Black Cat
赤髪海賊団

「お頭…良かったのか?」
「じゃあ、あんたがやるってのかい?」
「………」
「どの道、あたしにあの娘は救えない。
泣かせずに救えるのは、敵陣に独りで乗り込んでくるくらい大事にしてる―――あの小僧だけさ」

気付くかどうかは別だけどね。
オルガはそう言って、遠ざかっていく船を見つめた。














頭を撫でられている感覚に、薄らと目を開く。
鮮明な視界を取り戻すように二・三度瞬きをして、何かを探すように視線を動かした。

「…シャンクス」

ベッドのすぐ傍らにいたシャンクスは、名前を呼ばれて初めて、コウへと意識を向ける。
目が覚めたか?と笑ってくれるその表情はいつもと変わらないのに、なぜか違和感を覚えた。

「シャンクス…何か、悩んでる?」
「…何もねぇよ、気にするな」
「…私の、所為…だよね」

身体を起こしたコウはその表情に影を落として呟く。
太陽のような彼にこんな表情をさせているのは、自分だ。
彼が隠そうと、その答えへと辿り着いた彼女は、きゅっと唇を結ぶ。

「コウ。これはお前の為だが…俺の為でもあるんだぜ?」
「シャンクス…」
「俺が、お前を諦めたくないから…だから、悩んでる」

どうすべきなのか、何ができるのか。
悩んで、考えて―――すべては、彼女を生かすために。
コウはその言葉を聞いて、目に涙を浮かべた。
頬を伝うそれを隠すかのように、そっとシャンクスの胸元に額を寄せる。
何も言わずとも、守るように包み込んでくれる腕のぬくもり。
この熱を失いたくない―――二人の想いは、同じだった。

「私も…未来を諦めたくない。シャンクスとの未来が欲しい」

戦いの中、もしくは彼を守って散る命ならば、それでもいいかもしれない。
けれど、こんな風に…自分の中に流れる血の所為で死ぬなんて、冗談じゃないと思った。

―――シャンクスとの未来が欲しい。

そう言ったコウの言葉に、彼は目を見開いた。
彼の腕の中にいる彼女には、その表情は見えていない。
ギュッと強く抱きしめられ、彼もまた同じ想いを持ってくれているのだろうと感じた。
確かに、シャンクスにも同じ想いがある。
しかし、今の彼の頭の中には、別の考えがあった。
それは、彼が悩みに悩み続けた“答え”だ。

「そう、か―――」

航路の霧が晴れたように、唐突に理解した。
これが正しいのかどうかも分からない。
けれど―――

―――あたしは“生きている”。

これが、唯一の可能性だと思った。

「コウ」

抱き締めていた彼女の肩を掴み、ぐいと距離を開ける。
突然の行動に目を瞬かせた彼女の頬は、涙に濡れていた。

「身体はどうだ?」
「う、うん。今は大丈夫だけど…」
「そうか」

そう答えた彼の手が、頬を撫でる。
その感覚に、まるで誘われるように瞼を伏せた。
彼がキスをくれる直前の動作だと、何となく感じていたからかもしれない。
そして、コウがそう感じた通り、額から始まったキスが瞼、頬と辿り、唇へと落とされた。
シャンクスの上着を握り、何の抵抗もなくそれを受け入れるコウ。
しかし、彼の唇が首筋から肩を辿ったところで、漸く彼の様子がいつもと異なる事に気付いた。

「シャン、クス…?」

僅かに手に力を込めるも、それは彼を押し退けるほどの力ではない。
けれど、シャンクスはぴたりと動きを止めた。
ゆっくりと顔を上げた彼と視線が絡む。

「コウ、愛してる」

その言葉にコウが息を飲んだ。

「これからお前にする事は、お前を愛してるから、する事だ。それだけはわかってほしい」

そう言ったシャンクスの手が布越しに肌を撫でる。
言葉の意味を理解しようと動きを止めていたコウは、顔を赤くして制止の声を上げた。

「ちょ…ちょっと待って!シャンクス、どうして…」
「嫌、か?」
「―――っ」

何で、シャンクスがこんなに焦った表情をするんだろう。
彼の心が、コウには理解できなかった。
けれど、それを差し引いて彼の問いかけの答えを考える。

「…嫌、じゃない」

こんな風に男の人に触れられた事はない。
この先に何が待っているのか、わからないほど子供でもない。
不安だらけなのは否定できないけれど…それでも。

「嫌じゃない、よ」

真正面から彼を見つめて答えを返すなんて、出来なかった。
その代わりに、苦しいほどの感情をこめて、ギュッと彼の首に抱き付く。
真っ赤に染まった顔は隠せても、きっと、頬に集まる熱は誤魔化せない。

「…ごめんな」
「…なんで、謝るの」
「もう少し、待つつもりだったんだ」

細い背中を抱きしめて、かつての決意を思い返す。
彼女が大人になるまでは待とうと決めた。
実際、どれだけ理性が揺らごうと、伸ばしそうになる手を決意で押しとどめてきた。

「…謝ってほしくない」
「………そうだな。じゃあ…ありがとう」

これで、お前を助けられる。
言葉に出さず、抱きしめる腕に力を込めた。

11.02.11