Memory
--- 記憶

尸魂界に緊急の知らせが届いたのは、草木も眠る丑三つ時。
援軍の要請であったにも関わらず、現世へと赴いたのは戦闘集団の十一番隊ではなく、四番隊だった。
しかも、四番隊の隊長、卯ノ花自らが現世へと降り立ったのである。
その理由は、知らせの内容だった。

『援軍要請!零番隊、雪耶隊長が破面の攻撃により負傷。井上織姫による回復措置が取られていますが―――』

現世へと派遣されている死神の中で、紅の実力は折り紙つきだ。
彼女を失うわけには行かないと、判断し、その結果として卯ノ花が派遣されることとなったのである。






「卯ノ花隊長!」

彼女を迎えたのは、現世へと派遣されていた死神の一人、ルキアだった。
彼女に向かって柔らかく微笑んでから、卯ノ花は状況を問う。

「それが…傷は癒え、先ほど意識を取り戻しましたが、問題が…」
「問題?」

鸚鵡返しに問い返せば、はい、という返事が返ってくる。
ルキアは躊躇いつつも、紅のいる部屋の戸を開く。
そこには現世に派遣されていた死神達と、治療に当たってくれた織姫、そして死神代行の一護がいた。
部屋の中央に敷かれた布団の上で身体を起こしている紅に、卯ノ花は人知れず安堵する。
死んだ者を取り戻すことは出来ない。
だが、生きているのならば―――
そう考えた卯ノ花だが、向けられる視線の重さに、状況があまり良くないものであると悟った。
縋るような目を向けてくる一護の視線に、僅かながら絶望の色が見えているような気がしたのだ。

「…烈…?」

小さな呟きが聞こえた。
懐かしい呼び名に、卯ノ花は軽く目を見開く。
そこにいるのは、見まごうことなく、自分の親友の娘。
姿は紅のものなのに、何故か別の姿が浮かんでしまう。

「…姶良…なのですか?」
「…あなたなら、わかってくれると思っていたわ」

そう言って小さく微笑んでから、紅はその場にいた彼らの方へと向き直る。
そして、深く頭を下げてから、口を開いた。

「皆様と言葉を交わすのは初めてですね。私は雪耶姶良。この身体の主である紅の母です」
「姶良様…。本当に…?」
「本物かどうかは、ここにいる烈…卯ノ花隊長が、証明してくれるでしょう」

信じられない、と言った様子のルキアに、彼女は柔らかく微笑んだ。

「虚の能力により、紅の精神が深いところで眠ってしまっています。
本来ならば別人格が出てきてしまうところですが…この子の場合は、状況が違う」
「記憶喪失。その表現が一番近いのかもしれません。さぁ、一応怪我の様子を診ましょうか」
「ええ」
「…皆さんは、お帰りになってください。ここから先は、私の仕事です」

卯ノ花の有無を言わさぬ言葉に、一人、また一人と席を立つ。
現世駐在の死神は、ルキアだけになった。
そして、もう一人、帰ろうとしない人物がいる。

「…黒崎一護くん…で間違いありませんね」
「…あぁ」
「話は後からゆっくりと。今は、この子の身体を診てもらうことが大事ですから」

わかってくれますね?という言葉に、一護は頷いた。
奇妙な感覚だった。
声も身体も紅なのに、中身が違う。
見た目では違うとは判断できないにもかかわらず、一護にはそれが別人に見えた。
診察の間だけ、とルキアと共に外に出る一護。
ぼんやりとした様子の彼に、ルキアがバシンとその肩を叩いた。

「何を呆けておる、一護!」
「…ってぇな」
「卯ノ花隊長の腕に間違いはない。心配せずとも、紅は戻ってくる。それに…良かったではないか」
「…どこがだよ」
「別の…おぬしのことを何も知らぬ人格ではなく、姶良様だ」

