動き出した感情の切欠

「こんにちはー!!新聞部です!!」

大学ノートを片手にグラウンドに現れた二組の女子生徒。
丁度近くでタオルを運んでいた紅がそれに気付く。
学年章を見る限り、三年生の先輩のようだ。

「こんにちは」
「あ、もしかして、マネージャーの雪耶さん?」

一人が確認するように問いかける。
きょとんとしてしまったのは、彼女の顔に覚えがないからだ。
しかし、名前を知っていると言う事は、自分に用があるのだろう。

「はい、そうですけれど…」
「そっか!グッドタイミング!私は新聞部の部長で、こっちは副部長」
「今度の新聞で、新しいコーナーを作ることになったの」
「題して、『我校の名物カップルに突撃★』!」

何だか、嫌な予感がしてきた。
話が妙な方向に進んでいることを理解し始めた紅は、はぁ、と気のない相槌を打つ。

「そこで、事前アンケートの票数の三分の一を獲得した、椎名くんと雪耶さんの二人に突撃に来たってわけ!」
「…ちなみに、拒否権は…?」

翼はこう言う展開は好きではない。
彼が知る前に対処してしまおうと思った紅だが、部長の彼女は「え?」と首を傾げた。

「そっか。入学して4ヶ月だもんね。知らなくても当然か。えっと…うちの学校は、部活動に熱心なの」
「あ、それは知ってます」
「で、新聞部のインタビューなんて鬱陶しいでしょう?でも、これが私たちの活動」
「そうですね」
「だから、新聞部の特権って言うのがあるのよ」

あぁ、何となく予想が出来てきた。
紅は心中で苦笑を浮かべる。

「新聞部のインタビューには必ず応じること。その間部活動を休む場合ももちろんお咎めなし!」
「ちなみに、答えられない場合はノーコメント可だから。そこは安心してね」

終始笑顔で語る彼女らに、紅はふぅ、と息を吐き出す。
そして、地面に置いたタオルの籠を持ち上げた。

「とりあえず…部室へどうぞ。つば…椎名くんも、呼んで来ます」
「ありがとう、助かるわ~!部長には声を掛けてあるから気にしなくていいわよ」

そそくさと部室に向かう二人の背中は楽しそうだ。
新聞を書いたり、インタビューをしたりするのが好きなのだろう。
その姿は、サッカーが好きな自分と変わらない。

「…仕方ない、か」

かくなる上は、さっさと終わらせて部活に戻ることにしよう。
そう結論付けて、紅は翼探しに動き出した。













「期待の1年生エースと、敏腕マネージャーカップル!いい記事になりそうだわ~」
「初回としてはナイスな組み合わせよね。じゃあ、インタビューを始めます」
「雪耶さんには話したけど、答えられない、答えたくない質問にはノーコメントも大丈夫だから、よろしくね」

紅と翼が並び、その向側に新聞部の二人が並んでいる。
不機嫌を隠そうともしない翼に、紅は心中で苦笑しつつ「お願いします」と答えた。

「まず、手始めに…二人のお付き合いはいつから?」
「中2ですね」
「ほぅ。2年のお付き合いね。何でも、二人は生まれた時からの幼馴染だとか」
「幼馴染から恋人に!素敵ね!」

もう、止まりそうにないくらいノリノリだ。
それほどでも、と答えた紅の表情も、どこか引きつっている。
元々、こう言う押せ押せの人とは関わることが少ない所為だろう。

「あ、でも…幼馴染だと、自覚に時間がかかるとも聞くわよね」
「じゃあ、それを二つ目の質問にしようか。二人が恋愛感情を自覚したのはいつ?」
「…自覚、したのは…」

とりあえず答えていた紅が、言葉を濁らせた。
尻すぼみになる彼女の声に、そっぽを向いていた翼が視線を向ける。
どこか思い出すように考え込んでいる彼女は何を思っているのだろうか。











離れてみて自覚した感情だった。
小学校から中学校への進学は、同じ学校だと信じて疑わなかったのだ。
今思えば、翼と離れることなんてない、と言う浅はかな思い込みだったのだろう。
だからこそ、それを聞かされた時―――裏切られた気持ちになった。

