Black Cat
バギー編
空を飛ぶ鳥を捕まえようとして、ルフィが攫われてしまった。
一つしかないオールではゾロに任せた方が賢明で、仕方なく猫の姿のままちょこんと座って島を待つコウ。
やる事もない彼女は、心配そうな表情でじっと島の方を見つめている。
猫なのに表情がわかるのだから、不思議なものだ。
彼女は人間だと言う先入観がそうさせるのかどうかはわからないが。
「心配するな。アイツは強いんだろ?」
励ますようにポンと頭に手を乗せる。
言葉で答えずに、にゃあ、と鳴いたのは、この船に無関係な人間が乗り合わせているから。
海の真ん中で遭難していたバギー一味の男が三人。
どれも顔やら腕やらに四本の引っ掻き傷が無数に存在している。
「もうすぐ港に着きやすぜ、ゾロの旦那!」
「しかし、お強い猫ちゃんで!」
媚び諂う男に、コウが冷めた目を向ける。
金色の目に見つめられた男たちは、先程の恐怖を思い出して竦みあがった。
何故こんな猫一匹に怯えなければならないのか。
そう思いつつも、先程の光景が脳裏を過ぎり、無駄な抵抗力を奪ってしまうのだ。
「無駄な話はいい。さっさと島につけろ」
「へい!!」
ぎーこ、ぎーことオールが悲鳴を上げる。
「おい、どこに行くつもりだ?」
ゾロたちとは違う方へと歩き出そうとしていたコウを呼び止めるゾロ。
コウはトンと地面を蹴って彼の肩に飛び乗ると、彼にしか聞こえない音量で話し出す。
「ゾロはバギーの所に行くんでしょう?」
「ん?あぁ。そうなるな」
「海賊の所に居るかどうかもわからないし。私は私で適当に探してみるわ」
伝えたいことを伝えてしまうと、コウは彼の肩を蹴って路地へと消えた。
ゾロは軽く肩を竦めて前を歩く男に続く。
一方、ゾロから離れたコウは、シンと静まり返る町の中を足早に移動していた。
「こんな風に町を襲う連中が、素直に教えてくれるとは思えない」
海賊と言えばシャンクスを連想する。
赤髪海賊団は、村の人たちに不必要な恐怖を与えたりはしなかった。
それどころか、村に馴染み、皆に親しまれていたのだ。
シャンクス達のような海賊ばかりではないとわかっている。
「…海賊って、こう言うのが普通なのかな…」
昼下がり、いつもならば賑わう通りをすり抜ける静寂の風。
コウは複雑な声で呟いた。
無性に、シャンクス達に会いたいと思う。
猫の柔軟かつ発達した筋力を使って屋根に上り、屋根伝いにルフィの姿を探す。
しかし、彼の姿はどこにも見当たらなかった。
仕方なく、唯一騒がしくなっている中心部へと移動する。
そこにいるのは、コウが海賊とは認めたくない海賊達だろうけれど―――他に当てもない。
トンッと大きく跳躍したコウ。
跳躍中に彼女が目の当たりにしたのは、腹から血を流すゾロと、檻に閉じ込められたルフィ。
そして、バギー一味と思しき男たち。
どれも奇抜で派手な格好をしており、さながら本で読んだサーカスに迷い込んだかのようだ。
そんな事を考えながら次の着地点を見ていたコウの目の前で、一番派手な格好をしている男がナイフを放つ。
真っ直ぐに飛んだそれが、檻の中のルフィを襲った。
ルフィは無事らしいが、彼の言葉の後盛大に笑い出すバギー一味。
コウはきゅっと唇を結び、そこにあった煙突を蹴って高く飛ぶ。
「この状況でどうブッ飛べばいいんだ、俺は!?野郎共!!笑っておじっ!!」
「ルフィに何すんのよ!!」
言葉半ばで奇妙な声が洩れた。
迷いなく男…ピエロの上に飛び降りたコウは、そのままを上から押し潰す。
人間に戻っていた上に、かなりの加速度が付いていたお蔭で、衝撃は相当のものだったのだろう。
地面に潰れた男に満足したコウは、フン、と鼻を鳴らして肩ほどの黒髪を払った。
笑いの渦に包まれていた場内が、シンと静まり返る。
バギー一味が青褪めた様子で固まっている中、動ける人間は二人。
「あ、コウ!!」
「…やっと追いついてきやがったか」
コウの姿を認識し、驚きつつ喜ぶルフィと、軽く安堵するゾロ。
彼女も二人の姿を確認し、男の頭を二・三度踏みつけてから地面へと下りた。
「もう、何でそんな所で捕まってるの?」
「色々あったんだ。助けてくれ!」
「まったく」
自慢げに言う所じゃないわ、と呟いた所で、後ろで動く気配がする。
「小娘…俺様を足蹴にするとはいい度胸だ…」
ぶち切れているらしく、驚くほど低い声。
即座に反転したコウは、キラリと光ったそれを軽く避け、バックステップで距離を取る。
「ごめんね、着地点に居たもんだから、つい。…で、誰?」
「俺様を誰だか知らずに踏み潰したってのか!?
泣く子も黙るバギー海賊団船長、道化のバギーとは俺のことだァ!!」
どうやら、元々静かに怒るタイプではないらしい。
盛大に叫びだす男、バギーに、この男がバギーか、と納得するコウ。
ふぅん、と冷静な反応の彼女を見て、ルフィに駆け寄るオレンジの髪の女。
「ちょっと!あの子あんた達の仲間!?」
「おう!俺の仲間だ!」
「あの子、バギーを踏み潰したのよ!?殺されるわ!!」
バギーの怒りに恐怖を覚えたのか、彼女は必死にそう声を上げる。
しかし、ルフィは焦る様子もなく笑った。
「まぁ見てろって」
「この俺様をコケにするとは…覚悟は出来てるんだろうな、小娘」
「ねぇ、ルフィの檻の鍵はどこ?」
空気を読んでいないわけではなく、あえて無視して話を進めるコウ。
スッと視線を部下たちへと向けると、船長にたてつく勇気ある彼女に怯えた一味の一人がスッと手を上げた。
「俺が」
「答えるなド阿呆が!!貴様も俺様を無視するな!!そんなに殺されたいか小娘!!」
「そ、アンタが持ってるんだ。覚悟してね、貰いに行くから」
先程手を上げた男に向けて、ニコリと微笑む。
最早バギーの血管と堪忍袋の緒は限界だ。
「死ね!!」
バギーがナイフを振り上げ、コウに襲い掛かった。
09.05.06