君に出会って、生まれた感情

一桁から始まった盗賊の集まりも、すでに三桁へと突入した。
それだけの部下を纏め上げる頭には、やはり彼らを引っ張っていくだけの器量を必要とされる。
無論、この場に集った妖怪は皆蔵馬に憧れて来た者が多く、それに関してはあまり心配される所ではなかった。
まだ部下の数が二桁であった頃、頭が盗み出した妖怪―――佐倉。
彼女は盗賊団に入った時から彼の隣の位置を約束されていた。
反感を招く事も懸念していた蔵馬だが、それが杞憂であったのは言うまでもない。
彼女は、自身の実力を以って名実共に盗賊団のトップ2まで登り詰めたのだ。
蔵馬が不在の時には彼女に指示を仰ぐほどに、部下の信頼は厚かった。








蔵馬の留守を預かった身として、粗相は許されない。
いつも以上に気を引き締めて計画を練った紅は、今回の盗りに参加する部下の指導に当たっていた。
紅は盗賊団の中でも、蔵馬と並ぶほどに強い。
それがわかってからと言うもの、彼女に教えを請う妖怪も少なくはなかった。
それならば蔵馬が教えれば良さそうなものだが、彼は人に何かを教える事には向いていない。
どちらかと言えば勝手に技を盗め、と言う心情なので、それについて行ける者は一握りなのだ。

「ガードが甘い。と言うか遅い。だから―――」

ガツンと派手な音がしたかと思えば、今目の前に居た妖怪が軽々と吹き飛んでいく。
視界に落ちてきた前髪を掻き揚げつつ、紅はあっさりと吐き捨てた。

「こうなる。相手の動きを予測して攻撃に入る事だ。早死にしたくなければ、な。次!」

一から十まで指導するほどに優しくもなければ暇でもない。
盗賊団全体のレベルを上げる為でなければ、紅とて誰かの指導など面倒な事はしたくはないのだ。
己の利益を優先する、魔界らしい考えだった。

「根本的に全てがぬるい。どうやら、今回の盗りには早いようだ。鍛えなおせ」

また一人、吹き飛んだ。
紅は今しがた部下を吹き飛ばした手をプラプラと揺らし、呆れた風に呟く。

「そろそろ面倒になってきたな…」

やはり、自分を満足させる事ができるのは蔵馬だけか。
心中でそう溜め息を吐き出すと、残っていた彼らの方へと向き直る。

「一気にかかって―――」
「姐さん!お頭がお帰りになりました!!」

紅の声を遮るようにして、入り口の方からそんな声が掛かる。
彼女はチラリとそちらに視線を向け、再びそれを戻す。

「姐さん?」
「少し待って欲しいと伝えろ。さぁ、来い」

すでに彼女の意識は自分に向いていない。
頭である蔵馬が帰ったら一番に紅に伝える事が暗黙の了解になっている。
このままでいいのだろうかと悩むも、仲間と拳を交える彼女にそれ以上声を掛ける勇気はない。
渋々ながら、蔵馬に彼女からの伝言を届ける為にその場から立ち去った。
















汗を流してから、蔵馬の待つ部屋へと向かう。
扉を開いて一番に見えたのは、大きなデスクに肘を突く彼だった。
恐らく足音や気配から自分が来る事に気付いていたのだろう。
ふと手元の紙から視線を上げた彼は、僅かに目を細めて口を開く。

「遅かったな」
「ごめんなさい。次の盗りのメンバーを見ていたの」
「変更は必要か?」

紅の言葉に即座に返事を返せる辺り、彼も気にかけていたことなのだろう。
返事の声の前に、入り口の所から彼の方へと足を進める。

「このメンバーで問題はないと思うわ。私が行く?」
「…いや、必要ないだろう。この程度がこなせない様なら、あいつらに明日はない」

そう答える彼の目がスッと逸らされる。
射抜かれるのではと思えるほどに見つめ返される事が常だ。
だからこそ、彼の行動に僅かな疑問を抱いた。

「蔵馬?」
「…何だ」
「いえ…何も。………お帰り」

言いそびれていた言葉を紡げば、彼の視線が自分へと戻ってくる。
それに対する返事はなく、ただ空にした手を彼女へと差し出した。
紅は彼の手に応じるように更に二歩ほど進む。
手が届く位置へと移動するなり腕が腰へと回り、紅は彼の膝の上へと運ばれた。

