Black Cat
赤髪海賊団

目が覚めて部屋の中に一人だった事に、寂しいと感じるよりもほっとした。
眠れと言われてとりあえずそうしたけれど、漸く起きた今も、先ほどの会話が鮮明に思い出せる。
時計を見れば、まだ2時間ほどしか経っていない事が分かった。
ベッドの上で身体を起こすわけでもなく、ぼんやりと天井を見つめる。
コウに許された時間は一晩だけ。
その短い時間の中で、彼女は答えを出さなければならないのだ。
Yesと答えるのは簡単だ。
けれど、その答えを返すのならば、小さな命を背負う覚悟をしなければならない。
何の覚悟もなく、生きるためだけにYesと答える事は出来なかった。
それは、コウ自身、自分が生まれた意味について悩んだ時期があったから。





コウは母親の顔を知らない。
スフィリア・オルガ―――それが自分の母親の名なのだと、それすらもつい先ほど知ったばかりだ。
その事を不幸だとは思っていない。
ルフィがいてエースがいて…幼いコウの周囲には、沢山の人がいてくれた。
親の愛情などなくとも、人の優しさに囲まれて育ってきたのだ。
そして今は、シャンクスに愛されている。
愛され、そして愛する事を知っている。
でも、生まれてくる子供をどう愛せばいいのか…それが、コウにはわからないのだ。











コンコン、とドアがノックされた。
何となく返事が出来なくて、無言を貫く。
すると、可能な限り音を小さくしてドアが開かれた。
そこから顔をのぞかせたシャンクスは、ベッドで天井を見つめるコウを見て、その場から声をかける。
複雑な心中に配慮したのか、ノックに対する返事がなかった事には一切触れなかった。

「一人の方がいいか?」

それとも、一緒にいた方がいいか?
言外に含まれた言葉に、コウは小さく笑った。
こんな時でも、ちゃんと自分の事を最優先で考えてくれるシャンクス。
彼で良かったと、何度そう思っただろう。
コウはベッドの上で寝返りを打って、ドアの方を向いた。

「…船が大丈夫なら…一緒にいてほしい」

そう言うと、シャンクスはドアを閉めてベッドへと歩いてくる。
椅子に座るか、ベッドに腰掛けるか。
近くまで来た彼が足を止めたのに気付き、答えの代わりに彼に向かって腕を伸ばした。
すぐに彼女の想いを理解した彼は、ひょいとその身体を抱き上げてベッドに上がり、自分の前に座らせる。
シャンクスの胸を背もたれにして、コウはそっと瞼を伏せた。

「シャンクスは…いつか、子供が欲しいと思うの?」
「ああ。お前に似たガキがいたら、楽しいと思うぜ」
「ずっと船に乗せておくの?子供だけど」

危なくない?と問うと、彼は少し悩むように「んー」と唸った。

「危なくないとは言えねぇけどな…どっかの島に置いてくるつもりはねぇよ」
「敵、結構多いけど」
「俺たちはガキの一人や二人、守れない海賊か?」

背中を預けているから、彼の表情を見ることは出来ない。
けれど、その表情がありありと想像できてしまう。
彼はきっと、こちらが呆れるほどに自信に満ちた表情をしているのだろう。

「ううん。守れる」
「だろ?なら、置いてく必要はねぇ。この船で広い世界を見せてやるよ」
「生まれた時から海賊かー…どうなんだろうね、それ」

自分の未来への選択が出来ない状況。
生まれる前からそうと決めてしまうのは、エゴではないのだろうか。

「一人で生きていける年になったら、考えさせればいい」
「それからでは遅くない?もう既に名前が知られてるかも」
「その時はその時だな!ま、海賊やめて平和に暮らしてる奴も世界には溢れてるんだ、どうとでもなるさ」
「…それもそうか…」

