Black Cat
バギー編
バギーを応援する声が、次第に覇気を失っていく。
信じられないものを見るような、そんな表情を浮かべたバギー一味。
「あいつ…戦えたのか」
ポツリと呟いたのは、仲間になってまだ数日のゾロ。
付き合いの浅い彼は、彼女が戦っているところを見たことがない。
そんな言葉が零れるのも、無理はなかった。
ゾロの傍らでは、殺されてしまう、と案じていたナミがぽかんとした表情を見せている。
彼女もまた、目の前の光景を信じられずに居た。
「コウは俺と一緒に鍛えたからな!猫だけに、スピードとバランス感覚は誰にも負けねぇぞ!」
まるで自分のことのように胸を張るルフィ。
檻の中で自慢しても様にはならないのだが、彼の言葉は正しいのかもしれない。
現に、道化のバギーは、コウに押されているように見える。
最小限の動きでバラバラになった彼の、多方向からの攻撃をかわす。
その合間に、本体の顔面に向かって繰り出される攻撃は、軽いながらも数が多い。
小さなダメージとて、重なれば疲労が蓄積すると言うものだ。
「ええい、ちょこまかと動くな!!」
「動かなきゃ当たるじゃん。…っと」
余裕綽々と言った様子で答えたコウは、背後から足払いされる。
前に浮かんでいたバギーの顔がニヤリと勝ち誇った。
だが、一旦は姿勢を崩した彼女は、そのままくるんと反転し、先程足払いしてくれたバギーの足の上に着地。
ギリッと小指の辺りを強めに踏めば、言葉にならぬ悲鳴を上げてパーツが顔の方へと逃げていく。
とん、と地面に降り立つコウの動きに合わせ、首のリボンがひらりと揺れた。
「こ、の…っ!!」
一度は再び噴火するかと思われたバギーだが、十数回の深呼吸の末、口元を引きつらせつつ平静を取り戻す。
ぴくぴくと動くこめかみの血管を見ていると、我慢しているだけと言うのは明白だ。
「…こんなガキ一人に本気になるほど俺様は大人気ない人間じゃない。
今ならまだ、土下座して謝るなら許してやらんこともないぞ、小娘」
「そっちがルフィを解放して頭を下げるなら、踏み潰したことだけは謝ってあげる」
脅すように低く告げるバギーに対しても、コウはけろっとした様子でそう答えた。
恐いもの知らずだと言える人間は、少なくともこの場にはいない。
今の今まで優位に経っていたのは、間違いなく彼女の方だからだ。
そんなコウの反応に、バギーはフッと口角を歪ませる。
「…貴様の攻撃は、決定的な弱点がある」
おぉ!!とバギー一味がどよめいた。
我らがキャプテンは無駄に攻撃を食らっていたわけではなく、そこから相手の弱点を見つけていたのか。
そう思うことにより、少しはキャプテンの威厳を思い出すことが出来た。
「貴様の攻撃はカウンター攻撃が主。つまり、こちらから攻撃されなければ攻撃を返すことが出来ん!!」
どうだ、まいったか!
とばかりにビシッとコウを指差すバギー。
その場に沈黙が下りる。
「…うん。間違ってはいないよ」
「そうだろう、そうだろう!よって、貴様は俺様が攻撃を仕掛けなければ俺様に攻撃を与えることが出来んのだ!!」
「その考えは間違ってないけど。それだと、決着が付かないよね」
ズバッと言葉のナイフがバギーを貫いた。
先程までの攻撃よりも遥かにダメージの大きい攻撃だ。
四つん這いになって重苦しい空気を背負ったバギーに駆け寄る一味の部下たち。
必死に励ましているその行動こそが彼をより沈める結果となるのだが。
ふぅ、と溜め息を吐き出して肩を竦めた彼女は、彼らに背を向けた。
さっさとルフィを解放して彼らとはさよならをしよう。
これ以上は関わりたくないと判断したコウは、そのままルフィの方へと歩き出した。
無防備に歩いていく小さな背中。
落ち込んでいたはずのバギーの目がギラリと鋭い光を帯びた。
「コウッ!!」
その時になって、初めてルフィがコウを案じるように声を上げた。
声に反応して振り向く彼女、迫り来るナイフを持った手。
どん、と衝撃が走った。
刺された痛みによる衝撃ではない。
ズザッと地面に転がったコウは、まずその衝撃の質を理解した。
急いで顔を上げれば、先程まで自分が立っていた位置に、ゾロが居る。
彼の腹には、今できたばかりではない傷が血を滲ませていた。
コウのために怪我を負ったかは別としても、庇われたことは確かだろう。
「…気を抜くな、馬鹿が…っ」
「こっの…っ!!」
即座にナイフを掴む手を確保しようとする。
しかし、それを逃れるようにして本体の方へと退いていくそれ。
鼬の最後っ屁とばかりにゾロに攻撃を仕掛け、ぎりぎりの所で彼がそれを避ける。
大きく動いた所為だろうか、傷口からは新たな血が溢れ出た。
自分が直接関係していないにせよ、自分の為に動いてくれた事は事実。
一刻も早く、彼の傷を手当しなければ。
顔を上げたコウは、檻の中のルフィと視線が絡む。
「コウ」
「ん。了解」
彼が言わんとしていることを理解した。
「ゾロ、逃げろ!!」
痛みを逃がすように息を吐き出していたゾロは、ルフィの言葉に顔を上げた。
そして、彼の目を見てその考えを知る。
「次は外さんし、逃がさんぞ、貴様ら!!」
バギーの声が聞こえた。
再び飛んでくるナイフを持った手首。
ルフィの考えを理解したゾロが大砲へと向かう。
それを追うように飛ぶ手。
しかし、それは彼の元に届く前にコウの蹴りによって弾き落とされた。
その痛みに喘いでいた間に大砲の所に到着し、ルフィを睨みつけていたそれをひっくり返す。
砲弾を飲み込んだままの大砲に、火がつけられた。
派手すぎる爆発の風塵に紛れ、四人の姿は屋上から消えた。
数秒遅れるようにしてルフィとゾロに追いついたコウ。
黒くしなやかな身体を檻の中へと滑らせる。
「コウ!鍵はどうだった?」
「それが…持ってなかった。あの男、嘘ついてたのかな」
爆風に紛れて例の男から鍵を盗み取ってくる為に遅れた彼女。
しかし、彼女はルフィの問いかけに首を振った。
不満げな様子に、状況が彼女の予定外だった事は明らかである。
気にするな、と黒猫の頭をなでると、彼女は心地良さ気に目を細めた。
09.05.10