本食も口に合ったみたいで安心しました」
「ああ、悪かったな。急に頼んじまって。大変だっただろ?」
「いいんですよ。料理は好きですし…こんな時にしか作りませんし」

ボスの妻が日常的に家事を行うわけにはいかない。
もちろん、してはいけないと言う決まりがあるわけではないけれど。
人数も多くなるし、必然的に料理人が必要になる。
自分が出る幕ではないとして、コウが自ら身を引いているのだ。

「俺も久しぶりにコウの手料理が食えて得した気分だったな」
「食べたければいつでも作りますよ?」
「そうするとコックの仕事がなくなっちまうからな。でも、また頼むぜ」
「はい、もちろんです」

笑顔で答えたコウの腰にディーノの腕が絡む。
引き寄せられるままに彼の膝の上に載った彼女は、クスクスと笑った。
何が面白かったわけではないけれど、ディーノもまた、小さく笑う。
そうして額を寄せ合い、内緒話のように囁き合う二人の心に距離などない。
この二人が既に10年以上も連れ添った夫婦だなんて、倦怠期の夫婦が見れば目を剥くだろう。

「アイツらが帰ってくるのは明日だったか?」
「ええ。山のように土産話を持って帰ってくると思いますから、聞いてあげてくださいね」
「おう。ボンゴレにも礼を言っとかねーとな」
「お願いしますね」

明日からはまた屋敷の中が騒がしくなる。
そう笑うと、二人の静かな時間を楽しむように、腕の中の彼女をぎゅっと抱きしめた。

Request [ 七周年企画|フィールさん|獄寺くんのお姉さんで日常ほのぼのな話 ]
11.07.16