痛いほどに、愛しいと叫ぶ心のままに

「守られるだけの女にはなりたくない」

彼と共に在ると決めた時に、そう言った。
その意志は今でも変わらず私の中で息づいている。
自分がどうなろうとも、傷つく彼の姿を見たくはなかったのだから。









「蔵馬、無事に事は終わったみたい」

紅はシーツの上に横たわる蔵馬に声をかけた。
今日の一仕事は中々思う様に事が進まず、彼自身も酷く疲労したようだ。
紅自身、今の体力があるからこそこうして立っていられると言うほどに。

「そうか」
「大丈夫…?」

目を腕で覆うことで光を遮って、彼は横たわったままの状態から動かない。
足音を忍ばせずに彼のベッドにそのまま近づいた。
忍ばせた所で彼の聴力を持ってすれば必ず聞き取ってしまうのだから。
ベッドの傍らまで歩くと、彼もその気配を感じ取ったのだろう。
僅かに腕をずらして紅を見上げた。

「紅?」
「……ごめんね」

呼ぶ声に答えることも無く、彼女はそう言って彼の肩口を包む包帯を見つめた。
昨日まではなかった包帯。
紅が原因で……彼を傷付けた。

「…気にするな、と何度言えばお前はわかるんだ?」
「ごめん…」

その言葉に対する謝罪ではなく、自分の愚かさに向けてのそれ。
蔵馬もそれを感じ取ったのだろう。
射抜くように細められる視線。
紅は思わず彼の元から一歩足を引いてしまった。
否、本当ならばその場から立ち去るつもりだったのだ。
彼が、彼女の腕を掴まなければ。

「逃げるな」
「――――…っ」
「怯えるな…紅。お前を怖がらせるつもりはない」

蔵馬は紅の腕を引いて、その身体を彼の腕の中に閉じ込めた。
慣れた体温が彼女の肉体の緊張を溶かす。

「紅」
「な、何?」

改めて名前を呼ばれれば、紅の声は必要以上に強張ってしまった。
それを彼も理解しているのだろうか。
クスクスと押し殺した笑いが聞こえる。

「お前は守られたくないと言ったな」

彼の言葉に彼女は頷きを返す。
紅の記憶に、その言葉はまだ新しかった。
蔵馬の傍らに在りたいと望んだ時、彼もそれを望んでくれた時。
その時の思い出と共に、その言葉はあった。

「それでも、俺はお前を守る」
「……私を守って蔵馬が傷つくのは見たくない。それくらいなら私…」

この場所には居られない。
そう紡ごうとした唇に重ねられた彼のそれ。
激しいわけでもない口付けに、それでも蔵馬の気持ちを感じずにはいられなかった。

「……っは…」

こっちの息の長さも考えてほしい、そう言いたくても呼吸を求める唇は何かを紡ぐ事を許さない。
ただ只管上がった息を整えるべく胸が上下運動を繰り返した。

「悪いが…それは聞けないな」
「く、らま…」
「傷つくのが見たくなければ、早くその癒しの力を使いこなせるようになれ」

紅の髪を梳きながら彼はそう言った。
彼の指が心地よく、重くなる瞼に合わせてそれを閉ざそうとした。
僅かな視界に、彼の胸に光る絳華石が入り込む。
その存在を忘れるな、とでも言うように。

「…きっと、使いこなすから…。あなたに怪我をさせないように、怪我しても癒せるように…」
「……ああ」
「だから…私も傍に居たい」

彼女の唇がそう紡げば、蔵馬は梳いていた髪にその唇を落とした。
そして、額にかかるそれを掻き分けるようにしてそこにもキスを落す。
抱きしめる腕の力が強まり、紅は彼の胸に頬を当てた。

「…もう少し…だな」
「何が?」
「いや、気にするな」

掠めるようなキスを唇にも落すと、彼はそれ以上何も言わずにベッドに倒れこんだ。
むろん、紅を抱き枕にしたままで。
















「紅。今手は空いているか?」

あの日から数日、蔵馬の怪我もすっかり癒えた。
自室にやってきて自分を呼ぶ彼に首を傾げながらも、紅はそれに頷く。

「なら、一緒に来い」

そう言って差し出される手に自分のそれを重ね、二人は部屋を後にした。
紅が蔵馬に連れられるままにやってきた場所は温室。
魔界の植物がこれでもかと成長を続け、時に大きく、時に美しく、自らを主張している。
蔵馬が通るだけでそれらは大人しく彼に道を譲る。
不自然に開かれた空間を進み、二人はそこまで来た。
蔵馬がその場に屈みこんで何かをしている間、紅は黙って彼の背中を見つめていた。
動きに合わせて揺れる銀色の髪が綺麗だ、と場違いにも思える感情を抱きながら。

「これを見せる為に連れて来た」

振り向いた蔵馬が紅に向かってそれを持ち上げる。
紅はそれを見つめた。

「これは…?」
「この間出来たばかりの花だ」
「…綺麗」

その花に視線を落とし、紅は微笑む。
黄色の花はその表面に光沢を持ち、角度によっては紅の髪と同じ金色にも見える。

「ねぇ、名前は?」

首を傾けながらそう問えば、彼は少しだけ視線を逸らす。
彷徨ってしまった視線を不思議に思いながらも、紅は彼の返答を待った。
やがて、何度かの躊躇うような素振りの後、蔵馬は漸くその名を紡ぐ。

「“佐倉”」
「何?」
「名前を呼んだんじゃない。その花の名だ」

蔵馬がその花を指しながら言う。
一瞬彼の言葉の意図する所が読み取れなかった紅だった。
が、それに気づくと無反応ではいられない。白い頬を僅かに紅潮させ、彼を見上げた。

「え、あ…私の名前?」
「……それなら自分の名前も愛せるだろう?」
「…ええ。そうね…」

紅は蔵馬から“佐倉”へと視線を落として微笑む。

「紅…俺はお前を愛している」

その言葉に、花へと落とされていた視線が持ち上がる。
驚きを滲ませる眼に蔵馬は笑んだ。

「これからも俺の傍に居てくれるなら…これを受け取って欲しい」

そう言って蔵馬は“佐倉”を差し出す。
言葉自体に驚きは見せたものの、紅は嬉しそうに微笑み、そして躊躇う事なくそれを受け取った。

「喜んで」

その花を愛おしそうに両手で包みながら彼女は答えた。

「蔵馬、私はあなたの傍に」









「ねぇ、新しい花ってどうすれば作れるの?」
「どうしたんだ、急に…」
「私が作った花に“蔵馬”って名付けるの。ずっと…傍に置いて、大切に育てるのよ」
「……」
「蔵馬?っきゃ…急に抱きしめないでよ…驚くじゃない」
「俺が傍に居れば十分だろ?」
「そうだけど……在りもしない花に嫉妬?」
「……笑うな」

翌日から紅に花の事を色々と教えている蔵馬の姿を見ることが出来た。
結局、彼女の頼みを蔵馬が断れるはずもなかったのだ。
その後“蔵馬”が生み出されたかどうかは、二人のみぞ知る―――

05.07.02