Black Cat
赤髪海賊団

シーツの中に頭まで潜らせて丸くなるコウ。
男にはわからない心中だが、とりあえず顔を合わせるのも恥ずかしいのだと言う事だけはわかる。
小さく苦笑したシャンクスは、ぽん、と頭と思しき位置に手を置いた。

「そのままでいいから話を聞いてくれ」

な?と確認するように問いかければ、彼女の頭が動いた。
頷いてくれたのだと納得し、ベッドの上に座る。

「きゃ!」

シーツごとコウの身体を膝に抱え上げると、中から小さな悲鳴が聞こえた。
それでも布から顔を出す事はなく、膝の上で安定する位置を探す彼女。
片腕でその身体を支えてやりながら、シャンクスは静かに話し出す。

「お前が眠っている間に、オルガに会いに行ったんだ」
「…オルガ…?」
「スフィリア・オルガ。お前の母親だ」

コウが小さく息をのむ。
細い体に走る緊張に気付きながらも、話を続ける。

「オルガは賞金稼ぎだ。大船の船長で、部下は数百人と言われてる」
「賞金稼ぎ…って、大丈夫だったの!?」

もぞもぞとシーツの中で動いたかと思えば、端を見つけた彼女が勢いよく顔を出す。
その顔は真剣そのもので、今の状況も忘れてシャンクスの身を案じたのだとわかった。
しかし、視線を合わせたところで思い出したらしく、瞬時に顔を赤く染め、視線を彷徨わせる。

「心配すんな。あの人は賞金稼ぎだが、話の分からない人じゃない」
「そう、なの?詳しいのね」
「…オルガは、ロジャー船長とは敵だったが…時には一緒に酒を飲むような、不思議な関係だった」

シャンクスを見上げると、彼はどこか遠い所を見つめるように目を細めた。
かつての日々を思い出しているのだろう。

「…オルガってどんな人?」
「気になるのか?…そうだな…一言で言うと、男みたいな人だ。正直、俺にはあの人が女には見えなかった」

豪快で大の男を拳一つで叩きのめすような人間だ。
そう説明するシャンクスに、コウが言葉を失った様子で瞬きをする。
そんな彼女を見て彼は、二人の顔立ちは似ているけれど、中身は全く別物だと思う。
育った環境が違うのだから当然と言えば当然だ。

「曲がった事が大嫌いで、何より仲間を大切にしてた。そう言う所は、ロジャー船長とよく似てたよ」
「ロジャー…さんと?」
「はは!船長が聞いたら笑うぜ、その呼び方」
「でも…海賊王も、ゴールド・ロジャーもなんか違う気がして…」

そう言って悩むコウは、シャンクスの表情を見ていなかった。
切なげに、けれど嬉しそうに微笑むその表情を。

「なら、ロジャー船長って呼べばいい。あの人は絶対嫌がらないからな」
「…ん。そうする」

素直に頷くコウの頭を撫でる。

「それで、どうしてオルガの所に?」
「あの人も“海色の覇気”を使う。だから、何か知ってる事があるんじゃないかと思ってな」

コウの身体が再び緊張感を纏う。

「それ、で?」
「あの人は何も教えてくれなかった。まぁ、こっちは海賊だ。戦闘にならなかっただけでも感謝しないとな」

唯一の希望が潰えたと感じたのだろうか。
コウがきゅっと唇を噛むのが見えた。
後半部分で多少笑いを含めてみるも、結果は同じ。

「―――だが、あの人は可能性をくれた」
「え?」

ぐいっと顎を持ち上げられ、視線が絡む。
正面からコウを見つめるシャンクスの表情は真剣で、それでいてどこか緊張しているように見えた。

「お前を助けられるかもしれない」
「…本当、に?」
「可能性の一つでしかない。でも俺は、これに希望を持ってる」

シャンクスの中に、不思議な確信があった。
それは、今まで数多の死線を潜り抜けてきた船長としての勘に近い。

「どう、したらいいの?」

期待して、落胆するのは嫌だ。
けれど、せずにはいられない。
逸る心を抑え、震える声で問いかける。

「―――」
「シャンクス?」
「ガキを、産んでくれ」

呼吸を忘れた。















「えっと、ガキって…つまり…子供?」
「あぁ」
「…誰の?」
「おいおい。俺以外のガキを産むつもりか?流石にそれは許せねぇな」

混乱しているのだろう。
シャンクス以外の答えなどあり得ない、当たり前の質問をしてくる彼女に苦笑した。

「シャンクスの、子供…」

考えた事などなかった。
ただ、彼の隣にいられる事だけが幸せで、それ以上の事なんて、何も考えていなかったから。
未だ身体の芯に残るこの熱を生む行為は本来、子を成すためのものだ。
自覚した瞬間、自分の浅はかさが恐ろしくなった。
しかし、それと同時に、彼と自分とまだ見ぬ子供―――浮かんだ想像を、愛しいと感じた。

「オルガに言われたんだ。“自分は生きてる”ってな。だから、ずっと考えてみた」

オルガと、コウと。
何が同じで、何が違うのか。
コウの寝顔を見つめながら、悩んで考えたけれど、答えは見つからなかった。
そんな時、彼女の言葉により、複雑に絡み合った糸が一本に解けたのを感じたのだ。

「お前を助けたい。お前との未来が欲しい。でも、それを理由にするのは間違ってる」
「…うん」
「お前がもう少し成長するのを待つつもりだったんだ。その時が来たら、お前に産んでほしいと思ってた」

ずっと、そう思っていたと語る彼の目に嘘はない。
戸惑い、困惑しながらも、コウは真剣に彼の言葉を聞いていた。

「だが、もしそれでお前が助かる可能性があるなら―――今、覚悟を決めてほしい」
「………もし、嫌だって言ったら?」
「その時は…違う覚悟をしねぇとな」

涙はないのに、泣きそうな顔で、そう答えるシャンクス。
この人は、自分と同じくらいかそれ以上に自分を失う事を恐れてくれている。
込み上げた感情は喜び以外の何者でもなかった。

「私、考えた事もなかったの。ただ、シャンクスの傍にいられるだけで十分な子供だったから」
「…あぁ」
「でも、シャンクスに言われて…自分の想像した未来を、嬉しいと思った」

そんな日が来るなら、どんなに幸せだろうと思った。
最期の瞬間はシャンクスの隣がいいと…そう考えていた。
けれどそれ以上に、彼の隣で生きていたいと思ったのだ。

「一晩だけ、考えさせて」

今この場で決めていい事ではない。
何となくそう感じて、気が付けばそう頼んでいた。
そんなコウの言葉に、シャンクスは気にした様子もなく二つ返事で頷いてくれる。

「少し寝ろよ」
「うん。…ねぇ、シャンクス」
「ん?」
「眠るまででいいから、ここにいて」

シャンクスはこの船の船長で、コウ一人が独占し続けるわけにはいかない。
仲間たちは構わないと言ってくれるだろうけれど、彼女自身がそれを良しと考えていなかった。
けれど、もう少しだけ…この人を独占させてほしい。

「ちゃんと傍にいてやるよ」

ゆっくり眠れ、と言葉ほどに語る手の平のぬくもりに全てを預け、ゆっくりと瞼を伏せた。

11.02.12