君がいるその日常に、

エースがずっと探し求めていて、漸く見つけた女―――と言うよりも、少女。
船に乗ったばかりの頃の彼女は、少し他人に対して恐怖感を持っているようだった。
スペード海賊団にとっては初めての女クルーと言う事もあり、互いの距離はまだ少しだけ遠い。
しかし、エースの橋渡しと、コウが本来の性格を取り戻した事により、その問題はすぐに解決へと向かった。




コウを呼ぶ声が聞こえた。
眠っている黒猫の耳が、ピクリと動く。
けれど、どうやら眠気の方が勝るらしく、顔を上げる気配はない。
寧ろ、もっと寝るんだとばかりに身体を小さくした。

「やーっと見つけたぜ」

呆れのような、喜びのような。
そんな色を含んだ声が聞こえ、無視も出来ずに薄く目を開く。
そう、目を開いたところで、コウの毛並みがぶわっと膨らんだ。
声を出していれば、威嚇する声が漏れていたかもしれない。









「痛ぇ…」

頬に深い深い三本傷を作ったエースは、不満げに唇を尖らせた。
その前で申し訳なさそうに救急箱を準備しているのは、その傷を作った張本人、コウだ。

「だから…ごめんって。驚いたのよ」

急に顔を見せるから、と呟く彼女。
彼女が猫の姿で昼寝をしていたのは、風がよく通り、見晴らしも良い見張り台の上だった。
その床で身体を丸めていた彼女の視界には誰かが映るはずがない。
それなのに、エースが目の前に見えたから。
状況や経緯を理解するよりも先に、本能と爪が反応した結果が、これだ。

「うわ…深いなぁ」

消毒液に浸した綿をピンセットで摘むも、傷に当てるのを躊躇ってしまう。
だってこれ、相当痛い。
少しだけ悩み、けれど痛いのは自分じゃないからと納得した彼女。
その心中の流れを聞いたエースの反応は、火を見るよりも明らかだ。
もちろん、心の声は聞こえていないので、彼は大人しくコウの手当てを待っている。
えいっと小さな呟きと共に小さな躊躇いを振り払い、その傷口へと綿を当てた。

「~~~~~~っ!?!?」

声なき叫び。
その痛みたるや、何かに当たってしまいたいくらいのものだった。
けれど、エースの手が届く範囲にあるものはない。
そして、いるのはコウだけだ。
当然の事ながら大切な彼女に当たる事などできるはずもなく、手を握りしめ、歯を食いしばる。
そうして痛みをやり過ごしている間に手早く手当を済ませた彼女は、パタンと箱を閉じた。

「はい、終わり」

そう言うと、コウはエースの肩に手を置いた。
その行動に疑問符を浮かべて彼女を見る彼に、にこりと笑顔を浮かべる。
そして、腰を屈め―――ガーゼを貼った頬に、そっと口付けた。
感触などあるはずがない。
けれど、例えガーゼ越しだとしても彼女の唇がそこに当たった事に変わりはなく。

「わ…エース、真っ赤」
「悪ぃか!」

仕方ねぇだろ、と怒鳴るけれど、赤い顔では効果はゼロだ。
大したことをしたつもりはないのに、この反応。
何だか、深く考えていなかったコウの方まで照れてしまって、二人して赤い顔で視線を逸らす。

「あ、えっと…救急箱、返してくるね!」

この空気をどうにかしたくて、箱を手に慌ただしく部屋を出ていくコウ。
廊下に出た彼女は、閉じた扉に背中を預け、深呼吸をした。

―――好きなんだよ、お前の事が!

助けられて、この船に乗って…すぐの頃。
あんな風に顔を赤くして、けれど真剣にそう告白してくれたエースを思い出した。
あれから、もうすぐ2ヶ月。
いつまでも返事をしないコウに、エースはそれを急かしたりしない。
寧ろ、まるでなかった事のように、昔と同じように傍にいてくれる。
だから、コウは意識せずにいられたのだ。
それなのに。

「あんな反応、されたら…」

嫌でも意識してしまう。
告白された頃は、自分を取り巻く環境に慣れる事が精一杯で、感情を深く考える余裕がなかった。
落ち着いてきた今なら、わかる。

「…好き、なんだなぁ…」

エースのように昔からそうだったわけではないだろう。
昔は、彼のことを兄だと思っていたから。
コウの感情が動き出したのはきっと、彼と再会してからの事だ。

「…もうちょっとだけ待っててね」

ちゃんと、言うから…だから、もう少しだけ。
コウは小さく笑い、廊下を歩き出した。










その翌日、船の上にはいつも通りに黒猫のコウを肩に乗せて歩くエースがいた。
時折言葉を交わしているのか、楽しげな二人。
そんな二人を、仲間たちもまた、温かく見守る。
エースの一途な思いを知っているからこそ、邪魔はしない。
彼が彼女との時間をどれだけ大切にしているのかを知っているからだ。
そんな中、船が大波によって大きく揺れる。
おっとっと、そんな風に、甲板にいた全員がよろけた。
当然、その中にはエースも含まれていた。

「痛ってー!!!」

あぁ、またか。
肩の辺りで裂けたシャツの下から、赤が覗いている。
どうやら、足場が不安定になって落ちそうになった彼女がそこに爪を立てたようだ。
慌てて人型へと戻った彼女が、救急箱を取りに船内へと走った。
もういっそ持ち歩けばいいのに、と思いつつ、甲板に座り込むエースへと近づく。

「ずっと人間のままでいてもらえよ。そうしたらそんな怪我せずにすむだろ」

半ば呆れを含めつつ、そう提案する。
けれどエースは、そんな仲間の声に微妙な顔をした。

「いや、それはそうなんだけどな…」
「何か問題あるか?」

そう言えば、前に彼女が「エースが猫のままでいろって言うから」と言っていたのを思い出す。
何か理由があるのか、とエースの返事を待つ。

「あるだろ、色々と。アイツ、何の気なしに可愛い事言うからな…」
「…あぁ、だから猫か…」

顔を見ると、待つ身としては色々と問題があるのだろう―――そう、色々と。
何だか、生傷絶えないエースがとても不憫に見えてきた。

「…頑張れよ」
「いつか報われるからな」

仲間からの励ましは、とても微妙なものだった。








「ごめんね、エース」
「いいって言ってんだろ」
「でも、痛そう…」
「痛くないとは言わねぇけどな…お前がいるから、この痛みがあるんだと思えば軽いもんだ」
「…エースって本当…」
「ん?」
「格好良くなったね。そう言う事言われると…何か、照れる」
「……、……………」
「…?エース?」
「いや、何でもねぇ…」

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11.07.02