そうとは気付かずに、

初めの頃こそできた無理や無茶も、身体に変化が現れれば嫌でも自制するようになった。
入ってくる任務を部下たちへと割り振り、執務室で過ごす時間が増えていく。
何故かその部屋の中に入り浸る幹部の連中に、仕方なく部屋を広げ、ソファーの数を増やした。
我の強い連中なので、顔を揃えれば争いが起こるのも、ある意味では必然。
何度ソファーを買い替え、部屋の中を修理したかわからない。
これは、そうして、日々大きくなるお腹にも慣れてきた頃の話。






「――――」

その日も、コウは変わらず大きなデスクの前で革張りの椅子に腰かけ、任務の割り振りに勤しんでいた。
そんな彼女は時折、ふと顔を上げてどこか遠い所を見るように考え込む素振りを見せている。
けれど、それはそう長い時間ではなく、室内にいる誰も、彼女の反応には気付かない。

「相変わらず煩い部屋ねぇ」

今しがた任務から帰って来たルッスーリアが呆れたように肩を竦めた。

「お帰り、ルッス。どうだった?」
「任務完了よ。少し物足りなかったわ」
「そう。じゃあ、適当に休んでから、この任務をお願いね。人手がいるならその辺から連れて行って」

その辺、と彼女が示すのは室内。
飛んできたナイフを指先で受け止め、くるりと反転させて投げ返す。
本人ではなく、争っているレヴィの耳を掠めたのは、小さな失敗かそれとも意図してのことなのか。

「あら、これはちょっと面倒な任務ね」
「レヴィを連れて行ったらどう?そのあたりは明日、嵐が来るみたいだし」
「そうね。雑魚はそれで片付きそうだわ」
「コウー!!暇だからなんか任務ちょーだい!」

ルッスーリアとの会話の間に割り込んできたベルフェゴール。
先ほどまで言い争っていたレヴィはどうしたのか、と視線を向けた先に、呻きながら部屋を飛び出していく背中。

「…何をしたの」
「激辛パスタに当たったんじゃね?」

運悪っ!と他人事のように笑う。
いや、他人事だから笑うのか。
ソファーの前に置かれたテーブルには、誰が頼んだのか知らない料理があった。
飲食禁止にしているつもりはないから構わないけれど、と思考を戻す。

「どんな任務がしたいの?」
「暇つぶし。でも面白い奴」
「殺しの依頼は山ほどあるけど、どれも雑魚よ?」

まだ割り振っていない山を取り、ぱらぱらとめくって中身を確認する。
どれもベルフェゴールの欲を満足させられるとは思えなかった。

「これなんていいんじゃないかい?」
「お帰り、マーモン」

いつの間にか帰っていたらしいマーモンがコウの手元を覗き込み、一枚を抜き取った。

「スクアーロはどうしたの?同じ任務だったわよね」
「部下を医療チームに届けに行ったよ」
「怪我をした?」
「瀕死だね。まぁ、一応連れ帰って来たよ。君の命令通り」

ヴァリアーの連中の中に、協調や協力と言った言葉はない。
任務中に放置される負傷者も少なくはなく、いくら増やしても減る数の方が多いのが現状だ。
人手不足だから怪我程度で放置してくるな!と怒鳴ってからは、少しずつ改善がみられている。

「生きてるならいいわ。じゃあ、ベル。この任務で行きましょうか」

マーモンから受け取ったそれをベルフェゴールへと差し出す。
ベルフェゴールがそれを受け取ろうと掴むも、彼女の手が離れない。
不審に思って顔を上げると、彼女は何かを考えるように顔を顰めていた。

「コウ?」
「ちょっと、コウ。あなた…顔色が悪くない?」

大丈夫なの、と問うも、コウからの返事はなく。
彼女は紙から手を離すと、それを腹部へと運んだ。
そして、暫しの沈黙の後。

「………もしかして、これ…陣痛なのかしら」
















出産までの時間は個人差があるけれど、コウの場合は5時間程度だったらしい。
初産ですよね?と確認されるほど、順調すぎる出産。
待合スペースでぐたりと倒れ込んでいる幹部の連中にも、無事の出産が伝えられた。

「Sランク任務の方が楽だったし」
「同感だね」
「まったく…驚かせてくれたわよ、コウは」

生まれた時から様々な訓練を施され、その後はヴァリアーに馴染んで。
その所為で、彼女は痛みに慣れ過ぎていた。
陣痛を陣痛と気付かず、半日以上も放置していたと言うのだから驚きだ。
コウの発言から数秒、慌てたのは本人ではなく周囲。
戻ってきたスクアーロが車を出し、ボンゴレの病院へと運ばれた。

「…そうだったんだ?」
「ええ」

見上げてくるティルを膝の上に抱き上げ、コウはそう笑う。
「面白かったわよ。ヴァリアーの幹部が揃いも揃って病院の廊下でそわそわしていて」
クスクスと笑い声を零すコウに、見てもいないのに、と言う視線が向けられた。
そんな視線に気付くと、彼女はにこりと笑う。

「病院の人にね。後から廊下の監視カメラの映像を見せてもらったの」

面白いですよ、とテープを渡してくれたのは、いつもヴァリアーの治療に当たる医師だ。

「怖いもの知らずだね、その人」
「いつもヴァリアーの連中を相手に治療していれば、嫌でも度胸がつくわよ。
それに…彼が首を振れば、死ぬかもしれないわけだし」

それは、命を握られているのと同じだ。
肉体的には弱かろうと、医療スキルがある以上、世話になるかもしれない側としては頭が上がらないのである。

「あれ、そう言えばレヴィは?」

ふとレヴィの不在に気付いたティルがそう問いかける。
XANXUSの面影を色濃く見せるティルは、レヴィのお気に入りだ。
ティル自身は彼の滾る情熱に引いているのだが、いなければいないで気にはなるらしい。

「アイツなら話が始まった途端に出てったぜ」

ニシシ、と笑いながら答えるベルフェゴール。
彼にはその理由がわかっているようだ。

「何で?」
「レヴィは一人だけ、病院に駆けつけなかったからね。負い目があるんだよ」

ベルフェゴールの仕込んだ激辛パスタに苦しんでいる間に、彼は一人出遅れたのだ。
気付いた時には、全てが終わった後だったらしい。

「…どこまでも運がないね」

らしいと言えばらしいけど。
ティルの呟きに、それもそうね、と答えてサラリとした黒髪を撫でた。

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11.07.03