Black Cat
ハートの海賊団

吐く息が白い。
ハートの海賊団は海底を進むことも多く、季節の影響は他の船よりは小さい。
それだけに、慣れない寒さに身を震わせた。

「…そのシーザーって男がジョーカーに連絡しないっていう確証がない以上、危ない橋だと思う」
「………」
「…まぁ、上陸してしまってるし、今更何を言っても無駄だから、言われた通り大人しくしてるわ」

この作戦を計画してから、ローの口数は少ない。
元々多くを語る人ではなかったけれど、それがより顕著になっていると感じる。

「ただ、一つだけ言わせて」

コウはそう言って早足にローの前に進み出る。
振り向いた反動でリボンが揺れ、ちりん、と鈴が鳴った。

「私との“約束”はちゃんと覚えててね」

向かい合う二人の間を風が吹く。
見下ろすローの目にぬくもりがなくても、コウはその目から彼の感情を読み取ることができる。
それだけの時間を共有してきたのだ。

「―――わかってる。だから…」
「うん、守ってくれるのなら、私もローさんの言うことは守るよ。邪魔は、しない」











数か月前、彼は仲間たちが納得できる作戦と共に、自らの単独行動を告げた。
それが作戦に重要な準備であることと、ローの実力により、仲間から反対の声は上がらなかった。

「―――私は?私も…別行動?」

説明の間、じっとうつむいていたコウが顔を上げて問う。
その質問の声に、一行がシンと静まった。
この2年間、コウがローと別行動をとった機会は数少ない。
明らかに数日では済まない期間を離れたことはなく、仲間たちは今回も当然、コウは共に行くのだと考えていた。
だからこそ、即答しないローに仲間の視線に戸惑いが浮かぶ。

「…お前も「一緒に行く」」

彼の言葉を遮るように、コウが自分の声を重ねた。
お互い視線を逸らすことなく沈黙し、その一触即発ともいえる重苦しい空気に周囲の方が息を飲む。
やがて、短い溜め息と共にローが顎で扉を指した。
“場所を変える”という意図を汲み取り、歩き出す彼に続いて席を立つ。

「コウ…」
「大丈夫!ちょっと話してくるね」

行ってきます、とその場の空気を払拭するように笑顔を残し、扉を潜った。
ローの自室に招かれたコウは、促されるままにソファーに腰掛ける。

「お前も連れて行かないつもりだった」
「…だろうな、と思った。七武海に入った時から、“海狩り”には追われなくなったけど…
海賊に攻め込まれたら、皆を守り切れる自信はないよ」

ローが王下七武海に加盟したときから、コウの手配書も取り下げられた。
それにより、“海狩り”や海軍に追われる日々はなくなったが、海賊は変わらず敵だ。
尤も、大海賊以下のものは七武海の名が抑止力になっているが。

「…自分の身を守るくらいはできるだろう」
「私は、ね。それに…」

そこまで言うと、コウはその続きを口にすることを躊躇った。
しかし、口を噤んでも話は前には進まない。

「………ローさん…本当に、合流する気―――ある?」

しかし、コウは作戦を聞いている段階から、何となく気付いていた。
それは最早、野生の勘にも等しかったのかもしれない。
根拠など何もなく―――ローの雰囲気から、コウだけが気付いた違和感だった。
コウの言葉を聞いて、彼は深々と溜め息を吐いた。

「………気付くなよ」
「仕方ないでしょ。ローさんの考えてること、わかっちゃったんだから」

やっぱり、と眉を顰めれば、彼は再度重苦しい溜め息を吐き出す。

「ねぇ、ローさん」
「………」
「邪魔しない。邪魔しないようにするから…」

コウだって、この1年間で嫌というほど理解したのだ。
自分の持つ“海色の覇気”の力と、そのリスクを。
自らの行動がハートの海賊団やローに与える不利益を考えれば、勝手な行動はできない。
元々深く考えることは苦手なのだ。
ローが考えに従う方が安全だと言うことも、この数年で十分に理解している。

「お願いだから―――置いて、いかないで」

彼がどのような覚悟を持っているのかを、考えるだけでも怖い。
けれど、それを止めることができないのならば、せめてこの眼で見届けさせてほしい。
帰らない彼を待つことなんて、できないから。

「………はぁ…泣くなよ」
「…っだって…」

止まらない、と言い、ポロポロと涙を流し続けるコウ。
その涙を拭いながら、どうするか、と悩んでいた自分の中ですでに選択肢がないことに苦笑する。
つくづく自分は、この涙に弱い。
コウが分かっているのかどうかは知らないけれど。

「命の保証はない作戦だ」
「…知ってる」
「最悪…俺の死を見ることになるぞ」
「何それ、ホントに…最悪だね。考えただけでもゾッとする」

涙を拭うその手に頬を寄せるのは、最早本能的な行動だ。
彼の言葉に眉を寄せ、それでも口角を持ち上げた。

「でも、知らないところで二度と会えなくなるよりは…ずっと、マシ」
「………マシ、か」
「あのときに聞いたローさんの昔話はちゃんと覚えてる。だから、ローさんの覚悟も…少しは、わかってるつもり」

失った命は戻らないけれど、憎める仇がいるのなら、コウだってそうする。
少なくとも、赤犬を前にしてどんな行動を起こすのかは、自分にだってわからない。

「邪魔は、しないんだな?」
「………うん」
「お前が俺のために命を投げ出すなら、置いていくぞ」
「しない。“海色の覇気”は無闇に使わないって、約束する」

瞼を涙で濡らしながら、それでも真っ直ぐに見つめる眼差しの強さ。
彼女を止める術など、初めからなかったのだろう。
最後の溜め息を吐き出すのと同時に引き寄せた身体は、何の抵抗もなく腕の中に飛び込んでくる。
それが答えだと理解したのだろう。
甘えるように胸元に擦り寄る彼女を見下ろし、置いていくことなどできなかったのかもしれないと考える。

「ねぇ、ローさん」
「…なんだ」
「私は、止めないよ。だけど…あなたに生きていてほしいと願っていることは、忘れないで」
「…あぁ、わかった」
「…約束?」

「……………わかった。わかったから、そんな目で見るな」

17.08.27