始まりが海賊船だったとしても、終わりも同じだとは限らない。
それまでの間にいくつもの岐路があり、島民として平和に暮らす道だってあるのだ。
海賊も、悪魔の実も、何もかも全部忘れて暮らす事だって、出来ないわけじゃない。









不意に、二人の間の会話が途切れた。
強く抱きしめられたコウは、ふと、その手が小さく震えている事に気付く。

あぁ、そうか―――シャンクスも、怖いんだ。

“海色の覇気”も何も、まるで関係ないかのように子共について語った彼。
けれどそれは、彼女が後悔せず選べるようにと、その全てで隠していただけ。
コウの意思を無視して実力行使に出る事だってできる。
それでなくとも縋るように、頼むから、と願えば、コウは頷いただろう。
そのどちらかを選んでいれば、コウが傷つく―――だから、彼はどちらも選ばず、ただただコウを抱きしめる。




自分自身がまだ大人になりきれていないのに、子供なんて育てられない。
未知の領域へと足を踏み出す不安は、どうしたって消えそうになかった。
けれど、その不安以上に、シャンクスを不幸には出来ないと思った。



「シャンクス」

名前を呼べば、ほんの少しだけ腕の力が緩んだ。
コウは向き合うように身体の向きを変え、そっとシャンクスの頬を手の平で包んだ。

「ねぇ、シャンクス。この先、シャンクスに相応しい人が現れても、この場所は渡せない」
「…コウ」
「この手が、私以外の人に触れるのも許してあげられない。笑いかけるのは仕方ないけど…本当は少し、嫌」

今まで、出来るだけ言わないようにしてきた。
子供じみた独占欲は、彼の隣にいるには相応しくない感情だと思っていたから。

「それでも…好きでいてくれる?ずっと、私だけを」

目と目を合わせて、問いかける。
答えがわかっていたわけじゃない。
そこまでの自信は持てなかったから…だからあえて、問いかけた。
どうしても、その答えが欲しかったから。

「当たり前だろ。ずっと…他の男を見る余裕もないくらいに、愛してやるよ」

シャンクスは、いつだってコウの望む答えをくれた。
それがどんなに馬鹿らしい質問だろうと、今更な質問だろうと。
そうする事が、コウの不安を取り払うのだと、誰よりもそれを理解していた。

コウはシャンクスの言葉に小さく頷く。

「じゃあ―――」

言葉を切り、息を吸った。
この言葉は、覚悟だ。
不安だらけの未来だけれど、その一歩を踏み出し、そしてそれから逃げ出さないための、覚悟。
深呼吸をして、もう一度、シャンクスと視線を合わせる。

「一緒に、頑張ってくれる?」

何を、とは言わない。
一晩を待たずに出した結論に、シャンクスは数秒、言葉を失った。

「…いい、のか?」
「………不安だし、怖いし……その、恥ずかしいって言うのもあるんだけど」

子供を作ると言う事はつまりそう言うことだから、と頬を赤くして視線を逃がすコウ。
シャンクスの頬から離した手は、彼のシャツを弱々しく握っていた。

「でも、シャンクスだから。そう言うの、全部ひっくるめて守ってくれるって…信じてるから」
「…ッ、コウ」

片腕が失われている事がもどかしいとばかりに、強く強く抱きしめられる。

「ありがとう…っ」
「もう…何でシャンクスがお礼言うの?」

違うでしょ、とその背中に腕を回す。

―――うん、やっぱり…この人を置いて逝くなんて、出来ない。

全てを委ねられる腕の中で、コウは漸く心からの笑顔を浮かべた。











「…コウ」
「や、うん。わかってるの…わかってるんだけど…!」
「そんなに真っ赤になられると、こっちも手が出しにくいんだが…」
「だって、恥ずかしいんだもん!仕方ないじゃん!?」
「あー…悪ぃ。男にはわかんねぇ感覚だな。まぁ、その内慣れるだろ」
「これって慣れるの!?」
「………コウ」
「…な、に?」
「愛してる」
「………うん」

11.03.20