慣れない非日常、君の笑顔が懐かしい
気付いた事はいくつかある。
一つ、紅はこの瀞霊廷内でかなりの実力者だと言う事。
二つ、紅の率いる零番隊はかなり変わった奴の集まりだと言う事。
三つ、紅はここでも絶えず人を惹き付ける人間だと言う事。
「隊長、いつものお客です」
「ん。通してくれていいよ。あと、これ来週期限切れの書類。処理頼むわ」
「わかりました」
芦崎は書類を受け取ると、扉のところで待たせていた人物に声を掛けてその場を後にする。
すでにここ数日で見慣れた光景となっていて、紅も面と向かって迎えるような事はしなくなった。
そうしなくても、彼は迷う事無くこの部屋に足を踏み入れるからだ。
「忙しそうだな」
「そうでもないよ」
本棚から資料を腕に抱え、くるりと来訪者を振り向く。
その人物を視界に捉えるなり、紅は口元を緩めた。
「相変わらず大量ね」
「…断るのに渡してくるんだっつーの」
いつもならば、ここでガシガシとオレンジ色の髪を掻く所だろう。
しかし、生憎彼の両腕は様々なもので埋まっていてそれは叶わない。
彼女はクスクスと笑いながら、脇の机にそれを置くように促す。
「今日は誰に貰ったの?」
彼、一護が置いたばかりのそれを一つ持ち上げ、紅は問いかける。
その手には袋入りのお菓子。
「あー…確か、六席と八席…あと九席…だな。いい加減に言ってくれよ。こんなにいらねぇってな」
「言っても聞かないと思うよ。子供にお菓子を与えるご老人と同じ状況だから」
「俺はガキじゃねぇよ」
「生憎、ここにいれば赤子同然」
私も一護もね、と紅は笑う。
そしてそのお菓子を山の上に積み、部屋で一番大きな机の方へと向かった。
零番隊員は基本的に『来る者歓迎、去る者追わず』だ。
ましてや、自分よりもいくらも若い死神となれば可愛がりたくて仕方がないらしい。
一護はこの部屋に来るまでに、何度も隊員に出会っては菓子やら何やらを渡されるのだ。
さながら、子供のように。
「お前はよく無事だよな」
基本的に愛想の良くない一護でもこんな状態なのだ。
誰にでも笑みを浮かべて対応できる紅なら、更に酷いだろうと思う。
だが、彼女はそうでもないと首を振った。
「一応この建物の中ではトップだから。流石にお菓子なんて渡せないんでしょ。ま、でも時々貰うわ」
彼女自身はそういった事を喜ぶ方なので、何ら問題はない。
寧ろどんと来い!と言う状況で、この部屋の中は日々贈り物が増えていくのだ。
「まぁ、味方に思ってもらえるだけマシよ」
「そうなのか?」
「うん。一護だと、卍解無しには勝てないでしょうね…」
零番隊は他の隊の後始末や、他の隊では隊長格でないと厳しい任務を引き受ける。
それ故に、実力で集められている者ばかりだ。
卍解でも危ないかな…と呟いた紅の声は、しっかりと彼の耳に届いていた。
口元を引きつらせる彼の心中は、考えるまでもない。
「所で、今日は――」
「隊長、失礼します」
バンッと扉が開いたかと思えば、強面の死神が部屋の中に進入してくる。
見覚えのない死神に一護は思わず紅の正面を譲った。
顔の中心に横一文字の傷を持つ彼は、十一番隊員だと言われても頷けるだろう。
そんな男が紅に頭を垂れる姿と言うのは、どこか不可思議だ。
「あぁ、この書類なら四番に回してから処理室に渡しておけばいいよ。後は適当にしてくれるから」
「ありがとうございます」
「ん。仕事頑張ってね」
ひらひらと手を振って死神を見送ると、紅は再び一護に向き直る。
そして口を開くのだが――
「今日はどうし―――」
「あ、隊長。これの署名が抜けてます」
再び開いた扉から芦崎が顔を出す。
彼の手から書類を受け取り、枠内に署名を書き込むと再び彼の手に戻した。
一礼と共に彼が去り、静かに溜め息を一つ。
近くに気配がないことから、今度こそは邪魔されないだろう。
「今日はどうしたの?」
「あぁ。また手合わせしてもらおうかと思って来たんだけどよ…何か、忙しそうだな」
「手合わせか…ま、予想通りね」
そう頷くと、机の上に詰まれた書類を眺めて少し考える。
恐らく、今日の分の仕事に掛かる時間を導き出しているのだろう。
「ま、大丈夫かな。いいよ。行こうか」
そう答えると、紅は後ろの壁に立て掛けてあった斬魄刀を持ち上げる。
あの藍染の事件から、零番隊は緊急時以外でも帯刀が許可されていた。
咄嗟の時に、一番動き易いのが零番隊であると言う総隊長の判断だ。
「真剣?木刀?」
「あー…木刀だな。また怪我したら洒落になんねぇ」
「怪我してもうちの四席が治してくれるけどね」
慣れた手つきで三振りのうち一振りだけを腰に挿す。
残りを壁に立て掛けたまま、紅は自身の前にあった窓を開いた。
「何やってんだ?」
「抜け出すの」
「は?」
