格好良い君と、優しい君と

試合の応援に行くと暁斗に話したところ、彼は快く会場までの交通手段に名乗りを上げてくれた。
剣道部の荷物を運ぶついでだ、と言われた時には、流石に荷物と同等扱いに対して苦笑を返したけれど。
荷物と一緒に詰め込まれる事も想像したけれど、翼といつものメンバーを乗せても十分に余裕があった。
指定した時間に雪耶家へと集った面々を急かす様に乗せて、車は会場へと走り出す。



部活の大会と言う事もあり、かなりの大きさの会場だ。
入り口へと車をつけた暁斗は翼たちを降ろして、先に向かうよう指示する。
いくら会場が広いといっても、迷うような年齢でもあるまい。
心配する必要もないだろう、と歩き出す彼らを見送り、暁斗は駐車場へと向かった。

「さて…雪耶の兄ちゃんのお蔭で快適に到着出来たわけやけど…これからどないするん?」
「試合開始まではまだ時間があるよな。顔を合わせるのか?」
「俺はそのつもり」

質問を投げられた翼は、彼らに向けてそう答えた。
俺は、と言う事は、自分たちは含まれないと言うことなのだろうか。
そんな脳内の疑問の声に答えるように、翼は続ける。

「先に観覧席で場所とっといて。ちょっと話したらすぐに行くから」

そう言うと、翼は立てられている案内を元に飛葉中の更衣室へと向かう。
だが、その行動は「何で翼だけ」と言う疑問を口に出した直樹によって止められた。
彼は一旦足を止め、肩を竦めながら答える。

「お前らが来ると紅が嫌がるから」
「…は?嫌がる…のかよ」

もしそうならば、少しショックだ。
明らかにトーンの落ちた彼らに、翼はあぁ、と苦笑を浮かべる。

「違うって。紅、試合前は多少緊張するんだよ。そう言う所を人に見られるの嫌いだから」
「…雪耶でも緊張するのか…」

意外だ、と言いたげな柾輝の視線に頷く。
顔には出さないけれど、彼女は試合前にはある程度緊張する性質らしい。
恐らく、今も誰かと顔を合わせないように一人で静かに過ごしているだろう。
彼女流の精神統一なのだとして、剣道部の中では邪魔しない事が暗黙の了解になっている。
それが許されるのも、彼女が確かな実力を持っているからに他ならない。

「でも、それなら翼が行ってもいいのか?」
「お前らとは年季が違うんだよ。じゃあな」

さも当然のようにそう答えると、翼は今度こそ立ち止まる事無くそこを去る。
残された四人は彼を見送り、やがて誰ともなく観覧席へと足を向け出した。















「見つけた」

会場広しと言えど、一人になれる場所を探すのは困難を極める。
漸く見つけた静かな場所で突然に声がすれば、驚くのも無理はないだろう。
壁にもたれて目を閉じていた紅は、パチッと音がしそうな勢いでそれを開いた。

「翼。来てくれたんだ」

ありがとう、と柔らかく微笑む。
すでに胴着に身を包んだ彼女は、いつもとは違った雰囲気だ。
邪魔にならないように結い上げた髪が、彼女の動きに合わせて流れる。

「よくこんな所を見つけたね」
「一人になれる場所を探すのは得意なの」
「…まぁ、知ってたけど」
「翼だって、凄いよね」

いつも見つけるでしょ、と言う彼女に、翼は軽く肩を竦める。
自分は一人になれる場所を探すのが得意なわけではない。
ただ…彼女を見つけるのが得意なだけだ。
口に出したりはしないけれど。

「調子はどう?」
「んー…まぁまぁ」
「煮え切らないね」
「じゃあ、悪くないって言う事にしておいて」

彼女としては、先ほどの「まぁまぁ」も同じ意味を表していたのだろう。
スッと壁から背中を離した彼女は、二歩ほど歩いて翼の隣に並ぶ。

「そろそろ時間?」
「うん。まだ始まらないけど…皆の所に戻らないと」

そう答えて歩き出した紅に続くようにそれを追う翼。
彼はチラリと彼女を横目に見てから、歩くのにあわせて揺れる手を取った。
疑問符を浮かべつつこちらを向く彼女に視線を合わせる事無く、その手首に持っていたそれを巻く。

「あ…作って来てくれたんだ」

きゅっと固く結ばれたそれを目線の高さへと持ち上げ、嬉しそうに笑う。
彼女の手首には、細いミサンガが結び付けられていた。
手首を締め付けず、かつ邪魔にならない程度に緩く巻かれたそれ。

「紅のお蔭で目を閉じてても作れるようになったよ」
「それは私も同じ。でも…本当にずっと作ってくれるなんて、思わなかったよ」

何年前だったかは覚えていない。
ただ、翼がまだ試合に慣れていない時の事だった―――と言うことだけは覚えている。
緊張する彼に、紅が手製のミサンガを渡したのが始まりだった。
それからと言うもの、試合の度にミサンガを用意して渡す事が恒例となり、その礼として翼も同じ行動を返す。
別に願掛けをしているわけではないから、二人とも試合が終われば解いてしまうけれど。
彼がどうかは知らないけれど、紅は解いたそれもちゃんと残している。
初めの頃は拙い編み方だったそれも、何度か繰り返せば自然と板についてくる。
店に置いても差し障りない程度の出来栄えのそれに、紅はその口元を綻ばせた。

