彼と彼女と彼らの時間

秋島の気候は穏やかだ。
頬に感じる風は、とても心地よい。
コウは嬉しそうに目を細めた。
彼女の頬を撫でていく風が、時折赤いリボンを踊らせた。
チリン、と鈴が揺れる。






「コウ」

船の縁に足をかけたコウは、呼ばれる声に振り向く。
そこにはこの船の船長であるローがいて、あ、と足を下ろした。
いつも「飛ぶな。梯子を使え」と言われているのと思い出したのだ。
コウは、梯子独特の揺れと頼りなさが嫌いらしい。
船に乗る時は、都合良く仲間がいれば、肩を借りているくらいだ。
今更に姿勢を正した彼女に、ローは心中で苦笑を浮かべる。

「町に行くのか?」
「うん。そのつもり。駄目だった?」

今日は当番ではなかったはずだ。
首を傾げる動きに合わせ、チリン、と音が鳴る。

「いや、構わないが…買い物に付き合え」
「私が?」
「お前以外に居るのか?」

名指しで呼び止められて会話をしているのに、別の人間を連れて行く筈がないだろ。
そう言ったローに、それもそうか、と苦笑いを浮かべるコウ。

「どうする?」
「行く!」
「よし」

頷いた彼は、船の縁に手をかけてひょいとそれを越える。
もちろん、その向こうに床はない。
迷いなく飛び降りた彼は、船着場から船の上のコウを見上げた。

「さっさと降りてこい」
「はーい」

彼が飛び降りたのだから、構わないのだろう。
コウは少し助走をつけて、タンッと船の甲板を蹴った。
そのまま手をつくことすらなく、ハードル越えの要領で船の縁を跨ぐ。
相変わらず、ト、ととても小さな音で飛び降りる彼女の代わりに、鈴が音を立てた。

「どこに行くの?」
「服屋。お前の服を買いに行くぞ。次は冬島だからな。凍えるだろ」
「あ、そうなんだ。ありがとう、ロー船長」
「何ならあいつらと同じのを着ててもいいんだが…」
「え、じゃあ…それでもいいよ?」

服に頓着しない彼女は、いとも簡単に頷いた。
彼女ならばそう答えることは予想していたが、それを実現できない理由がある。

「あいつらがな。男物を着せるのは可哀そうだろって騒ぐんだ」
「んー…別にいいんだけど…サイズが無理かな、確かに」

船の中でもかなり若い彼女は、それだけでなく身体も小柄だ。
ぎりぎりで少女とも形容できるような身体に、男たちのつなぎが合うとは思えない。
裾を引きずる自分が容易に想像でき、コウは苦笑した。

「よろしくお願いします」

ぺこりと頭を下げた彼女に、ローは片方の口角を持ち上げて答えた。











「こちらは如何ですか?」

店員が薦めてくる服を受け取り、鏡の前で身体に合わせてみる。
嫌いではないが―――
コウは、店に置かれたソファーに座っているローを振り向いた。

「どう?」
「いいんじゃないか?」
「…でも、この格好で飛んだり跳ねたり―――」
「別のにしてくれ」

自分の行動を振り返った彼女の言葉に、ローは即座にノーサインを出した。
では、と次に用意していた服を彼女の前に出す店員。

「…うん。このジャケットは好き。でも下は動きにくいね」
「それなら、こちらと合わせてみては?」
「あ、いい感じ。ね、ロングブーツは置いてない?それと、試着したいんだけど」
「試着室はあちらです。ロングブーツをご用意して参りますね」

スマイル0円を惜しみなく振りまく店員。
教えてもらった試着室へと歩いていくコウの足取りは軽い。
そんな光景に、ローはやれやれとソファーの背もたれに沿って仰け反り、天井を見上げた。

「…女の買い物は長いな…」

どれくらいの間付き合うことになるのかはわからない。
だが…楽しそうにしているコウを見ていると、まぁいいか、という気分になってくるから不思議だ。

「ローさん!」

どう?と言う声が聞こえた。
試着室で服を着替えたらしい彼女が、ローの前に立つ。
上は、黒のVネックのシャツの上に胸の下辺りまでの短いジャケットを合わせている。
下は…冬島に向かおうと言うのに、股下5センチ程度で切りっぱなしにされたジーンズ。
剥き出しの足は、編み上げのロングブーツによっていくらか隠されていた。
動きやすさを重視する彼女の好みそうな格好だと思う。

「寒くないのか?」
「うん」
「次の島は冬だぞ」
「あ、そっか。…んー…たぶん、大丈夫!」

ここは秋島なのだから、寒くなくて当然だ。
失念していたらしいコウは自身の姿を見下ろしながら悩み、結論を出す。
彼女がそう言うのならば、無理に止める必要はない。

「買いたいなら好きにしろ」
「似合ってる?」
「あぁ…いいんじゃないか」

そう答えたローに、そっか!と喜ぶ彼女。
着替えてくる、と言って試着室に戻る彼女を見送り、ローはソファーから立ち上がった。
コートが掛けてある壁際へと歩き、彼女の好みに合わせて適当に2着ほど手に取る。
そして、着替えを待っている店員を呼んだ。

「これと、あいつが持って来る服、それから…もう4~5セット見繕ってくれ」
「かしこまりました」

店員がコートを預かったところで、コウが試着室から出てきた。
先ほどとは違って立っているローと、女物のコートを持つ店員。
何となく察したのか、彼女は首を傾げた。

「コート?」
「一応買っとけ。冬に慣れてないんだろ」
「わかった」

頷くコウを見てから、ポケットから大雑把に金を取り出して店員に渡す。

「足りるか?」
「は、はい!」
「後から取りに来る。包んでおいてくれ」

店員の反応を見る限り、ローが手渡したのはそれなりの大金だったらしい。
ピシッと姿勢を正した店員の横をすり抜けていくロー。

「ローさん?」
「買出しに行くぞ」

付いて来い、と背中で呼ばれ、コウも慌てて駆け出した。








「あ、船長とコウ発見」
「コウの服選びは終わったんだな」
「コウは元が可愛い顔立ちだからな、結構楽しみだろ、お前」
「そりゃ、お前だろーが!」
「所で、あの二人は何してんだ?」
「クレープが欲しいコウと先に行きたい船長、だろ」

「「…あ」」

「…折れたな」
「あぁ、船長の負けか」
「何だかんだで、一番コウに甘いよなぁ、船長」
「あんだけ懐かれてりゃ、可愛いだろうよ」
「おーおー。嬉しそうな顔だな、コウ」
「そのうち、耳が生えそうな喜びようだな」

「……………」
「……………」
「……………買出し、続けるか」
「……………そうだな。見続けても終わらねぇからな」

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09.07.05