Black Cat
赤髪海賊団

中心となる巨木を目指すように歩き、数時間。
一行は今までとは違い、多少人の手が入っているらしい道へとやってきた。
物資が必要なわけではないために、上陸した人数は少ない。
大勢で押しかけては島民の迷惑になるだろうと判断しての事だ。

「コウ、大丈夫か?」

隣を歩くコウを気遣うシャンクス。
彼女はと言うと、どこか落ち着かない様子で右へ左へと視線を動かしていた。
けれど、その足取りや横顔には、船の上で感じていた体調の悪さは見受けられない。
楽、と言ったその言葉の通り、体調は良いようだ。

「うん、大丈夫」

意識をシャンクスの元へと戻し、コウは静かに頷いた。
その視線が彼を映し、しかしまたすぐに別の場所へと動く。
彼女の目は、前方に見える巨木へと落ち着いた。

「大きいね」

誰に言うでもなく、そう呟いた。
港からでも十分に大きかった木は、近付く距離に比例して、その大きさと存在感を増していく。
それなのに、威圧感を抱かせないのは―――どこか、神聖な空気を纏っているからだろうか。




不意に、それまでぼんやりと木を見上げていたコウが、何かに反応したように肩を震わせた。
周囲を警戒し、より多くの情報を得ようと黒髪の中にピンと耳が立つ。
それに気付き、シャンクスらも自ずと周囲を意識した。

「…誰か来た」

コウの声に応えたわけではないが、彼らの進む先に一人の人物が姿を見せた。
偶然、と言う様子はない。
ターバンのように長い布を頭と口元に巻き、表情が見えるのは目だけ。
服装も身体のラインを隠す類の民族衣装で、一見するだけでは性別が分からない。

「―――ようこそ」

声のトーンから察するに、相手は女性のようだ。
歓迎を表すその言葉に、少なくとも現段階で戦闘の意思はないと判断した。





彼女は足音もなく近付き、コウの前に立った。
庇おうとするシャンクスを制したのは、コウ自身だ。
大丈夫、彼女の目がそう語る。

「今日はやけに神樹がざわめくから、もしやと思って来てみたが…」

そう言った女性は、そっとコウの頬に手を触れさせた。
そして、無理強いさせない力で顔を上げさせる。
見上げるコウ。
金色の目が、見つめ合う。

「…思った通り」

納得したように細められたその目に、優しい感情を見た。
母のような姉のような、ぬくもりのある眼差し。
彼女はコウから手を離すと、名残惜しく視線を外し、身体を反転させる。

「付いてきなさい」

歩き出す女性、動かない一行。
どうする?
結論は、コウに委ねられた。

「…行く」

悩むまでもなくそう答えたコウが先頭を歩き出す。

―――お帰り

ザァ、と風が吹いた。














女性の案内で辿り着いたのは、一つの村だった。
人の気配はあるけれど、姿を見せる様子はない。
何処からともなく視線を感じる、居心地の悪さ。
それを感じながらも、誰も追及はしなかった。
こう言う小さな島にはよくある事だ。
況してや、自分たちは海賊であり、門前払いでなかっただけでも感謝すべきところなのだ。

「すまない。村人は外の世界を嫌っていてね」

ひときわ大きな建物へと入り、玄関のドアを閉ざすなり彼女はそう言った。
そして、ターバンを解いていく。
重力に従ってパサリと流れ落ちたのは、コウと同じ漆黒の髪。
若いが、コウ程ではなく、印象はオルガに近い。

―――似ている。

誰ともなく、そう感じた。

「慣れていない―――と言うべきなのかもしれないな。ここ20年でこの島を訪れたのは、君たちで2組目だ」
「2組…?」
「赤髪。この島は君が考えているよりもずっと、複雑な歴史を持っているんだよ」

そう言うと、彼女はホールのような場所を抜け、隣の部屋へと向かう。
そこは十数人が一度に座れるほどの大きなテーブルとイスが用意された部屋だった。
テーブルに食事が並べば、さながら晩餐会の会場だろう。

「座りなさい。飲み物を用意させよう」

上座となる席に腰を下ろした彼女は、ベルを鳴らして駆けつけた給仕に飲み物を用意するよう告げる。
程なくして、上品なラベルを纏ったワインボトルがずらりとテーブルの上に並んだ。
一度は目にした事がある、有名な銘柄のそれ。

「この島で作っているワインだ。好きに開けると良いよ、赤髪海賊団一行」
「…知ってるんだな」
「外の世界との繋がりが乏しくとも、ないわけではないよ。少なくとも、君と…コウ、君の事はよく知っている」

シャンクス、コウと順に視線を送り、彼女はそう言った。

「…紹介がまだだったね。失礼した。私はアルマ―――スフィリア・アルマ」
「スフィリア…?」
「ああ。スフィリア・オルガは私の妹だ」
「私の………伯母さま…?」

驚いた様子ながらも、コウが確認するように問う。
アルマは小さく頷き、オルガについて語り出す。
オルガはコウと同じ年の頃に島を飛び出し、賞金稼ぎとして名を響かせた数年後に、突然帰って来たと言う。
その時には既に腹の中にコウがいて、彼女はこの島で生まれた。
そして、その後の数ヶ月をこの島で過ごし、オルガによって連れ出されたそうだ。

「じゃあ、ここは…」
「君の故郷でもある。お帰り、コウ」

アルマは穏やかに微笑んだ。

12.04.08