Black Cat
赤髪海賊団

「我々の島の情報は、ほとんど外には出ていない。
そんな中で、私の情報を得てきたというのだから、その熱意は疑うまでもないのだろうね」

グラスの中のワインをくるりと揺らし、アルマはそう呟いた。
その声はそう大きいものではなかったけれど、コウたちの耳に届くには十分な大きさだ。

「私の、と言うことは―――」
「君たちが探している織師は、私のことだろうね。島民はワイン作りを、私はそちらを生業としている」
「なら―――!」

希望に満ちたその声を遮るように、アルマがスッと腕を上げた。
再度、現れた給仕は、コウの目の前にグラスを置く。
中を半分ほど満たしているのは、血のように赤い液体だ。

「飲みなさい」
「………」

血の繋がりは疑うまでもない。
けれど、彼女は今日、更にはつい先ほど出会ったばかりの人間だ。
このグラスの中身を飲み干すには、まだ信用が足りない。
シャンクスと、そしてコウたち全員から視線を受けてなお、アルマは何も語ろうとはしなかった。
悩んだコウは、隣に座るシャンクスを見つめる。
少しの間をおいて、シャンクスが小さく頷いた。

震えそうになる指先を叱咤し、目の前にあるグラスを持ち上げる。
口元へと運べば、鼻に届いたのは鉄臭さではなかった。
そのことに少しだけ安堵しながら、この匂いは何だろう、と考える。
自分の知る中で一番近いのは、何かの果汁だ。
赤い水面に映る自分と見つめ合い、そして意を決してそれを飲み干す。

「―――っ」

人為的な何かではない。
もちろん、血でもなかった。

これは―――

「我々が神樹と呼ぶあの大樹から取れる樹液だ」
「樹液?」
「そして、オルガが君に与えたあのリボンの染料でもある。味は良くないが、身に着けるよりも効果は高い」

ガタン、と椅子を鳴らして席を立ったアルマは、静かにコウの元へと歩いてきた。
そして、伸ばした手で彼女の首元を飾る赤いリボンをするりと持ち上げる。

「…これは、あのリボンではないね」
「あ…ごめんなさい、私―――」
「謝る必要はないよ。一目見た時から気付いていた。何か理由があったんだろう」

スッとコウの唇を押さえてそれ以上の謝罪を許さず、口元に静かな笑みを乗せる。

「しかし…神樹の加護が失われたことは、君の身体にとっては、良くなかったね」
「あの…神樹の加護、とは…」
「―――付いてきなさい」

そういって、ひときわ立派に飾られた扉の方へと歩き出す彼女。
慌てて続くように立ち上がる音が響いたところで、彼女は、ああ、と思い出したように振り向いた。

「今から赴く場所は我々にとっては聖地に等しい。できればコウ―――と、赤髪だけにしてくれないか」

本来であれば、コウ以外は認められない場所なのだろう。
けれど、シャンクスの視線を真っ向から受け止めたアルマは、少しの逡巡の末、彼を認めた。










厳重に閉ざされた扉が、順に開かれていく。
もう何度目の扉を潜ったのか。
それら一つ一つに2人の守り人がいて、無言のまま深く頭を下げ通っていく3人を送り出す。

「これが最後の扉だ」

静かな声と共に開かれた扉の向こうの世界。
それは正しく、聖地と呼ぶに相応しい世界だった。

「我らは海声の民だ」

古い歴史を読み解いたとしても、祖がどこにあるのかはわからない。
海声の民はいつからかこの神樹と共に生きてきた。
この島の住人はすべて、元を辿れば同じ一族だ。
本来の“海声”とは、海の声を聞き、海の声を届ける―――そうして、この島で命を繋いできた人々を示す。

「しかし、今は私やコウの血族―――海色の覇気を使う者を、そう呼ぶように時代は変化した」
「私たちだけなの?」
「昔から、この覇気を使うのは長の血族のみだ。君が産む子にも、海色の覇気が宿る可能性はある」
「可能性、ということは確定じゃねぇのか」
「覚醒するかどうかは本人の資質による部分が大きい。血族の中にも、覚醒せず一生を終えた者もいる」

そう告げて、アルマはゆったりとした足取りで歩みを進めていく。
石畳を進んだ先には、神樹の幹があった。
島の中心部に位置し、海の先からでも確認できるほどの大樹だ。
この距離まで近付くと、その幹は木肌の壁にしか見えない。

「神樹と我らは共生してきた。この島に入ってから、不調が消えただろう?」
「…うん、はっきりと」
「海色の覇気は悪魔の実を嫌う。覚醒により、君の持つ能力に対し過剰な免疫反応を起こしているのだ」

恐らくは、と船医を中心として立てた仮説に、ほぼ間違いはなかったようだ。

「神樹は海色の覇気を安定させる」
「だからか…」

―――身体が…楽。理由はわからないけれど。

島に上陸してから、抱えていた不調が消えたことは、傍目にも明らかだった。
納得した、と言った様子のシャンクスの声にコウは小さく息を飲む。
心臓が、ドクン、と嫌な音を立てた。

「…コウ」
「…っ」
「この島に残れば、君は生きていられるよ」

そうだろうと、自分でもわかっていた。
これほどに影響が消えるのであれば、普通に生きていくこともできるだろうと。
しかし、それは―――

「神樹の樹液を分けてもらうことはできるのか?」

爪が食い込むほどに握りしめた手が、ぬくもりに包まれた。
その言葉にハッとして顔を上げる。
シャンクスは真剣な表情でアルマを見つめていた。
暫く沈黙した彼女は、見た方が早い、と呟き、幹の傍らにある祭壇のような所へと2人を呼ぶ。
形状からして水が張られていると思ったそこは、赤黒い液体に満たされていた。

「これは、昨日神樹から溢れた樹液だ」
「この、色は…」
「神樹の樹液は酸化が早い。半日後にはこの状態だ。これでは効果は得られない」
「…またリボンを―――」
「覚醒前から身に着けていれば、緩やかに覚醒し、悪魔の実の能力に対しての影響も小さい。
だが、コウの状況を考えるに、効果はない。彼女に必要なのは、“生きた”神樹だ」

その言葉がコウの肩へと重く圧し掛かる。

あの赤いリボンが、そんな役目を果たしていたなんて…何も知らなかった。
けれど、あの時それを知っていたとしても、やはり同じ道を選んだだろう。

そうしなければ、こうしてシャンクスに会うことはできなかったから。

「もう一度、作ってくれないか?」
「…言った通りだ。残念だが、コウへの効果は、ない」
「だが、必要だ。これから生まれてくる子には、必ず」
「―――…」

アルマは黙ってシャンクスとコウを見つめる。
3人の沈黙の上空、遠いところを朗らかな声を上げながら鳥が飛んだ。

15.08.24