想いを包む言の葉は、優しくも儚く

「なぁ、コウ」

ベッドの上で寛いでいたシャンクスがコウを呼んだ。
コウは今彼の代わりに航海日誌をつけている途中である。
椅子に座ったまま、彼女は身体を振り返らせた。

「何?」
「お前って騒ぐのとこうやって静かに過ごすのとどっちが好きだ?」

因みに今は宴の真っ最中。
尤も、この船に乗っていれば毎日がお祭り騒ぎなのだが。













「静かな時間の方が好きよ。でも、皆と一緒に居るのは楽しいわ」
「…だよな」
「それがどうかした?」
「いや、何でもねぇ」
「…暇してるなら航海日誌くらい真面目につけたらどう?」
呆れ半分、と言った様子でコウは再び日誌へと向かった。
薄く開かれた窓から滑り込む風が彼女の髪を遊んでシャンクスの元まで届く。
ふわりと、赤い髪が揺れた。
カリカリとペンの音だけが響く部屋の中で、彼はコウの背中を見つめていた。
何をするでもなく、ただ何かに悩んでいる様子で。
背中でその視線を感じながらも、コウは思う。

「(シャンクスが何かに悩んでるなんて珍しいな…。)」

何か変なものでも食べたのか?と失礼極まりないことまで考えてしまった。
















漸くコウの手がペンを置く。
ここ一週間で彼が溜め込んでくれた日誌を書き終えると、コウは静かに腕を伸ばした。
ふと、集中して忘れていた彼の事を思い出す。

「シャンクス――」

終わったよ、と言う言葉は続かなかった。
コウはふっと笑みを作ると、静かに椅子から立ち上がる。
日誌をいつもの場所に戻した後、ゆっくりと彼の元まで歩いた。

「寝るなら自分の部屋で寝ればいいのに…」

クスクスと静かに笑いながら、コウは彼の赤髪を梳く。
柔らかい質感のそれは彼女の指を通り、絡まる事なくシーツに広がった。
とは言っても短い髪ゆえにさほど広範囲には及ばないが。

「子供みたいね」

無邪気な笑みと違わぬ表情で眠る彼。
大勢の部下を従えて『赤髪のシャンクス』と呼ばれる威圧感は何処にもない。
ただ、一人の男として…否、青年として、彼はここに居た。
不意に、シャンクスの髪を梳いていたコウの手首が掴まれた。

「あ、ごめん。起こした?」

そう声をかけたコウだったが、彼からの返事はない。
だが、次の行動はあった。

「っ!」

声を上げそうになる自らを叱咤して、何とかそれを飲み込むコウ。
彼の腕の中に納まりながらただ静かに鼓動が治まるのを待つ。

「…人を抱き枕と勘違いしてない…?」

ポツリと呟くが、当然寝ているシャンクスにそれが届くことはない。
細いながらも逞しい腕に頭を預け、コウは彼の顔を見つめた。

「………格好いい…よね」

言葉と共に、コウは彼の頬に手を伸ばす。
僅かに顔を動かして唇に触れるだけのキスをした。
静かに寝息を立てる彼を確認すると、彼女はふっと微笑みを見せて彼の胸に擦り寄る。
そして、自らもゆっくりと瞼を閉じた。














心地よい指の動きを頭に感じて、コウは眠りの世界から浮上してきた。

「…ん…」

時間をかけて開いた視界に夕焼けに染まる部屋が映る。
それと共に、シャンクスの姿があった。
ぼんやりと窓の外に視線を向けながら自分の髪を梳く彼はコウが起きた事に気づいていない。

「……シャン…?」
「起きたか」

コウの声を聞きつけると、彼はすぐに彼女に視線を向けた。
ベッドに座る彼はコウを見下ろす形で笑う。

「よく寝てたな、お前。二時間くらい寝てたぜ?」
「そんなに…?」

未だはっきりと覚醒しない頭でコウが答える。

「あのよ…」

不意にシャンクスが口を開いた。
寝転がったまま彼の方に視線を向けたコウだったが、その眼差しの真剣さに自らも身体を起こす。
同じ高さになった目線で、彼を見つめ返した。

「何つーか…まぁ、その…」
「?」

煮え切らない彼の言葉にコウは首を傾げる。
何をそんなに緊張しているのか…それがわからない。
しかし、コウは口を挟む事なくシャンクスの言葉を待った。

「…なるほど、俺は勢いで言う方が得意なんだな。改めて言うのってすっげー緊張する」
「…??」
「ま、ここまで来たんだ。腹くくるか」

自己完結してしまったシャンクスを前に、コウの疑問符は募るばかり。
彼は一時的に彷徨わせた視線をコウに固定した。

「コウ…。結婚、しねぇか?」
「…………………え?」

紡がれた言葉に、コウは自らのそれを失った。
ただ驚きに目を見開き、彼を見つめる。
そんな彼女の視線を受けたシャンクスは曖昧に微笑んだ。

「色々考えたんだぜ?両手に余る花束とか、高ぇ宝石とかな」

僅かに朱が刺す頬を掻き、彼は青年のような笑みを見せた。
彼の笑顔に見惚れながらもコウはその言葉を聞く。

「だけどよ…。俺らしくねぇだろ、そんなの」
「…そうね」
「だろ?だからよー……まぁ、せめてお前の好きな時に、って思ったんだけど…」

中々踏ん切りつかなくて寝ちまった。
と彼は笑った。
向かい合って座る彼が一海賊船を従える船長だとは思えない。
しかし、彼女にとってはそれが『シャンクス』だった。
クスクスと笑うコウに、彼はもう一度唇を開く。

「コウ。俺と結婚してくれませんか?」

その言葉に頷きを返し、コウはシャンクスの胸にもたれかかった。
彼の鼓動を間近に感じながら唇に想いを乗せる。

「私もシャンクスと一緒に居たい」
「ああ。手放さねぇ」

その細い腰に腕を回し、シャンクスは彼女の髪にキスを落す。
僅かに身を捩るコウは嬉しそうに微笑んだ。
そして、彼の耳に唇を寄せる。

「ねぇ、シャン…好きよ」

照れくさそうに、でもはっきりとそう紡がれた言葉。
その言葉を受けた彼も同じような笑みを浮かべた。
彼女の唇に掠めるようなキスを落とし、それに答える。

「俺も愛してるぜ」

言葉と共に、青年は笑った。




「副船長…どうします?」
「………放っておけ」
「とか言いながらちゃっかり聞いてるっスよね、副船長も」
「これは他の奴らにも教えてやらねぇとな!」
「よーし!そうと決まれば宴だ、宴!」
「さっきまで飲んでたじゃねぇかよ!!」





「…………聞かれてた、みたいね?」
「~~~~~~っ!!」
「あらら…珍しく顔が赤いわよ、シャンクス」
「お前ら散れ!!邪魔すんな!!」

夕食時、本日二度目の宴が賑やかに催されたのであった。

05.06.29