「さて、と。じゃあ、また試合の後でね」
「あぁ。頑張れよ。いい結果を期待してるから」

翼の自信に満ちた言葉に、紅は力強く頷いた。
















大会の開幕が宣言され、試合が始まる。
あちらこちらで竹刀のぶつかる音が響く建物の中からたった一人を探すのは困難を極める。
学校別に分けられていたのは幸いだった。
順に進んでいく試合。
準々決勝、準決勝―――着々とトーナメントの頂上へと進んでいく紅に、メンバーの興奮も次第に高まってきている。
そうして、彼女は最後の砦へと辿り着いた。
決勝戦を行ないます、と言うアナウンスが耳を通り抜けていく。
正方形の枠内へと二人の選手が歩み出し、そして向き合う。

「向き合った瞬間の心の静けさが好きなの」

彼女がそう言っていたのは、いつの事だっただろうか。
試合前の独特の緊張感、ピッチに一歩目を踏み出した時の高揚感―――それと似ているのだろう。
試合開始の合図が聞こえると同時に、両者が床を蹴った。










「お疲れ様でしたー」

そんな声と共に、解散が宣言される。
見慣れたグラウンドの傍らから校門へと歩き出す部員達。
後輩から向けられる挨拶に一つずつ答えつつ、紅もまた歩き出した。

「お疲れ様」
「玲姉さん!」

ポンと肩を叩かれてそんな声が降って来る。
顔を上げた紅はその人物を目に映すと、嬉しそうに微笑んだ。

「いい試合だったわね」
「ありがとうございます」
「団体の方は残念だったけど…」
「まぁ、仕方ないですよ。その分、個人で頑張ってきますから」

大会の結果を述べるならば、以下のようになる。
女子個人の部で優勝を納めたのは紅だ。
残念ながら、男子個人と団体戦はどちらも3位以上には食い込む事は出来なかった。
結果として、彼女のみが次の大会へと歩を進めたのである。

「玲姉さん、また練習に付き合ってください」
「ふふ、いいわよ。でも…もう、紅には負けてしまいそうね」
「そんな事ないですよ」
「そうかしら?さ、校門の所で翼が待ってるから、行ってあげて」

そう言って玲は笑顔のままに紅の背中を押す。
ぐん、と前に押し出されて一瞬体勢を崩すも、すぐにそれを立て直した。

「おばさんが夕食でお祝いを用意してくれてるわ。いつもくらいの時間に来て頂戴ね」
「あ、分かりました」

ありがとうございます、と頭を下げてから、紅は付近にいた剣道部の顧問にも挨拶をする。
嬉しそうな顧問に盛大に見送られ、足早に校門へと歩いた。
私服のまま校門のところでこちらに背を向けている人物を捉え、表情に笑みを宿す。

「翼!」

声に答えるように振り向いた翼は、僅かに口角を持ち上げた。
それから、近寄ってきた彼女の荷物を受け取って帰路へとつく。

「お疲れ。それと、優勝おめでとう。この分だと、来月には日本で一番強い女子中生になってそうだね」
「はは…ありがとう。そう言われると…微妙」

確かに、今までの自分の努力が認められるのは嬉しい。
けれど…女性としては、日本で一番強い、と言うのは微妙なものだ。
それだけを聞くと、喜んでもいいものかと少しだけ悩みたくなってしまう。
それでも、その時になればやはり嬉しさだけがこみ上げるのだろうけれど。

「そう言えば…皆は?」
「先に帰るってさ。話は明日聞かせて貰うって」
「そっか。来てくれてありがとうって言いたかったのに…」
「メールでもしておけば?」

ゆっくりと足を進めながら、そんな風に言葉を交わす。
そうする、と携帯を取り出して操作する彼女の横顔を眺める翼。
しかし、ハッと我に返って、気付かれる前に視線を逸らす事に成功した。
試合を終え、面を外した時の彼女が脳裏を過ぎる。

いつもの優しい雰囲気はなく、凛としていて―――どこか猛々しくて。
異なる雰囲気を持つ彼女に、思わず目を奪われた。

試合の時の翼は、いつもに増して格好良いね。

何度かそう言われた事があるけれど――――彼は思う。

「格好良かったよ」

自然と、口からそんな言葉が零れ落ちた。
思わず携帯から視線を外して彼の方を見る紅。
その表情はまず驚きを表す。
それから…数秒後には、頬に朱を走らせた。

「え、あ……ありが、とう…?」

何度か試合を見に来てくれているけれど、こんな事を言われたのは初めてだ。
言うつもりはなかったのに零れ落ちてしまった言葉をなかったことには出来ない。
それが本心である以上、紅がこんな反応を見せるならば…寧ろ、なかったことにする必要などないと思えた。





「胴着って見違えるよね。いつもとは違ってて、新鮮だし」
「何回も見てるのに?」
「何回見ても思うものは思うんだよ」
「ふぅん…。あ、でもわかる。玲姉さんの胴着姿、凄く格好良いもんね」
「俺は紅の方が格好良いと思うけどね。いつもの優しい感じとは違ってるし」
「…………っ…」
「(ふぅん…格好良いって言葉は全然慣れてないみたいだね)」

Request [ 三周年企画|和泉様 ]
07.07.04