―――幼馴染も終わりだね……バイバイ。

そんな風につまらない意地を張って、寂しい気持ちを必死に押し隠していた。
いつも開けていたベランダのカーテンを閉じたままにして、換気も別の窓一つで行って。
当たり前だった繋がりを断ち切ったのは、きっと紅自身だったのだろう。
時折、遅くまで電気のつかない翼の部屋のベランダを眺めた事もある。
このまま、関わらなくなって…幼馴染と言う関係から抜け落ちてしまうのだろうか。
そう思ったとき、漸く気付いた―――ずっと一緒にいたかったのだ、と。
その理由はすぐにわかった。


暗かった部屋に電気がついて、前触れもなくベランダのカーテンが開く。
数ヶ月ぶりに目が合った。
それなのに、彼が何かを言おうとしたことに気付いて、まるで逃げるようにカーテンを閉めた自分。
自覚した感情が恥ずかしくて、自分の行動が情けなくて―――頭の中がぐちゃぐちゃだった。
その日は、流れてきた涙を我慢できずに、涸れてしまうのではと思うほどに、泣いた。















「雪耶さん?」
「あ、すみません。えっと…自覚したとき、でしたね」

名前を呼ばれて、はっと我に返る。
確認するように呟いてから、少しの間をおく紅。

「…秘密です」

これを知っているのは自分だけでいい。
悪戯めいた表情で答えた彼女に、二人は残念そうに声を上げた。
しかし、そこは流石と言うべきか。
即座に頭を切り替えた彼女らは、翼に同じ質問を投げかけた。
紅も、彼の口からそれを聞いた事はない。
思わず翼の方を見ると、彼はその視線に気付いて呆れたような表情をした。

「話すようなことでもないけど―――何時間も窓に凭れてる背中を見てた時、かな」
「それは―――私たちは理解できないけど、意味深な答えね」

ノートに書き込んでいる二人の向かいでは、紅が言葉を失っている。
まさか、と言いたげな表情の彼女に、翼は勝ち誇ったように口角を持ち上げた。











制限時間が来て、インタビューが終わった。
新聞を楽しみにしてて!と言う言葉を残して、二人が立ち去る。
部室に残った紅は、ずっと聞きたかったことを口にした。

「…あの日の事なの?」

何がと問う必要はない。
紅が何の答えを求めているのかは明らかだったから。

「久しぶりに声を掛けようと思ったら、泣きそうな顔でカーテンを閉められて」

それだけなら、幼馴染に戻りたくはないのか、と思っただけだったかもしれない。
けれど、カーテンを挟んで窓に凭れかかった彼女の背中は、何時間もの間、ずっとそこから動かなかった。
声は聞こえなくても、彼女が泣いていると―――そう思ったのだ。
自分に慰められることを望んでいないとでも言うように、閉ざされたベランダ。
そうさせた事が情けなくて、悔しくて―――でも、好きだ、と思った。

「玄関から上がりこんで慰めようかとも考えたけど、流石にそれは出来なかったからね」

翼に出来た事は、ただその背中を見つめ続けることだけ。
あの時ほど、ベランダの距離を恨めしく思った事はなかった。

「…翼が転校してきてくれて、嬉しかったよ」
「知ってるよ」
「それと、私も…あの日が、きっかけ」

照れたように笑みを零した紅。
そんな彼女に近づいた翼は、その手を取り―――少しだけ悩んでから、彼女の額に口付けた。

「…ここ、部室」
「わかってるから制限したでしょ。ほら、練習に行くよ」

照れ隠しだとわかる彼の急かし方に笑いながら、彼と並んで部室を後にした。




後日発行された新聞には、例のコーナーが設けられていた。
インタビュー記事の最後に載っていた写真に、隣で新聞を握りつぶす翼。
朝から好奇の視線を向けられていると思っていたが―――原因はこれか!と奥歯を噛む。

「…どこから撮ったのかしら…」

僅かに頬を染めつつ、机の中に入っていた新聞を読む紅。
記事の最後には、翼が紅の額に口付けた写真が載せられていた。

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09.07.07