Black Cat
赤髪海賊団

「敵船だ!!!」

何かの大波により船が揺れ、その後に聞こえた声に船内が騒然とした。
それぞれが持ち場へと走る中、コウもまた、その姿を猫から人へと変える。
そして、一応与えられている持ち場に向けて走って―――

「お前はここだ」

ぐいっと後ろから首根っこを掴まれ、室内へと戻される。

「副船長!?」

猫だけれど猫みたいな持ち上げ方をされるのは心外だ。
パタパタと手足を揺らす彼女に、ベックマンは溜め息を一つ落としてから、彼女を床に下ろす。

「私の持ち場はここじゃないけど」
「あぁ、そうだな。だがここにいろ。すぐに終わる」

そう言って、彼は大きな手をコウの頭に載せた。
開けっ放しのドアの向こうを、仲間が走っていく。
その表情に浮かんでいるのは危機感ではない。
暇つぶしを見つけた子供のように生き生きとした表情で走っていくその姿。
それを見れば、状況が危険ではない事くらいはコウでもわかる。
けれど、だからと言って持ち場にも行かず部屋にいるのは違うと思った。

「副船長。何で?」
「………」
「副船長」
「………」
「……ベック、どうして駄目なの?」

気にするなと言われたけれど、けじめだからと彼を副船長と呼び始めて今日で3日。
黙り込んだまま答えてくれない彼に、昔の呼び名を出してみる。
ピクリとタバコを持つ手が反応したのを見逃さない。
じっと、それこそ穴が開きそうなほどにその横顔に視線を向ける。
折れたのは当然ながらベックマンの方だった。

「お頭命令、だからな」
「…やっぱり」

この人自身の判断だとは思わなかった。
ベックマンと言う人は顔に似合わずとても優しい。
けれど、厳しい人だ。
少なくとも、その広い心で全てを受け止めてしまうシャンクスと上手くバランスが取れる程度には。
だからこそ、この人はコウを区別しない。
この船で生きると決めれば、戦闘は避けて通れる道ではないと知っているから。
もちろんシャンクスもそれを理解しているだろう。
それでも、彼はそれを止める。

「そんなんだから…甘いって言われるんだよ」

コウは苦笑を浮かべて椅子に腰掛けた。
船長命令を聞かないわけには行かない。
砲撃の所為で海が揺れ、船が傾く。
転覆の心配をするほどではないけれど、甲板の方から聞こえる怒号に所在無く視線をさ迷わせるコウ。
彼女から少し離れた場所で新聞を開いていたベックマンは、タバコを銜えたままちらりと彼女に視線を向けた。
彼女の頭の上で、その心境を表すようにぴくぴくと動く黒い耳の存在。
気付いていないと思うが…伝えた方がいいだろうか。
猫も人も意のままなのだが、気が抜けると中途半端な状態になるらしい。
再会してから時々見せる、その中途半端な姿に癒される男も少なくはない。

「―――…コウ」

名前を呼べば、ドアに向けていた視線をベックマンへと向ける。
何?と首を傾げた彼女だが、銃声を聞いてその視線は再び部屋の外へと動いた。
その様子に、ベックマンはくくっと喉を鳴らす。

「…行くか?」
「え?」
「俺が言われてるのは“怪我をさせるな”って事だけだからな」
「……………じゃあこの部屋にいろって…!」
「あっちに行けば絶対に飛び込んでいくだろうが」

やられた、と思った。
どうやら、こんな現場も見えないようなところでやり場なく心配している必要などなかったらしい。
そうと決まれば、コウの取る行動は一つ。

「副船長、早く!」

ゆっくりと新聞を折りたたんでいるベックマンの腕を引いて椅子から立ち上がらせる。
やれやれと苦笑しながらも、抵抗と言う抵抗はせず従う彼。

「能力者だ!!」

誰かの声が聞こえ、二人が顔を見合わせた。
悪魔の実は、たとえどんな実であれ戦力に少なからぬ影響を与える。
先に走り出したベックマンを追い、コウも揺れる通路を走り出した。














幸い、船に大きな損傷はない。
甲板は敵味方が入り乱れる戦場と化していた。
三人ほど、人と呼ぶに相応しくない姿をしていて、彼らが能力者だと気付く。
コウは高い位置からそこを見回し、シャンクスの姿を探した。

―――見つけた。

人が溢れる甲板の真ん中、コウの大好きな赤髪が揺れる。
同時に、彼女の視界に入ったのは、シャンクスの背に迫る能力者。
隣でベックマンが銃を構える。

「――――シャンクスッ!!」

パンッとベックマンの銃が火を噴くのと、彼女が叫ぶのはほぼ同時。
その叫びが目に見えぬ“もの”となり、時を止めた。
正確に言えば、止まったようだった。
引き金に手をかけたまま驚いたようにコウを見下ろすベックマン。
シャンクスは背後にいた能力者を斬り払い、彼女を見上げる。

「コウ、お前…」
「え?」
「ベックマン!コウを中に連れて行け!!」

何故、ベックマンが驚いた表情で自分を見下ろしているのか。
コウが戸惑いの声を上げるも、その声はシャンクスの怒鳴り声にかき消される。
その声を聞いたベックマンがコウをひょいと担いで来た道を戻った。

「今の力…あの娘、まさか―――」

驚愕の表情のまま、二人が去った場所を見上げるのは敵船の船長。
喧騒の中でその呟きに気付いたシャンクスが、小さく舌打ちして男の背後を取る。
隙を見せていた男は、呆気なく倒れた。

「一人も逃がすな!!」

珍しいシャンクスからの命令に、仲間たちが、おう!と声を上げ、それぞれの相手に向かっていく。


あの時、コウの叫びにより本人の意思とは関係なく一切の動きを止めたのは能力者たち。
コウ自身はまだ、その事実を知らなかった。

10.05.15