Black Cat
赤髪海賊団

並走する船の全体が、緊張感に包まれていた。
船首にほど近い甲板に背を向けて立っていた彼女は、珍客の気配にゆっくりと振り向いた。

「これはまた…随分と懐かしい顔だね」

四皇と名高い男を前にして尚、潮風に黒髪を揺らし、平然と目を細める女性、スフィリア・オルガ。
この船の船長として、名のある賞金稼ぎらをまとめ上げる頭。
本来であれば、こうして船を寄り添わせるはずのない二人が、甲板で対峙した。










気候の良い春島を拠点として、既にひと月が経っていた。
それなりに大きな島で、他の島との連絡手段も豊富。
情報を集めるには最適なこの島の人里離れた入り江に船を停泊させ、シャンクスはその知らせを待っていた。

「頭!!漸く見つけたぜ!!」

誰もが望んでいたそれが、漸く。
甲板で空を見上げていたシャンクスが、弾かれたように仲間の元へと駆け寄った。

「ついてたぜ、頭。奴は丁度、この島に向かってる最中だ」
「…そうか。なら、直ぐに船を出せ。島で顔を合わせるのは得策じゃない」
「よし来た!!おーい!!買い出しの連中を集めて来ーい!!!」

浜を歩く仲間にそう指示を出せば、それを聞きつけた一人が大きく頷いて町へと向かう。
甲板がにわかに活気付いてきた。
マントを羽織りなおして踵を返すシャンクス。
煙草の煙を吐き出したベックマンが、その背に声をかけた。

「会うのか?」
「…当然だろ。それしか方法がない」
「あぁ、確かにな。海色の覇気については知られていない事の方が遥かに多い。本人に聞くのが一番だが…」

ベックマンが言葉を濁す。

「相手は、賞金稼ぎだぞ。その実力は、あんたも知ってるはずだ」
「………そうだな。ロジャー船長と互角に渡り合った奴だ」

そう答えたシャンクスは、懐かしむように目を細めた。
かつて、見習いとして乗った船の船長を思い出す。
船長と幾度となく戦い、時に酒の席で笑い合っていた人。
海賊王、ゴールド・ロジャーを捕まえた賞金稼ぎとして、伝説として語り継がれている女性。

―――随分とイイ眼じゃないか、赤髪の小僧。

「…助けられるなら、何だってやるさ」


















「その目を見る限り、その首をくれようってわけじゃないだろうね」

オルガは隻眼を細め、鼻先で笑う。

「船長一人で賞金稼ぎの船に乗り込んでくるその度胸を評して、話は聞いてやろう」

座りな、と甲板に置いてある椅子へと顎で促される。
シャンクスは静かにその申し出に首を振った。

「長居する気はない」
「…そうかい。じゃあ、お望み通りさっさと終わらせようじゃないか」

ガタンと椅子を鳴らして腰掛け、足を組む彼女。
テーブルに肘をつくその姿は、彼が何を言おうとしているのかを理解しているようにも見えた。

「海色の覇気がコウを苦しめている。助ける方法を教えてほしい」

飾る事も誤魔化す事もせず、ただ端的に目的を告げる。
しかし、オルガはシャンクスの目に、ただならぬ覚悟と、そして縋るような想いを見た。

「………なるほど。随分と年の離れた娘に惚れたもんだねェ…赤髪海賊団の船長が」

短い言葉の中で全てを見通した彼女は、くくっと喉で笑った。
その中には嘲りも含まれていたけれど、シャンクスは眉一つ動かす事無くそこに佇む。

「今更、捨てた娘の母親面をする気はないよ。況してや…海賊に成り下がった愚かな娘だ」

あたしが助ける義理はない。

オルガは、はっきりとそう告げた。

「あんたはコウにあの赤いリボンを渡せと言った。もし、少しでも―――」
「だが、あの子はそれを捨てたんだろう?」

少しでも情が残っているのなら。
それに縋ろうとしたシャンクスの言葉を遮り、オルガは厳しい声を発する。

「あたしからの施しは何一つ要らないだろうさ」
「あれはあんたからの物だとは教えていない。リボンを失った事には事情があったんだ」
「生憎だが、事情なんざあたしには関係ないんだよ。あたしはあれ以上、何もしてやる気はない」

わかったら帰りな、と追い払うように手を振る。
何となく、こうなるかもしれないと気付いていた。
けれど、彼女を頼る以外の方法が見つからないのだ。
コウには、時間がない。

「頼む…!コウを失うわけにはいかない!」

船長としての威厳はそのままに、けれど必死な想いは十分すぎるほどに伝わる。
オルガは目の前のシャンクスに、若かりし頃の彼を重ねた。

「…頭を下げろと言っても、無駄だろうから言わないよ。あんたはどうせ、簡単にやってしまうだろうからね。
あたしは何も与えないし、言わない。何かをするつもりもない。これは絶対に変わらないよ」
「……………っ」
「これ以上居座るつもりなら、後ろの連中が痺れを切らせちまう。帰りな」

二人が平然と話し始めた時点で消えていたはずの緊張感が船を包む。
それに触発され、赤髪海賊団の側もまた、一触即発の空気を発していた。
これ以上船に留まれば、本当に戦いになってしまう。
それこそ時間の浪費だと瞬時に悟り、シャンクスは表情を歪めた。
そして、踵を返して船へと向かう。

「…赤髪の小僧」

呼び止められ、振り向くシャンクス。
オルガが船首に背を預け、口を開いた。

「…あたしは“生きている”」
「………」
「あとは自分で考えな」















「収穫は?」

迎えた仲間に首を振る。
落胆の色は隠せないけれど、「オルガと対峙して無事で良かった」とひとまずはそれを祝う。
そんな声に包まれながら歩くシャンクスは、彼女の言葉を考えていた。

「一筋縄ではいかなかったか」
「あぁ。あの人は昔と全然変わってねぇな」

ベックマンの言葉に苦笑を返すと、コウは?と尋ねる。
彼は顎で船内を指し、寝てる、と一言だけ答えた。

「会わせなくて良かったのか?」
「コウもあの人も、再会を望んでないからな」

コウはもしかすると、会っておきたいのかもしれない。
けれど、この状況で会ってしまえば恨み言の一つも浮かんでしまうだろう。
彼女の精神状態を考えると、会わせない方が良いと判断した。
シャンクスはやや疲れた様子で船の中へと向かう。
仲間たちはそれを見送ってから、各々の持ち場へと散って行った。



「あの人は生きてる…違いは何だ?」

オルガが告げた言葉はヒントだ。
そこから、導き出せる何かがあるはず。
廊下を歩く途中も、シャンクスはその事だけを考えていた。



―――副船長、何でオルガはあんなに金にこだわるんだ?
―――あぁ…前に一度、聞いた事がある。“次の世代の憂いを消すため”だそうだ。意味が分かるか?
―――…わかんねぇ。
―――だろうな。わかってんのは船長くらいだろうな。

11.01.30