Black Cat
ニャオン、と甘えるような猫の鳴き声が聞こえた。
パッと顔を上げたのは、麦わら海賊団が船長、ルフィだ。
彼が見つめた先に、ひょいと黒猫が姿を見せる。
濡れ羽色の毛並みは実に美しく、澄んだ琥珀のような眼が彼を映した。
首に巻かれた赤いリボンが風に靡く。
「コウ!どこ行ってたんだ?」
こいこい、と手を招くだけで、自分の腕を伸ばして無理強いしたりはしない。
しかし、黒猫は彼に従うようにトンと甲板へと下り立ち、軽い足取りでルフィに近づいてきた。
「おや、黒猫。黒猫と言えば船の守り神として有名。ルフィさんも飼っていらしたとは」
「飼ってるんじゃねーぞ。コウは仲間だからな!」
ルフィは足元にやってきたコウと呼ばれた黒猫を肩へと抱き上げ、屈託なく笑う。
「コウ、新しく仲間になったブルックだぞ」
「初めまして、コウさん」
紳士のように、そっと腰を折るブルック。
肩の上からそれを見つめた黒猫は、琥珀の目を細めた。
まるで、穏やかに微笑むように。
「初めまして」
聞き覚えのない第三者の声が聞こえ、ブルックは腰を折ったままの姿勢で制止する。
程なくして、彼は勢いよく顔を上げた。
「…何と言うことでしょう。耳もないのに空耳が聞こえるようになってしまいました」
「空耳じゃないわ。私が話しているの」
また声が聞こえた。
きょろきょろと見回すブルックに、ルフィが不思議そうに首を傾げる。
「どこ見てんだ?」
「いえ、あの声の女性はどこなのかと…。まさか幽霊…!?」
ひぃ、と声を上げる彼を前に、ルフィは肩に乗っているコウを見た。
彼女はニャア、とやや不満げで、呆れたような声を上げる。
それから、トン、と彼の肩を蹴った。
重力に従って甲板へと下り立つと、ブーツがカツンと音を鳴らす。
「!?」
「初めまして?」
ニコリと微笑む少女に、ブルックは目を見開く。
もちろん、見開く目はないので、素振りを見せただけだ。
骸骨だと言うのに、実に表情豊かである。
「え?猫?人間?」
「コウも悪魔の実の能力者だぞ!」
そう言って、ルフィがコウの頭をポンポンと叩く。
同じ位置に並べば、彼の目線辺りにコウの頭の天辺が見える身長差だ。
猫であった時の毛並みを思わせる艶やかな黒髪は癖もなく潮風に乗り、背中を流れる。
琥珀の目は大きく、猫を思わせる少し細い瞳孔が意志の強さをうかがわせた。
「は、初めまして…。動物系の能力だと言うことはわかりましたけれど…獣型が完全な獣の形とは、珍しい…」
「あぁ、これね…。ちょっと状況が特殊でね」
深くは追求しないで、と少女は笑う。
それから、その姿を猫へと戻してしまうと、再びルフィの肩へと飛び乗った。
まるでそこが定位置言わんばかりの行動だ。
ルフィも慣れた様子で彼女を肩に乗せている。
「スリラーバークの前にはお会いしませんでしたよね?」
「あー…見張り台の上で寝てた」
ごめんね、と気にした様子もなくあっさりとそう言ってのける。
そんな彼女の答えにぽかんと口を開いたままのブルック。
ルフィが笑った。
「コウは寝るとゾロ以上に起きねぇからな!」
「でも、ルフィ達が行ってから起きたのよ」
「そうなのか?なら、お前も来れば良かったのになー。面白かったぞ!」
「腐敗臭に耐えられなかったの。猫の鼻にあの島はきついわ」
そう言ってふいっと視線を逸らすコウ。
よほどお気に召さなかったらしい。
そんな彼女だが、ふと近づいてくる足音にその耳をピクリと揺らした。
「あ、コウ!ここに居たのね。フランキーが呼んでるわ。マストの手伝いをして欲しいんですって」
「ナミ!攫われたって聞いたけど、大丈夫だった?」
「大丈夫じゃないわよ!もう少しで結婚させられる所だったんだから!」
「え…。誰、その凄く勇気ある人」
「――――コウ?どう言う意味かしら?」
笑顔を浮かべたままなのに、声のトーンが落ちた。
ザワッと全身の毛並みを逆立てたコウは、そのままルフィの肩を蹴って甲板を駆け出す。
「フランキーの手伝いしてくる!」
言い逃げするが如く、さっさと走り去ったコウ。
まったく…とナミが溜め息を吐き出した。
「ナミ、あんまりコウを苛めるなよ」
「はいはい。苛めてないわよ」
投げやりにそう答え、さっさと行けとばかりに手を振る。
それを見届け、ルフィが甲板を歩き出した。
「随分と可愛らしいクルーですね」
「ルフィよりも一つ下だから…16、だったかしら」
「…若いですね」
「そりゃあね。でも、麦わら一味としては一番長いわよ。同じ村出身の幼馴染だから」
そう言ってから、ナミは真剣な目を見せた。
「この船に乗るなら、覚えておいて。あの子…自分の命より船長命令を重視するの」
「…海賊にはよくあることですね」
「でも、それよりも…ルフィの命を重視する。簡単に命を懸けようとするから…止めるのも、一味の仕事」
「あの子は船長さんの為に1000人の敵に向かっていける子だものね」
第三者の声が加わる。
いつからそこにいたのか、穏やかに足を組んだロビンが二人を見て微笑んだ。
「こっちがどれだけ心配するかをわかってないのよ、コウは。ルフィが怒っても無駄だし」
「アレだけ派手に色々とやれば、この賞金も仕方がないわよね」
ロビンの見つめる新聞に、一枚の賞金首のリストがある。
黒爪のコウ―――賞金、8900万ベリー。
麦わら一味の中では三番目に高い額だ。
「それにしても…あの二人は、本当に微笑ましいわね。可愛くて好きよ」
「…それはわからないでもないけど。ま、そう言うことだから。ブルックもコウを止める時はよろしくね」
そんな会話をしていると、マストを登っていく人影が見えた。
軽々とマストを登っていくその姿は、猫のようにしなやかだ。
あっという間に上り終えた彼女がその場に腰を下ろし、肩に担いだロープを結わえている。
作業が終わったのか、猫の姿に戻った彼女は危なげない足取りで柱の上を渡り、見張り台へと移動した。
それと同時に、下から伸びてくる腕。
見張り台を掴んだ手に向かって縮んできたルフィがあっさりとそこに飛び乗った。
一人と一匹がそこに並び、楽しげな声が聞こえてくる。
そんな、麦わら一味としては当たり前の光景に、ナミやロビンが小さく笑みを浮かべた。
08.09.07