「…蔵馬…何か、機嫌が悪い…?」
「…気にするな」

そうは言うけれど、とても気にせずにいられる様子ではない。
無言のままに彼女を抱き寄せた蔵馬は、その沈黙を保って彼女の肩へと額を寄せる。
よくわからないけれど、彼の心が乱れている事はその妖気の揺れから悟っていた。
紅は邪険にすることなくその髪へと自身の指を通し、撫でるように動かす。
彼が話そうとしないものを無理に聞きだす必要はないだろう。

「………一週間ぶりか」
「え?あぁ…そうね」

忙しくてそれほどに時間が経っているという自覚はなかった。
だが、蔵馬の方は違う。
本来ならば彼が居なくても十分なくらいの盗みだったからこそ、その時間が酷く長く感じたのだ。

「蔵…」

紅が今一度彼の名を呼ぼうとした所で、室内の通信機が鳴り響く。
早く取れ、と迫るように煩く騒ぎ立てるそれに、蔵馬だけでなく紅までもが溜め息を吐き出した。
二人がこの部屋に入っている時は、よほどの事がない限り通信が入ったりはしない。
つまりは、今鳴り響く原因はそのよほどの事だと言う事だ。
面倒だとは思いつつも腕を伸ばして机の上にある通信機を指先で操作する。

「何があった?」

一向に答えようとはしない蔵馬に代わって、紅がそう尋ねる。
すぐに焦ったような部下の声が届いた。
数分の報告を聞いた二人は、揃って溜め息を吐き出す。
どうやら仲間内で喧嘩があったらしく、それが本気の殺し合いになっているらしい。
日常茶飯事と言えばそうなのだが、流石に見境なく部下を減らされるのは困る。
別に手が足りていないわけではなく、寧ろ十分な人数は確保できているが、それでも。

「…まったく…仕方ないわね。行って来るわ」

もう一度溜め息を吐き出した彼女が、蔵馬の膝の上から降りた。
いや、降りようとした。
しかし、彼の腕がより強く腰を引き寄せ、それは不完全に終わってしまう。
蔵馬?とその名を呼びながら怪訝そうな表情を向ける彼女を横目に、彼は片方の腕を操作盤に伸ばす。

「くだらない喧嘩は他所でやれ。これ以上場を荒らすつもりなら―――」

そこで一旦言葉を区切る。
紅は、自分が何かを喋ってしまうとマイクに音を拾われてしまうので沈黙を保った。

「俺が行く」

一層低くなった声には、殺気まで乗せられていたように思う。
アジトそのものが沈黙したのではないかと言うほどに静まり返る中、蔵馬はもう一度操作盤の上で指を動かした。
それから、先ほど通信が入ってきた所へとそれを繋ぐ。

「―――落ち着いたか?」
『は、はいっ!蜘蛛の子を散らしたように逃げました!!』
「そうか。そいつらは明日の盗りの際、斥候に入れておけ」

それだけを言うと、返事を聞く暇すらなくプツリと通信を切る。
おまけに主となる電源すらも落とすと言う徹底ぶりだ。
目を瞬かせている間に事が片付いてしまい、手持ち無沙汰になったのは言うまでもない紅。
掛ける言葉を考える暇すらなかった。

「…やっぱり、機嫌が悪いのね」
「…あぁ、確かに悪いらしいな」

まるで人事のようにそう答えた蔵馬に、紅はそれに続ける言葉を悩む。
悪いらしい、と言われて、なるほど、と返すわけにもいくまい。
こんなにもあからさまに機嫌の悪さを見せる彼は珍しく、ただ反応に困った。

「ごめんなさい。何に怒っているのか分からないんだけど…。何か出来る事はある?」
「………なら、一つだけ」

そう言うと、蔵馬は自分よりも少しばかり高い位置にある紅の頭を引き寄せる。
触れる程度に唇が重なり、そして僅かに離れた。
そのままの、まるで息が掛かりそうな距離で彼は続ける。

「俺が居ない時は任せる」
「ええ」
「だが、俺が居る時は俺を優先してくれないか」

丁度蔵馬の首に回そうとした腕がピタリと止まる。
まさか、そんな事を言われるとは思わなかった。

「………蔵馬の為を思って明日の指導を優先したんだけれど…逆効果だったのね」

クスリと微笑み、了承の返事の代わりにその唇に自身のそれを重ねる。
小さなリップ音と共に唇を離した紅は、彼と額を合わせて微笑んだ。

Request [ 三周年企画|くるみ様 ]
07.06.30