摩訶不思議な非日常

ピピピピッと電子音が聞こえた。
手探りにその音を止めて、ふぅ、と息を吐き出す。
もう朝か―――そんな事を考えながらも、太陽の光から逃げるように瞼を閉じたままだ。
そのままごろりと寝返りを打つと、慣れた熱が頬に触れた。
同時に、当たり前のように背中を引き寄せられる。
その感覚に甘えそうになる紅だが、ふと、とあることに気付いた。

―――電子音…?




ガバッと身体を起こした紅の視界に飛び込んできた風景。
それは、慣れてしまった寝所のものではなかった。
しかし、慣れていたものであることは、確かだった。

「…は?」

ごしごしと目をこする。
そして、寝起きの目を起こそうと、瞬き二度、三度。

「…え?」

やはり、目の前の風景は変わらない。
あれ、と首を傾げてみても、やはり状況は同じまま。
混乱の中で紅が一番に取った行動はと言えば―――

「ま、政宗様…大変なことになりました」

どうしましょう、と呟きながら、その肩を揺らす。
既に覚醒していたが、危ない気配もないので二度寝しようとしていたらしい。
比較的早い段階で声に反応した彼は、閉じていた目を薄く開いて紅の姿を映した。

「…どうした?」

寝起きの声が紅に問いかける。
相変わらず格好良いなぁ、と思いつつ、一瞬忘れそうになった本題を口にする。

「あの、出来れば…起きて、周りを見ていただけると…。説明するより見ていただいた方が早いので」

焦っているのか、それとも困っているのか。
そんな紅の言葉に応えるように、政宗は身体を起こした。
目元にかかってきた髪を掻き揚げて―――数秒前の紅と同じように、目を瞬かせた。

「………どこだ、ここ」
「私の部屋…?」
「…………例の、未来の部屋…か?」

彼にしては珍しい、戸惑いを含んだ声だった。
立ち上がった彼女が窓の方へと歩いていく。
着物に身を包んでいる彼女は、それでもこの風景に違和感なく溶け込んでいるように見えた。
日の光を遮っていた布を開く彼女の姿が眩しい。

「…不思議なものですね。
二十年、ずっと暮らしてきた部屋なのに…まるで、他人の部屋のような違和感があります」
「そうなのか?」
「ええ。私の中では、米沢城が帰る所になっているんですね」

紅は少しだけ困ったように微笑む。
何故こんな事になっているのかはわからない。
けれど、すぐに帰る事ができると言う確信があった。

「とりあえず…今日と言う日を楽しみましょう」
「…気楽だな、お前は」
「元は生きていた世界ですからね。勝手はまだ忘れていないつもりですから」

そう言って笑う彼女の目元に力が戻ってきた。
慣れた様子で机のほうへと歩いた彼女は、その引き出しを探る。
目当ての手帳を見つけ、暦を確認した。
日付は紅の感覚から、丁度2年ほど前。
彼女がまだ、この世界にいた頃のものだった。
しかも、この日付は―――

「…政宗様、少しの間待っていてくれますか?用意をしてきますから」
「あぁ」
「部屋の中のものは…危険がないと思えば、触れてくれても構いませんよ。
色々と興味を惹くものもありますよね?」

終始、周囲へと視線が向けられていることに気付いた紅がクスリと笑いながらそう提案する。
目下は目覚まし時計へと興味を向けている彼を置いて、紅は自室を後にした。









お待たせしました、と紅が部屋に戻ってきたのは、それから3分ほど経ってからの事だ。
腕に抱えていたそれをベッドに下ろす。

「政宗様、外に出てみるつもりはありませんか?」
「外…?」

紅の言葉に、政宗は悩んだ。
確かに窓の外に見える風景には興味がある。
しかし、自分が生きている時代ではない事は明らかで、それゆえに迷惑を掛けるかもしれない事も理解している。
だからこそ、彼には即答できなかった。

「私も一緒に行きますから、是非。こんな機会、今を逃せばありませんよ」

政宗が頷かないならば、無理に外に出る必要などないのだ。
けれど、紅は見てほしいと思っていた。
自分が生きてきた世界。
紅にとっては決して色鮮やかな世界ではないけれど、それでも自分が生まれ、育った世界だ。
それを、彼に知ってほしいと思う。
そんな思いが眼差しに込められていたのだろうか。
彼は紅を見つめ、暫くして口角を持ち上げた。

「そんなに思いつめた目で見るなよ」
「え、あ…そんなつもりは…なかったんですけれど」
「―――行くか、折角だしな」

ぽんと頭を撫でられた紅は、はい、と嬉しそうに返事をした。
ファッション雑誌を見せて着替えを済ませた紅は、そのまま政宗を外に連れ出す。
余談だが、彼が着ている服は彼女の父親のものだ。
歴史の長い家だが、全てが和風と言うわけではない。
自分の好みで父の箪笥から引っ張り出してきた服を差し出したわけだが…。
紅は、靴まできちんと履き終えた政宗を見て、思わず視線をそらした。

「どうした?」
「…いえ」

何も、と答えつつ、バクバクと忙しない心臓を落ち着かせるのに必死だ。
普段の着物姿も、彼の格好良さを惹きたてている。
しかし、見慣れない私服姿は、また違った印象を与えていた。
しかも恐ろしいほどよく似合っている。
Vネックの黒いシャツの下に覗く首筋や剥き出しの腕、スタイルの良さを引き立たせるジーンズ。
流石にいつもの眼帯は時代錯誤なので、ガーゼを使った医療用の眼帯に変えている。
それ自体もあまり日常的に見るものではないから人目を惹くかもしれない。
眼帯があろうとなかろうと、人の目を集める事は必至だが、考えていても仕方ない。
いくらか心臓も落ち着いたところで、よし、と意気込む紅。

「行きましょう、政宗様」
「あぁ。所で、呼び方はそのままでいいのか?」
「呼び方?」

鸚鵡返しをして、漸く気付く。
この時代は誰かを様と呼ぶ事は少ない。
日常的にそう呼んでいる人がいたら、奇妙な目で見られるだろう。

「あ…えっと……………政、宗…?」

紅は頬を赤くしながら、消え入りそうな声でそう呟いた。
たった一文字だけなのに、その力は絶大だ。

「…行くか」

穏やかに、そして楽しそうに微笑んだ彼が、紅の手を取った。
















「―――という夢を見たの」
「へぇ…」
「悠希、どうしたの?」
「………実はさ、私も似たような夢を見たのよねー」
「え、本当に?すごい偶然」
「…よね。自分だけならただの妄想の混じった夢話なんだけどさ…どうも、違うみたいなのよ」
「………と言うと?」
「元親も、同じ夢を見たって」
「…え」
「それに、向こうで携帯写真を撮ったんだけど…残ってんのよ。ほら」
「………嘘」
「ホント」
「…現実、だったり?」
「どうなのかしらねー。私たちがここにいる時点で非現実的なことが起こってるわけだし。今更驚かないけど」
「それもそうよね…後で政宗様にも聞いてみるわ。それにしても…不思議ね」
「不思議よね」

Request [ 五周年企画|鴇様|逆トリップ ]
09.06.30