酒と理性と男と少女
事あるごとに宴会を催す賑やかな赤髪海賊団。
今日も今日とて、彼らは甲板の上で盛大な宴会を催していた。
数日前から停泊している砂浜にまで及ぶ大きな宴会。
どちらかと言うと砂浜の方がメインになっていて、大きなキャンプファイヤーを囲んで大賑わいだ。
甲板組は静かに飲みたいメンバーが集まっているので、のんびりと酒を飲んでいる。
「この船ってさぁ…」
甲板組の一人だったコウが、縁に凭れて砂浜を見下ろしながら呟いた。
「酒代で財政が傾いてる気がする」
「…言うな」
隣のベックマンが微妙に視線を逸らしつつ答えた。
彼も思うところがあるのだろうけれど、自分も酒は嫌いではないので何も言えない。
コウのように舐める程度にしか飲まない人間ならば「飲みすぎ!」と文句を言える立場だろうけれど。
飲めないわけではないし、弱いわけでもない。
ただ、あまり好きではないから量を飲むことはないと言うだけ。
一緒に飲む人によってはそれなりに飲むし―――要は、周囲に合わせて上手く調整している。
船の中でも一二を争う若さだが、酒の味と己の限界をしっかり知っているコウだった。
「あ、このお酒美味しい」
色が綺麗だから持ってきたのだが、思わぬところであたりを引いたようだ。
口当たりの良いそれは果物をメインにしているのか、ほんのりとした甘さがある。
自然と笑みを浮かべた彼女の持つ酒を見て、あぁ、と意味ありげに笑うベックマン。
「それ、お頭が買ってきた奴だろ」
「あ…飲んじゃった」
「いや、構わねぇ。お前用だ」
事も無げにそう告げたベックマンに、コウが驚いたように目を見開く。
手の中のそれは海賊船には似合わない繊細なボトルに入っていて、味も確かに女性向け。
「…どうして?」
「味に覚えはないか?」
そう言われて、もう一口飲んでみる。
言われてみると、覚えがあるような気がした。
これは…確か、前の島の時に飲んだ味だ。
「お前が気に入ってたから、買ったんだろ」
「………そっか」
赤くなった頬は、きっと酒の所為ではない。
嬉しそうにはにかむ彼女を見て、ベックマンは聞こえないようにくくっと笑う。
正直で真っ直ぐな彼女と、自分の気持ちを知ってか知らずか背中を向けるシャンクス。
どちらが折れるのかなんて、たぶん決まりきっている。
けれど踏み切れないのは人として、と言う珍しくも正常に働いている理性の所為。
そんな事を気にする前にもっと気にすべきところがあるのだが…残念ながら、気付かない。
「不器用だな、まったく」
呟いたところで、脇におろしていた縄梯子がギシッと音を立てた。
相当飲んでいるようだが、慣れた調子で甲板に上がってきたのは先ほどの話題の主。
「あ、シャンクス。このお酒ありがとう!」
気付いたコウが笑顔でそう言った。
シャンクスのほうも彼女に気付き、しまりなく笑う。
「コウ~!ほら、こっち来い」
「嫌。酒臭いもん」
「そーかそーか。来ないなら俺が行く!」
「ちょ…どれだけ飲んだの!?もう!!」
普通の人よりは敏感な嗅覚には迷惑なのか、先ほどの笑顔を消して逃げ腰のコウ。
そこは惚れた弱みなのか完全否定などできるはずもなく、数秒後にはシャンクスの隣に据え置かれていた。
「その酒は美味かったか?」
「うん。買ってくれたなら、教えてくれればよかったのに。気付かなかったらどうするつもり?」
「甘すぎてお前以外は飲まねーよ」
「それはそうだけど…」
そう言う問題ではないのだが、酔っ払いを相手にまともな返事が聞けるとは思えない。
これ以上話を引き伸ばす事は無意味だと判断し、コウは改めてその酒を飲んだ。
「これなら何本でも飲めそう」
「おー。ダースで買ったから好きなだけ飲めよ」
酔っ払いの癖に、覚えているところは覚えているらしい。
何だか徐々に肩にかかる重みが増してきているように感じるのだが、気のせいだろうか。
気のせいじゃない!と理解したのは、視界の端に赤髪が移りこんできてからだ。
「シャン、クス…ッ!重…!」
「……………コウ」
不意に、肩に圧し掛かっていた重みが消えた。
ほっと安堵するのもつかの間、名を呼ばれて顔を上げれば目の前にシャンクスの顔。
驚きに表情を染め、目を瞬かせる彼女。
押さえられているわけではないのに、まるで空気の壁に縫い付けられたように動けない。
動こうと言う意思自体がどこかへ消失しているような感覚でもあった。
先ほどまでの酔った表情ではない。
それこそ、赤髪海賊団の船長らしい真剣な目に、自然と鼓動が逸る。
息がかかりそうな距離から近付く事も離れる事もしない彼に、緊張感が高まった。
「………シャン…クス…?」
絞り出した声は、予想したよりもずっと頼りない。
その声を聞いた彼の肩が小さく揺れた。
きっかけを与えられた彼が動き出し、二人の距離が縮まって―――そして。
ガツン、と派手な音がした。
ずるりと倒れこむシャンクスの後頭部を直撃したボトルに気付くと、コウは今までの緊張を忘れて彼を支える。
「シャンクス、大丈夫!?凄い音がしたんだけど!?」
ずるずるとコウの膝にうつ伏せで倒れこんだ彼の肩を揺さぶり、声をかける。
どこから飛んできたのか、と周囲を見回すと、甲板組でちょっとした諍いが起こっていた。
「…瘤になっただけだな」
ガシガシと乱暴に赤髪を掻き分けたベックマンがそう呟く。
この程度でどうなる柔な人でもないし、ととりあえず安堵するコウ。
そして、先ほどの事を思い出し、今更になって頬に熱が集まるのを自覚した。
「…ずるいよね。素面の時にはありがとうなって全部聞き流すのに…こんな時だけこんなに近い」
「こんな時だから、だろ」
「え?」
「酒は理性を消しちまう」
そう呟いたベックマンが、シャンクスの襟首を掴んでコウの上から退ける。
そして、徐々に賑やかになってきた彼らを顎で指した。
「砂浜でやらせてくれ」
「あ、うん」
先ほどの彼の言葉の意味を理解しようと考えていたコウは、半ば条件反射的に頷いて立ち上がる。
もう何度仲裁に入ったかわからないから、彼らの止め方は熟知している。
いざ向かおうと一歩目を踏み出したところで、コウの背中に声がかかった。
「あんまり酒の入ったお頭に無防備に近付いてやるなよ」
「?」
声を聞いて振り向いた彼女に、ベックマンは首を振った。
「いや、こっちの話だ。ほら、行って来い」
「うん、行って来る」
納得しているのか、気にしていないのか。
頷いた彼女は騒ぎの仲裁に向かっていった。
「…痛ぇ。知ってて受け止めなかっただろ、お前」
「止めなくて良かったのか?」
「……………」
「あんたも難儀な人だな。あんたが受け入れれば全部解決するってのに」
「それが出来れば苦労しねぇよ」
「…コウはこれからどんどん綺麗になる。放っておいていいのか?」
「………」
「今でさえ酒が入ったとは言えあんたの理性を崩す程度には危ねぇ女だがな」
「………」
「ま、精々頑張ってくれ」
Request [ 六周年企画|秋風 翔様|赤髪海賊団の宴会話 ]
10.07.05