「や、“は?”じゃなくて。一護も行くのよ」
何をぼさっとしているんだ、とばかりに彼を振り向く。
彼女の片足はすでに窓枠に掛けられていて、準備は万端と言ったところだ。
「今日は芦崎が居るからね。廊下から出ると絶対に見つかるの」
「だからって抜け出していいのかよ?」
「うだうだ言ってる時間が無駄!行くよ」
ひょいと窓枠を超えたかと思えば彼女の姿が消える。
慌ててそれを追うように窓から飛び出せば、下の屋根のところで一護を待つ紅の姿があった。
そんな彼女に追いつくと、二人で並んで手ごろな廊下へと足を踏み入れる。
道行く死神は、皆紅に頭を下げた。
その顔に畏怖の表情はなく、友好的なそれを浮かべて。
隣を歩くのではなく、一歩後ろを歩いて初めて気付く、彼女の大きさ。
堂々としたその背中は、隊長の証である零の刻まれた衣を我が物のように従えていた。
そんな事を考えていた一護は、紅が足を止めて振り向いたことにも気付いていない。
「…一護?」
「うわ!」
顔を覗きこまれて初めて紅の接近に気付いた一護。
驚いた声を上げて身体を仰け反らせる彼に、彼女は首を傾げた。
何をぼんやりしているんだと言う問いかけに何でもないと返す。
「油断大敵。後ろからざっくりやられるよ」
「誰にだよ」
「………私?」
「前を歩いてんのにか?」
それは流石に気付く、とそう笑う一護に、紅はにこりと笑った。
同意の笑みだと受け取るが、次の瞬間にその考えが甘かったと思い知らされる。
「残念ながら、今の一護の背後を取るくらいわけないよ」
ポンと背後から肩に手を置かれ、一護はその身を硬くする。
見えなくなったと感じた時にはすでに遅かった。
「まぁ、今は誰かに狙われる心配はな…」
「紅ちゃーん!!」
ガツンと鈍い音がした。
紅は額と背中の腰に鈍痛を受け、思わずその場に蹲る。
対して、彼女の前に居た一護は後頭部強打。
どちらも声なき声を発してその場に佇んだ。
「…やちるさん…っ。もう少し…もう少しでいいですから、勢いを弱めてください…」
赤くなった額を押さえて紅が自身の背後を振り向く。
そこには失敗を隠す子供のような笑みを浮かべるやちるがいた。
目じりに軽く涙を溜めつつ、一護も彼女の姿を捉える。
説明しておくなら、一護の背後を取っていた紅の更に背後からやちるが素晴らしい勢いで突撃した。
腰が折れんばかりの衝撃を受けた紅は、そのまま前に居た一護の後頭部に頭突き。
両者が膝を折る結果となったわけである。
「ね、紅ちゃん!遊ぼ!」
「あー…すみません。手合わせは彼が先約なんです」
やちるの言う遊びはイコール手合わせだ。
彼女にとっては暇つぶしである。
「今日は稽古をつける日?」
「いえ、違いますけど…」
「じゃあ、その次でいいよ!稽古つけてくれるってー!!」
「や、人の話を聞きましょうよ」
やちるは勝手に自己完結してしまうと、どこともなしに「稽古をつける」と叫ぶ。
その声はしっかり廊下に響き、それまで人気のなかった廊下に足音が近づいてきた。
「…なぁ、紅」
「何?」
「足音、こっちに向かってるのは気のせいだよな…?」
「気のせいだと思いたいね、是非」
紅は一護の声に、引きつった笑みを返す。
足音の近づいてくる廊下の曲がり角に、死神の姿が見えた。
「雪耶隊長!稽古をつけてくれるんですか!?」
「是非!私を!!」
「てめーらは引っ込んでろ!」
「今日こそ無敵の三番隊の結成にご協力を!!」
その勢いたるや、取って食われそうだ。
暑苦しいのからマッチ棒のような死神まで様々。
そんな一同が、皆我先にと彼女に駆け寄ってくる様子は、身の危険を感じても可笑しくはない。
「…一護。逃げるよ」
「………おう」
嵌め殺しの窓に向けて刀を一閃。
余裕で人が通れるだけの空間を開くと、紅はそこから身を躍らせた。
遅れること2秒で一護も彼女に続く。
「何か、昨日も同じパターンだったよな…」
「あはは。私の稽古ってかなり実力つくらしいんだよね」
「へぇー…」
「その返事、信じてないでしょ」
「いや、信じる。あんだけの人数に追われてんだからな…」
振り向いた先には、先程紅が斬ってしまった窓を破壊しつつ追ってくる面々。
すでに木刀を片手にしている者までいるのだからその光景は異様だ。
まるで自身が何かの大罪で追われる身であるような錯覚を起こす。
「お前、変わったな」
「そうかな」
「こんなに頼られて…頼れる奴になるとは思わなかった」
「ふふ…ありがと」
浮かべられた屈託のない笑顔は、一年前と何ら変わりは無い。
それに安心させられる気持ちは嘘ではなかった。
ふと緩めた口元を隠すように、一護は自身の手をそこに添える。
そして、追っ手から逃れる為に足を速めた。
Request [ 二周年企画| 優様 ]
06.07.03