賑やかな四国訪問
遊びにおいでよ、と書かれている手紙を見て、紅は小さく笑った。
子育てにも慣れている手紙の主、悠希は割と頻繁に奥州に顔を出す。
前に顔を見たのはひと月ほど前だろうか。
紅が四国に出向いたのが一年ほど前なのだから、そこから考えると最近の出来事だ。
「…用意の良い事ね」
手紙の最後、追伸と書かれた部分。
―――土産の船がそっちに行くから、乗っておいで!
紅が頃合だと思う事を見越したかのような一文。
クスリと笑い、手紙をたたんで政宗の元へと向かった。
自室でのんびりした午後を過ごしていた政宗。
彼の膝の上には、預けていた我が子の姿がある。
漸く首が据わった我が子を、胡坐をかいた膝の上に乗せて、片手であやしながら本を読んでいる。
紅が部屋に入れば、気付いた政宗が本から顔を上げた。
「四国か…そうだな。暫く行ってないか。前はいつだった?」
「一年ほど前ですね」
紅がそう答えれば、政宗はそうか、と頷く。
あぅーと声が聞こえて視線を落とせば、小さな手を伸ばして何かを訴える赤ん坊。
本を脇に置いて赤ん坊を抱き上げる政宗の手つきに危うさはない。
四回の子育ては、彼を父親として成長させていた。
「丁度良い頃合だが、こいつはどうする?置いていくか?」
「次の船で一緒に、と言ってくれていますから、連れて行けますよ。置いていくと怒られると思います」
悠希のところは、七人目が末っ子で、5歳程度だ。
先月奥州に来た時、赤ん坊が懐かしいと喜んでいたから、連れて行かなければ何でと咎められるだろう。
「じゃあ連れてくか。さっき、早馬が帰ってきていたな。もしかすると、元親の船が着いたんじゃないか?」
「…かもしれませんね。相変わらず間際にしか提案してくれないと言うか何と言うか…」
まったく、と苦笑した紅は、政宗の隣に膝を着き、腕に抱かれた我が子をそっと撫でる。
機嫌が良いらしい赤ん坊が嬉しそうな声を上げ、紅に向かって手を伸ばした。
赤ん坊を政宗の腕から受け取り、立ち上がった彼女が畳を歩く。
「用意を頼んできます。政宗様もご一緒と言う事で構いませんか?」
「ああ。特に急ぎの用もないからな」
政宗の返事を聞いた彼女は穏やかに笑い、侍女を呼んで事の由を説明する。
即座に用意に走る彼女を見送った紅が政宗の元へと戻ってきた。
「暁斗はどうしましょうか?」
「真田の所だろ?手紙で知らせておけばいい」
「そうですね」
楽しんでいると書かれた手紙には、紅の身体を気遣う内容も添えられていた。
政宗の血を濃く受け継いだ長男は彼によく似ており、佐助などは「末恐ろしい子だよ」と笑っていた。
あの様子ならばまだ暫くは帰ってこないだろう。
親と一緒に行動しなければ不安な年齢でもないし、政宗の言うように手紙で知らせておけば問題ない。
紅は赤ん坊を政宗に預け、文机を用意して彼への手紙を書いた。
「久し振りー!!」
きゃー!と悲鳴にも似た声を上げて喜んだ悠希。
そのままの勢いで抱きついてきた彼女は、そのあたりの町娘のような格好をしていた。
どうやら、船着場で手伝いをしていたらしい。
正直、七人の子供を生んだとは思えない若さだ。
落ち着きのなさと言うか快活さと言うか…とにかく、これも若さとしておこう。
「あの子は!?末っ子!!」
やっぱりそれが本命か。
思わず笑い声を零した紅に、悠希はきょとんとした表情を見せる。
「あの子なら政宗様と一緒よ。すぐにおりてくるわ」
「迎えに行っていい!?」
「ええ、もちろん。と言ってもあなたの船だけれど…聞いていないわね」
既にその場には居ない悠希。
見えている背中に苦笑を浮かべ、振り向いた先には信親がいた。
どうやら、悠希と共に来ていたらしい。
「お久し振りです、紅さん」
「こんにちは、お久し振りね。あなたとは…半年振りかしら」
紅の言葉にそうですね、と答える信親。
