我慢できずに、

子どもが出来たと気付いたのは、コウ本人でもシャンクスでもなかった。
一番に気付いたのは、ある意味では納得できる人物―――ベックマン。
良い所を持って行きやがって!と拗ねたシャンクスの姿も、まだ記憶に新しい。
懐妊が発覚した所で、コウ自身にはっきりとした自覚症状はなかった。
この時点で気付いたベックマンが「すごい、寧ろ変だ」と言うのは船医の言葉だ。
ちなみにその言葉の後、船医は無言の拳を食らっていた。
本人無自覚のまま、徐々に徐々に成長を続ける胎児。
と言っても、自覚がなければ四六時中気を付けていろと言うのは無茶な話で。

「お頭ぁ―――っ!!!」

今日も今日とて、船の上には仲間の叫び声が響き渡る。














いいか、コウ。
前の島で用意した座り心地の良いソファーに沈んだ彼女を前に、シャンクスが腕を組む。
反省させるなら正座かと思いきや、妊婦にそんな事をさせる人物はこの船にはいない。
腹も出ていなければ悪阻もない状態の彼女に、その配慮が必要なのかは置いておく。

「俺が言った事、覚えてるよな?」

覚えていないはずがないと言いたげな彼に、もちろん、と頷くコウ。
「見張り台に上がるな、船の縁に近付くな、戦いに出るな」
それから、と指折り答えていく彼女の記憶力は素晴らしい。
指を折った回数は、既に10を超えている。

「で、お前がさっきまでいた場所は?」
「船首」

と言っても甲板に立って船の船首部分にいたわけではない。
文字通り、船首の上にいたのだ。
ゴーイング・メリー号で言うならばメリーの頭上である。
コウは見張り台の方が好きだと思われがちだが、実は船首も大変気に入っている。
流石は幼馴染、思考が非常によく似ていた。

「なおさら悪いだろうが!」
「だって、駄目って言われてない」
「なら―――」
「言っておくけど、追加するならまた別の場所を探すわ」

いたちごっこを繰り返す前に、あえてそう断言する。
猫の姿であちらこちらを動き回った経験のお蔭で、船のどこが気持ち良いかを知り尽くしているのだ。
危険だろうとなんだろうと、すると言ったら、する。
それが彼女だと知っているからこそ、シャンクスはぐっと呻いた。

「…頼むから、じっとしててくれよ」

気が気じゃねぇんだからな。
深々と溜め息を吐く彼は、確かにコウを案じている。
それは、彼女自身もよくわかっているのだ。
けれど、彼女にも当然、言い分はある。

「あれも駄目、これも駄目。シャンクスだけじゃなくて皆だけど…心配し過ぎ。
ストレスって胎児に良くないって聞いたけど、この状況じゃストレスを溜めない方が無理よ」

コウとて困らせたいわけでも心配させたいわけでもない。
ただ、彼女自身の心が休まる場所、ストレスが発散できる何かが欲しいのだ。
元々、コウは船の中でもかなりの行動派だ。
島に着けば、当番でなければ船番なんてしないし、航海の途中は船のあちらこちらにその姿があった。
そんな彼女が、いきなり制限だらけの生活を送れと言われたのだ。
初めこそ、そうかもしれないと思う部分があって大人しくしていた。
けれど、それも三日が限界。
その内に、甲板に出るなと言いだしそうな彼らに、コウは遅れた反抗期を決めた。

「大人しくしててくれよ。何があるかわからないんだからな」

頼むから、と再度懇願を重ねられる。
申し訳ないとは思うけれど、コウも健やかな生活の為に譲れない。
「私だって、妊娠の自覚はないけど、ちゃんと自分の身体は理解してるわ。

あんなに調子が悪かったのに、今ではすっかり元気なんだし」

先は長くないと思っていた時の彼女は、本当に不調だった。
一日中ベッドに横たわり、青白い顔でごめんね、と呟く彼女。
その姿を思い出し、背筋が冷たくなるのを感じる。
確かに、その頃に比べたら昔の快活さを取り戻してくれた事は喜ばしい。
けれど、今度は別の心配が出てきてしまった。

「せめて見張り台はOKにして。じゃないと息が詰まる」
「そう言うけどなぁ…」
「許してくれるなら、シャンクスの言う事もちゃんと聞くから」

渋るシャンクスに、コウはもうひと押しと続ける。
コウが詰まってきているのは、薄々感じていたのだろう。
猫の姿であれば心配しないけれど、見張り台は結構な高さだ。
人の姿のままの彼女の安全は確保できるだろうか。

シャンクスの脳内が忙しく考え込む。

「―――よし、わかった」

考え、考え、考えて。
漸く頷いた彼。

「見張り台に上がっていい」
「ほんと!?」
「その代わり、俺の目が届く時だけな。絶対、一人で上がるなよ」

低く念を押す彼に、コウは感情を抑えきれないとばかりに飛びついた。
普段であれば、猫耳か尻尾が姿を見せてもおかしくない。
それが出ていないのは、彼女の腹にもう一人が存在する証拠だ。

「ありがと、シャンクス!」

全身で喜びを露わにする彼女を見れば、これが正解か、と納得する。
強く強く抱き付いてくる彼女の背をそっと抱いた。












「シャンクス、見張り台行きたい」

行こ?と強請られ、腰を上げたシャンクス。
あれから毎日2回、彼女はこうして見張り台に向かう。

「猫が抜けたと思ったら犬みたいになったな」

前々から何となく犬っぽい懐き方だとは思っていたけれど―――最近は特に。
シャンクスの腕を引っ張って楽しげに廊下を歩いていくコウ。
その光景が、散歩を強請る犬と、強請られている飼い主に見えてしまう。
隣で備品を確認していたヤソップが、ベックマンの言葉に小さく噴き出した。

「…まぁ、いいんじゃねぇか?本人たちは満足そうだからな」

コウが無理に脱走しようとしなくなり、シャンクスとしても穏やかな日々が送れるようになっている。
どこに消えた!?と探し回る必要がなくなり、基本的にはシャンクスの傍にいるコウ。
本を読んでいたり、何かを話したり。
そんな穏やかな時間を共有する事は、二人だけでなく船にとっても良い傾向だ。
恒例になり始めていた叫び声も、この所まったく聞いていない。

「このまま何事もなく産んでくれりゃいいんだがな」

そう上手く事が運ぶかどうかは、船の航路のみぞ知る所だ。

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11.07.09