心なしか嬉しそうな様子のルキアに、一護は苛立った。
こんな状況で、何故彼女は笑っているのだろうか。

「―――診察は終わりました。どうぞ、中へ」

スラッと襖が開き、卯ノ花が二人に声をかけた。
いの一番に駆け出していくルキアとは対照的に、一護は緩慢な足取りで中へと入る。

「姶良様!覚えておいでですか!?ルキアです!」
「ええ、もちろん。元気な姿を見る事ができて嬉しいです」

紅なのに、紅ではない。
ルキアに向かって微笑む表情も、彼女のものなのにどこか違う。
苛立ちが増した。

「ルキア。この身体は紅のものです。ですから…私の好き勝手には出来ません」
「姶良様?」
「少し、席を外してもらえますか?」

そう言って、襖のところから近づいてこようとしない一護をちらりと見る。
その目配せで気付いたのか、ルキアはハッとした様子で立ち上がった。

「一護!私は卯ノ花隊長に紅の怪我の様子をうかがってくる。その間、ここにいるのだぞ!」

言うが早いか、彼女は外で報告をしている卯ノ花の元へと駆けていく。
残された一護は、そこから動くべきなのかを図りかねていた。

「この子の怪我は問題ありません。あの娘…井上さんの能力は素晴らしいですね」
「…そうか」
「ごめんなさい。紅の身体を守るために、仕方がなかったのです。精神を沈め、乗っ取る事があの破面の能力でした」

布団の上に正座をして、深く頭を下げる。
紅の姿でそんな事をしてくれるな、と思ったが、言葉として発せられることはなかった。

「本当は瑣迅が出たいと言ったのですが…」
「…止めてくれ」
「ええ、そうだろうと思って、私が止めました」

クスリと笑う彼女に、一護は心の苛立ちが解れていくのを感じた。
姶良と言葉を交わすのはこれが初めてだ。
しかし…確かに、紅との血の繋がりを感じる。

その時―――

「「!!」」

ズンと重い霊圧を感じ、二人は同時に斬魄刀を抜いた。
次の瞬間、壁だった場所が爆発し、それによる砂塵が視界を悪くする。
咄嗟に自分の能力を使ってしまった姶良は、数秒後の未来を『見た』。


先ほどは逃げた破面が姿を見せ、一護がそれに斬りかかって行く。
一撃で叩き伏せたところで、彼の背後に―――



一撃離脱した破面を追い、すでに一護はその場を離れている。
姶良は紅の身体のまま、そこを飛び出した。

「(この子の身体のままでは戦えない。けれど…)」

娘が大切だという者を、守ってあげたい。
姶良は、彼の霊圧を追う道すがら、深く沈んでしまっている紅の意識に語りかけていた。
そして、漸く彼の姿をその視界に捉える。
黒い斬魄刀が白い破面を叩き伏せた。
袈裟懸けの致命傷を負わせるその光景が、先ほど『見た』未来と重なる。

「――― 一護っ!!!」

唇がそう叫ぶのと同時に、意識が急速に引き寄せられる。
沈み行く意識の中、姶良は小さく微笑んだ。











紅の声が聞こえた。
その声に反応して振り向いた視界に、もう一匹の破面がいた。
咄嗟に身を庇うように刀を引き寄せる。
しかし、次の瞬間にはその破面は真っ二つに裂けていた。
崩れ落ちていくそれの向こうに、刀を構えた紅の姿が映る。

「…紅?」
「…うん。ごめん」

遅くなった、と続ける前に、グイッと強い力で引き寄せられた。
視界が黒に染まる。

「…紅、だな」
「うん。姶良…お母さんが、代わりに出てたんだね」
「あぁ。紅と…似てた」

そう言うと、腕の中の紅がクスクスと笑った。
小さく、嬉しいな、と呟くのが聞こえ、そっと腕の力を抜く。

「覚えていないの。だから…似てるって言われるの、嬉しい」
「…顔はしらねぇけどな。お前の中にいたんだし」
「うん。雰囲気だけでも嬉しいよ」

ずっと笑顔の紅を見ていれば、彼女の喜びは自ずと伝わってくる。

「心配させんな」

そう言って、こつんと彼女のこめかみに拳を当てる。
そんな行動を取ってから、一護は自分の感情の意味を理解した。
あの苛立ちは、心配から来るものだったのか。

「…馬鹿みてぇ」
「何が?」
「何でもねぇって。気にすんなよ」

紅の髪をガシガシと掻き混ぜてやれば、押さえた頭の下から文句が飛んでくる。
一護はそんな彼女の声を聞きながら、ハハッと声を上げて笑った。

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08.06.30