その時、近付いてくる気配がして紅はごく自然に身体を右へとずらした。
「っわ!!」
ぽすん、と信親に向かって飛び込んでいく少年。
その小さな身体を簡単に受け止めた信親は、苦笑を浮かべて色素の薄い髪を撫でた。
「元樹。何度やっても無駄だよ」
「むむむ…」
そう唸った少年は、信親の腕の中でくるりと振り向く。
顔が見えた彼に、紅はにこりと微笑んで膝をつき、目線を合わせた。
「久し振りね、元樹。こんにちは」
「こんにちは。…今度こそいけると思ったのになぁ」
「クスクス…残念ね」
頑張って、と元樹を撫でる。
紅が気配を読むのが得意と知ると、元樹は彼女の隙を突こうとしては失敗している。
何度目の挑戦になるのか、既にわからなくなっているほどだ。
「この子ったら、紅が来るって教えたら朝から張り込んでたのよ。
まったく、母親の私より好きなんじゃないかしら」
今しがた船を下りてきたらしい悠希が、溜め息混じりにそう言った。
その腕には紅の子供が抱かれていて、表情は満足げだ。
「流石に妊娠中は元親に頼んで止めさせてたけど…生まれたらすぐこれなんだから。妬けるわ」
「そう思っているようには見えないけど?」
「そう?それにしても…やっぱり赤ん坊はいいわ~」
可愛い、小さい!とご満悦だ。
そんな悠希を見て、信親が苦笑する。
「何を言うんですか、まったく…。年の暮れにはまた赤ん坊が生まれるでしょう」
「え、また身篭ったの?おめでとう」
あっさりと祝いの言葉を口にするあたり、紅も慣れてしまっているようだ。
悠希は照れた様子もなく満面の笑顔で、ありがとう、と笑う。
「ちなみに、信親にも子供が生まれるのよ!お祝い事が二倍!もう嬉しくって!!」
思わず紅を呼んじゃったわ!とあの手紙の理由を語ってくれた。
なるほど、そう言う事があったのか。
「それならそうと、教えてくれればよかったのに。祝いの準備が出来てないわ」
「ごめんね!とりあえず呼ぼうと思って手紙だけ先に送っちゃったわ!」
「もう…信親も、おめでとう」
彼を振り向いて祝いの言葉を告げれば、彼は照れくさそうな表情で礼を述べる。
まだ父親の表情ではないけれど、少しずつ成長していくのだろう。
「よし!信親、城に戻って宴会準備よ!!」
「昨日からさせているでしょう。いいから大人しくしていてくださいよ、母上」
「大丈夫大丈夫!元親の子供だから!!二人はのんびり来てくれればいいからね!城で待ってるわ!!」
そう言って走っていく悠希。
弟か妹が心配なのか、信親も二人に会釈をしてから彼女を追っていった。
「…相変わらずだな、あいつは…賑やか過ぎる」
「でも、とても楽しそうです」
「連れてかれたぞ?」
「あら…まぁ、悠希も赤ん坊を抱いている自覚はあるでしょうし、大丈夫ですよ」
勢いに押されて赤ん坊を受け取るのを忘れてしまっていた。
しかし、子育てには慣れている悠希だから、と落ち着いている。
今回の四国訪問は領地の様子を見て回る事も目的の一つ。
悠希が二人を置いて先に城に帰ったのも、自分を気にせず目的を果たせるようにと言う配慮だ。
「折角ですから、のんびり見て回りましょうか」
「そうだな。今日は大通りに店が出てるらしいぜ。行ってみるか?」
「ええ、是非」
赤ん坊の事を心配しなくていい時間。
そう言えば久し振りかもしれないと思いつつ、政宗の腕に自身のそれを絡めた。
「それにしても…信親、嫁を貰ってたんだな」
「話していませんでしたか?」
「いや、聞いた気がする。あいつが母親じゃ、安心して嫁に構ってられないんじゃないか?」
「悠希によく似た娘で、嫁姑関係も頗る良好みたいです。悠希が喜んでいました」
「…あいつによく似た…信親の苦労が目に見えるな」
「………そんな事は、と否定できないですね」
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10.06.27