Black Cat
赤髪海賊団

海軍との戦いが終わり、各々が船へと戻っていく。
ベックマンは共に前線を走っていたコウを探すように、周囲に視線を向けた。
彼が一番に気にすべきシャンクスは既に船に戻って仲間に指示を出していたからだ。
コウを探すのは、シャンクスかベックマンの役目。
二人の手が空いていない時は別の仲間がその役を買って出るが、大半は二人のどちらかだ。

「コウ?」

海軍の船に乗り込んだ彼女を探すのは、容易な事ではなかった。
やがて、ベックマンは彼女を見つける。
しかし、小柄な彼女の姿を見つけた時、彼は背中を冷たい汗が伝うのを感じた。
船の縁に背を預けるようにして、座り込む彼女は俯いている。
その表情が見せない所為で、一目見ただけでは彼女の生死が確認できなかったのだ。
血にまみれた姿を見れば、誰でもそう思う。

「コウ!?」

珍しくも声を荒らげ、ベックマンが彼女へと駆け寄った。
すると、彼女の肩がピクリと動き、ゆっくりと顔がこちらを向く。
最悪の事態ではない事に安堵するも、その顔を見て、決して楽観できる状況ではないと悟った。

「怪我は?」
「…大丈夫。返り血」

怪我はない、と答える彼女だが、一向に立とうとしない。
何より、その紙のような顔色は尋常ではない。
心なしか息切れしているらしい彼女に、何かしらの異常がある事は確か。

「何があった?」

問いかけに、コウは答えない。
暫くの沈黙が二人を包み、やがて業を煮やしたベックマンが彼女に手を伸ばした。
すぐにでも船医に見せるべきと判断したのだ。
しかし―――

「―――ッ!」

コウが彼の手を振り払い、口元と喉を押さえて顔を背けた。
ベックマンの手を拒んだと言うよりは、タイミングが悪かったのだろう。
腰を折り、苦しげに咽る彼女。

「コウ、どうし―――!?」

ゆっくりと身体を起こす彼女の手元を見たベックマンは声を失った。
赤く染まった手の平は、返り血の所為ではない。

「お前…」
「…何も…言わないで。………誰にも」

言わないで。
か細い声で、コウがそう告げた。
その様子を見て、吐血そのものはこれが初めてではないのだと知る。

「いつからだ?」
「…………」
「コウ!」
「………ひと月前、くらい」

強く名を呼ばれれば、それ以上無言の抵抗は出来ない。
小さく答えた彼女に、ベックマンはひと月と言う時期と今までの航路を探る。
ひと月前と言えば丁度、吹雪の酷い島に差し掛かった頃だ。

「何で船医に話さない?」
「…………」
「原因は何だ?」

わかっているんだろう、と言及する。
コウは俯いていた顔を上げた。
そして、にこりと微笑む。

「大丈夫」














こんな風にブチ切れたのは、もう何年振りの事だろうか。
どこをどうやって船に戻ったのかさえ覚えていない。
辛うじて頭の片隅に残っているのは、自分の顔を見るなりギョッとした表情で左右に道を譲る仲間たち。
そして、肩に担いだコウが、必死に暴れていた事だけ。

「お頭!!」

未だ指示を出していたらしく、甲板で背を向けるシャンクスに声を上げる。
怒号にも似たそれに、シャンクスは驚いたように振り向いた。
そして、ベックマンが抱えるコウを見て、もう一度驚く。

「おぉ、見つけたか。って、何があった?」

怒っているとわかっているけれど、シャンクスは笑顔で問う。
しかし、今回ばかりはそれで流されたりはしなかった。
やや乱暴にコウを下ろした彼は、彼女をシャンクスの前へと押し出す。

「ねぇ、お願いだから―――」
「お頭、コウが」
「ベック、やめてよ!!!」
「コウが吐血した」

その場から音が消える。
何事かと見守っていた全員が、声を失っていた。
もちろん、シャンクスもまた、その一人だ。

「今回が初めてじゃないらしい。ひと月も前からだ」
「………ひと、月…」
「ひと月!?何で黙ってたんだ!?」

未だ呆然とするシャンクスの脇から声を上げたのは、言うまでもなく船医だ。
咎めるように近付いた彼に、コウは伸びてきた手を弾いた。

「これは…病気じゃない!!放っておいてっ!!」

叫ぶようにそう言うと、コウは甲板から走り去った。
船医が後を追うように走る。

「…どう言う事だ?」
「俺もわからん。ただ、見つけた時には様子がおかしくて…話している内に、血を吐いた」
「何で隠す?病気じゃないって…何でわかってるんだ?」

誰かに問うわけでもなく、シャンクスはそう呟く。
そうしているうちに、追い返されたらしい船医が甲板へと戻ってきた。

「状況を教えてくれ」
「怪我はないらしいが顔色が悪くて、話している内に吐いた」
「肩に担がれて平気なんだから、内臓の損傷じゃないな。他には?」
「………血を吐いた時、喉を押さえてた」
「喉、か…」

どのあたりだ?と問われ、自分の喉で位置を示す。
船医は考えるように黙り込む。

「…とりあえず、過剰なストレスは良くないだろう。少し、一人にしてやってくれ。
コウの事だ。半日もすれば落ち着くだろうから…その頃に顔を見に行ってやってくれよ、お頭」
「…あぁ、わかった」
「そんなに心配するな!血を吐いたからって死ぬわけじゃない!」

そう言ってシャンクスの背中を強く叩くと、他の怪我人の治療へと戻る。
漸く、船の上の時間が動き出した。

「…悪かったな」
「いや…あいつは頑固な所があるからな。少しくらい強引さも必要だろ」

徐々に調子を取り戻してきたのか、シャンクスが小さく笑った。
もちろん、コウを案じていないわけではないだろう。
しかし、今できる事がないならば考えていても仕方ないのだ。
片付けの続きに戻るシャンクスの背を見送り、ベックマンは息の塊を吐き出した。

「あの馬鹿娘が…」

自室に籠城しているであろう彼女を思いながら、タバコに火をつけた。

11.01.16