赤い帯が揺れた日

衣裳部屋を整理していた紅は、その広いスペースの一角に和式の箪笥を見つけた。
恐らく日本から持ち込んだものと思われる和箪笥。

「中は着物かしら」

洋式の箪笥よりも高さの低い引き出しを引けば、色鮮やかな着物が見えた。
やっぱり、と思いつつ、一つずつ中身を確認していく。
着物はよほど身長が伸びない限りは、多少体型が変化していても問題なく着る事が出来る。
4段目の引き出しには、淡い色調の浴衣が入っていた。
それだけならば、他の引き出しと何ら変わりはない。
けれど…その浴衣を目にした紅は、ふと手を止めてそれを取り出す。

「懐かしいわ」

浴衣を取り出した紅がそう呟いた。
この浴衣を最後に着たのは、確か10年前の夏。

「紅、ちょっといい―――って、何してるの?」

ひょいと部屋を覗いたツナが首を傾げた。
奥で箪笥に向かって立ち尽くしているようにでも見えたのだろうか。

「綱吉、ちょっと出ていてくれる?」
「え?あ、うん。いいけど…」
「すぐに行くわ」

首だけ振り向かせて笑顔でそう言う彼女だが、有無を言わさぬ空気を感じた。
用があって彼女を探していたツナだが、見つけた途端に用件も聞いてもらえずに部屋から追い出されてしまう。
廊下の向こうから歩いてきたリボーンが彼に気付く。

「ツナ、紅は見つかったのか?」
「うん。この中だよ」
「…で、お前はこんな所で何してんだ?仕事の話で紅を探してたんだろ?」

訝しげに自分を見つめるリボーンに、ツナは肩を竦めた。

「急ぎの仕事だから探してたんじゃねーのか?まだまだダメツナだな」
「何か言う隙もなく追い出されたんだよ」
「…相変わらず紅に甘ぇな、ツナは」

そう言ったところで、ガチャリ、と部屋のドアノブが動いた。
二人がそちらを向き、そして言葉を失う。

「あら、リボーンも一緒だったのね。どうかしら?」

久し振りだから恥ずかしいわ、なんて頬に手を当てる彼女は、先ほどの浴衣を纏っている。
この短時間の間にどう仕上げたのかと問いたくなるような、完璧な仕上がりだ。

「どうしたんだ、それ?」
「奥の和箪笥に片付けてあったみたい」

柄が若いからなのだろうか、少し照れたように頬を染める彼女。
若いと言っても彼女とてまだ26歳なのだから、十分着るに値する年齢なのだが。

「相変わらず美人だな」
「ありがとう、リボーン」

慣れたと言うよりは自然な口調で褒める彼に、紅は笑顔を返した。
そして、無言のままのツナを見たリボーンは、その様子に呆れの溜め息を吐き出す。

「ダメツナが…」

赤くなって言葉も出ないなんて、10年前と殆ど進歩していないではないか。
褒め言葉の一つも言えない教え子に、最早呆れしか浮かばない。

「ツナに飽きたらいつでも俺のところに来いよ。大事にしてやる」
「ありがとう。リボーンもいい男ね」
「…体の良いお断りには飽きたぜ、まったく…」

そう言い残して、彼はひらりと手を振って二人を置き去りに廊下の向こうへと消えた。
紅は彼を見送ってから、ツナに向き直る。

「綱吉?」
「あ…ごめん」
「別に謝らなくていいけれど。…どう?」

クスリと微笑んだ彼女が小首を傾げて再び問いかけた。
赤い頬を隠すように口元を手で覆ったツナは、視線を逃がしながらぼそぼそと答える。

「似合ってる、よ。綺麗だし。………それ、懐かしいよね」

誤魔化すように話題を変えたツナ。
紅はパッと表情を輝かせて頷いた。

「気付いてくれた?10年前の夏祭りの時の浴衣!」

くるりとその場で回って見せた彼女の背中で、金魚の尾のような帯がふわりと揺れる。
あの日も、こうして嬉しそうに浴衣姿を見せてくれた彼女に、心臓がどうにかなりそうだったと思い出す。
懐かしさは、余計な記憶まで運んできてくれた。

「すっかり忘れていたけれど…思い出してよかったわ!
今日整理をしないといけない気分だったのはこの所為だったのね」
「って言うか、思い出したんだね。…凄いよ、本当に」

どこかお疲れ気味のツナを見た紅は、少し悩んでから彼に近付いた。
そして、向き合うのではなく同じ方向を見るように身体の向きを変え、その腕に自身のそれを絡める。

「っ紅!?」
「ねぇ、少し中庭に行かない?」
「…駄目だよ。俺は仕事があるから」

散歩の誘いに、漸く仕事のことを思い出すツナ。
このままの彼女を連れて行くわけにはいかないけれど、満足して着替えてから執務室に戻ってもらえば良い。
その程度は待てるだろうと思いつつ、とりあえず平静を取り戻し始めた彼は、紅の腕を解こうとした。
しかし、それを拒んだ彼女は、腕を組んだままツナを引いて廊下を歩き出す。

「仕事の話があるんでしょう?行きましょ」
「行きましょって…その格好で!?」
「いいじゃない。執務中はスーツじゃないと駄目って決まってるわけじゃないでしょう?」
「決まってないけど…!」

そう言う問題じゃない、と心中で叫ぶ。
何だって今日はこんなに強引なんだろうか。
いつもの彼女とは少し違う行動に、ツナは漸く違和感を覚えた。

「…綱吉は覚えていないのね」
「覚え、て…?」
「約束、忘れたの?」
「………!」

少し考え、そして思い出す。
そう言えば10年前のあの時、自分は彼女と一つの約束を交わした。
自分のわがままを受け入れてくれた彼女のために、自分が約束した事。
浴衣のことは思い出したのに、肝心な事を忘れていては意味がないではないか。

「…わかった。中庭で良い?それとも遠出する?」
「え…遠出、してくれるの?」
「約束したのは俺だから。着替える時間をくれるなら、外に出掛けてもいいよ」

イタリアの地で彼女の浴衣姿はとても目を惹くだろうけれど、それで彼女が喜ぶのなら構わない。
そう思っていった言葉なのだが、彼女はゆるく頭を振った。

「ありがとう。でも中庭でいいわ。少しだけのんびりしたら、仕事に戻りましょう」
「でも…」
「これは私のわがままよ。仕事よりも少しでも優先してくれるだけで十分なの」

そう微笑んだ彼女に、ツナも小さく笑みを浮かべる。
そして、今度は彼女に引っ張られるのではなく、自分が主になって歩き出す。
嬉しそうに歩き出す紅の背中で、赤い帯がふわりと揺れた。










「綺麗にして絡まれるくらいならいつもの紅でいいよ!」
「…綱吉に見て欲しかったんだけど…迷惑だった?」
「そうじゃなくて!紅が俺よりも冷静でこう言う時に上手く対処できる事は知ってるけど、でも…!」
「でも?」
「男に絡まれてる所なんて…見たくない」
「……………」
「…ごめん。わがままで…」
「…ううん、いいの。そう言う事なら…わかったわ。もう着ない」
「………ごめん」
「でも、一度だけで終わりにするのは勿体無いから…綱吉が忘れた頃にまた着る事にするわ。
その時は一緒にゆっくり散歩でもしてくれる?」
「うん、わかった。約束するよ」

Request [ 六周年企画|サラ様|夏の思い出を語る話(10年後設定) ]
10.07.06