Black Cat
赤髪海賊団

初めに、シャンクスの顔を見ると安堵するようになり、次に部屋の中に彼以外の人がいても怖がらなくなった。
その次はシャンクス抜きで他の人と接することだが、その変化には少し時間がかかっている。
コウは、今日も部屋の中から出てこなかった。
窓辺に置いたベッドに腰掛けて、ガラス越しに水平線を見つめる日々。
そうして一日を過ごす彼女の背中は儚くて、思わず声をかける事を躊躇うほどだ。

「コウ、昼前には島に着くぞ。久しぶりの島だからな…おりるか?」

シャンクスは明るく声をかけた。
コウが声に反応して振り向く。
彼女は困ったような笑みを浮かべ、ゆるりと首を振った。

「…ごめんなさい」
「いや、いいんだ。気にするな」

申し訳なさそうな表情の彼女に、彼は笑顔でその頭を撫でる。
シャンクスは事あるごとに彼女に触れる。
もちろん、怖がらせないようにと細心の注意を払って伸ばされる手。
繰り返されるうちに、こうして触れられる事も平気になってきた。

「俺は少しだけ島におりる用事があるから…留守番できるか?」
「うん、大丈夫」
「俺の代わりに誰かにいてもらうか…誰がいい?」

他の人にはまだ慣れていないと知っているけれど、シャンクスはコウに選ばせようとする。
無理をさせようとしているのではなく、選択肢を与えることで前へ進む手伝いをしてくれているのだ。
コウは少しだけ悩んで、ベックマン、と呟いた。
シャンクスの次に懐いていた彼の名前が出るだろうと言う事は、想像に難しくない。

「よし。じゃあ、あいつに伝えておくからな!」

シャンクスの明るい声に、うん、と小さく頷いた。












久し振りの島だが、シャンクスの心は弾まない。
町の中を歩いていてもコウの事が気がかりで、とてもではないけれど町を楽しむ気分にはなれそうになかった。
そんな自分に苦笑しつつも、どうすればいいだろうかと頭を悩ませる。

「どうすっかなぁ…」

このままではいけないと言う事くらい、本人が一番よく理解している。
けれど、彼女はそこから先を踏み出す勇気を持てないでいるのだ。
何か―――前に進むきっかけが必要だった。

「―――ん?」

とある店がシャンクスの目に留まる。
窓際にディスプレイされているそれに気付き、彼は店のドアを押した。









赤髪海賊団の皆は、とても優しい。
コウが怖がっているとわかっているから、不必要に近付かない。
話しかける時はいつもシャンクスがいる時で、それ以外は本当に遠くから声をかけるだけ。
皆が大好きなはずなのに、殻を破る事が出来ない自分が情けない。
何も言わずにそこにいてくれるベックマンを見つめながら、コウは唇を噛んだ。

「…傷になるぞ」

穏やかで優しい声が、コウに向けられる。
ゆっくりと向けられた視線にすら、肩が揺れた。
それが悲しくて情けなくて、コウは無言で視線を落とす。
下を向くコウを見て、ベックマンは火のついていない煙草を噛んだ。
彼女が意識して怖がっているわけではない事くらい、彼らとて百も承知だ。
それを悔しいと思っている事も、どうにかしたいけれども出来ないのだと言う事も、わかっている。
しかし、彼らもまた、彼女への対応に悩んでいた。
互いが気にするあまりに遠慮にも似た状況になる中、シャンクスだけが普通に接している。





微妙な沈黙がその場を支配し、二人は互いに視線を逃がしたまま言葉を探す。
そんな中、こんこん、と開いたままだったドアがノックされた。
同時に二人の視線を受けたシャンクスは、ノックの姿勢のまま首を傾げた。

「どうかしたのか?」
「いや」
「そうか?」

二人の空気が変だと言う事には気付いていただろう。
しかしシャンクスはあえてそこを追求せず、そのまま部屋の中に入ってくる。
コウの傍へと進み、何も言わず見上げてくる彼女の背中側に回った。

「シャンクス?」

振り向こうとする彼女を止め、前を向かせる。
そして、懐からあるものを取り出した。
するり、と何かが首を滑る感触。
コウは一瞬身を固くしたけれど、それが何となく覚えのある感触である事に気付き、目を見開いた。

「じっとしてろよ―――…よし!」

満足げな声が聞こえ、コウが振り向く。
視線を合わせたシャンクスが笑って頷いた。
指先を首元に這わせると、そこに何かが巻きついているのがわかる。
布の先をたどり、視界に入る位置まで持ち上げたコウが言葉を失った。

「あ…―――」

コウにとっては世界が終わるくらいの覚悟をして、失ったものがそこにあった。
もちろん、失ったそれが戻ってきたわけではない事くらい、わかっている。
けれど、同じ人の手によって、同じものがその首に飾られた。
世界が色を取り戻す。

「ああ―――やっぱりコウには赤だな!よく似合う」

シャンクスの声を聞きながら、窓ガラスに映る自分を見る。
首元の赤いリボンが、開けっ放しのドアからの風にふわりと揺れた。

「―――っ…!!」

言わなければいけない言葉も、言いたい言葉も沢山ある。
けれど、そのどれも言葉としてまとまってくれない。
コウは溢れる感情を伝えるように、シャンクスに抱きついた。
シャンクスの片腕がコウの背中を支える。
ありがとう、の言葉は涙の中に消えた。
二人の様子を背中で感じ取りながら、ベックマンは部屋を後にする。
廊下に出てから煙草に火をつけ、ふぅ、と煙を吐き出した。





その日の夜、ダイニングの隅に座るシャンクスの隣には、コウの姿があった。
目元を赤く腫れさせながらも、その表情には今までのような緊張感はない。
代わる代わる顔を見に来る仲間と、多少言葉を詰まらせながらも話をした。
彼女の変化に喜ばない人間はこの船にはいない。
誰もが彼女の姿に安堵し、浮かべられた小さな笑顔に癒された。
喜びの宴は深夜まで続く。

コウが正式に赤髪海賊団の仲間になったのは、その一週間後の事だった。

10.04.11