Black Cat
ハートの海賊団
「やめて!!これ以上エースに…ルフィに近付かないでっ!!!」
悲鳴にも似たコウの叫びがその一帯へと響き渡る。
まるで波にも似たそれがコウを中心とした同心円で広がると同時に、その場の空気が変わった。
「…まさか、小娘…!」
サカズキは自らの身体の異変に気付き、即座にその理由を察した。
怒号飛ぶこの場所でも、はっきりと届いた声。
それが覇気となり、サカズキをはじめとする能力者を“止めた”。
こんなことができるのは―――
サカズキの標的がコウへと移り変わろうとした、その時。
一発の銃弾が彼女の腹部を貫いた。
これまでも無傷ではない彼女は、ルフィほどではなくとも多くの傷を抱え、体力も消耗している。
膝から崩れたコウにルフィを連れ出そうとしていたジンベエが振り向いた。
「行って!!」
「お前さん…しかしっ」
「行って、ルフィを逃がしてっ!これ以上、奪わせない…!」
崩れた姿勢を戻し、ぐっと構えてサカズキと対峙する。
ルフィに手出しはさせないし、エースだって奪わせはしない。
「あなただけは、行かせない!」
その声は明確な力となり、サカズキの能力を縛る。
マグマ化しようとしてもできない自身の肉体に、彼は苛立ちを押さえることができなかった。
疾風のように駆け、サカズキへと攻撃を繰り出すコウ。
攻撃一つ一つはそう重くはなく、ましてや疲労も負傷も蓄積している。
虫を払うように腕をつかみ、もう片方の手でコウの首を掴んだ。
「…見れば…よぉ似た目じゃ…あの女にのぉ…っ!」
「…あの、女…っ?」
「力の使い方も知らんひよっ子が!!」
その後のことは、よく覚えていない。
「…よく頑張ったな、コウ」
そう言って、頭を撫でてくれたあの人は―――
「―――四皇だな」
「四皇って…」
「赤髪のシャンクスだよ。コウを助けてくれたの」
ルフィは助けるつもりだったが、ハートの海賊団の真の目的はコウだ。
彼とジンベエを受け取り、そのまま船を沈めることなどできるはずはなく。
丘へと上がろうとしたところで、赤鼻の男が「赤髪からだ」と言ってコウと麦わら帽子を投げてきたのだ。
「シャンクスが…そっか…会いたかったな…」
「四皇と知り合いだったのか?」
「うん、知ってる。だって…これをくれたの―――シャンクスだから」
首に巻いた赤いリボンをくるりと指に絡め、コウはそういって笑った。
あまりにもあっさりと告げられた関係にその場の者が言葉を失う。
四皇の称号を持つ人間は、少なくとも会いたい、なんて気軽に言えるような地位の人間ではない。
「―――コウ」
「…何、これ?番号?」
「お前のリボンに絡めてあった。治療の時に外して、取っておいたんだが」
覚えはないか?と問われ、首を振る。
こんなものを絡めた覚えはないし、誰かから受け取った覚えもない。
しかし―――この字には、覚えがあった。
「船の電伝虫、借りていい?」
「………まぁ、暫くは海の中を進むからな…盗聴されたとしても、追いつかれる心配はないか」
「ありがとう」
コウは船の一角に置かれた電伝虫を前に、数字の羅列を見下ろしていた。
受話器を外してからその場に立ち尽くす彼女に、緊張が伝線したように電伝虫がごくりと喉を鳴らす。
「―――よし」
やっとか、と顔を上げる電伝虫をその番号へと繋ぐ。
プルルル、プルルルと鳴く回数が増えることに、心臓の鼓動が早くなるのを感じた。
―――ガチャリ。
『―――』
「……あ、の…えっと…」
何を言えばいいのだろう。
第一声を色々と考えていたはずなのに、言葉が全部どこかへと飛んで行ってしまった。
『…コウか』
「…!うん…コウ、です」
『少し待て。お頭に代わる』
「あ…待って、ベック!みんな、元気?」
『…フッ―――そりゃ、こっちの台詞だろう。傷は大丈夫か?』
「うん。治ってないけど、治療はしてもらってるから大丈夫。動けるよ」
『そうか。こっちは皆、相変わらずだ。―――待ってろ』
そういって遠ざかっていく声。
沈黙の奥でがやがやと賑わう声に、懐かしさを覚えた。
―――コウー!元気かー!?
―――怪我は大丈夫か!?心配したぞ!!
そんな声が聞こえて、あぁ、変わらないな…と小さく微笑むコウ。
彼女の様子を見ていた船員たちが、こそこそと言葉を交わす。
「コウは四皇と知り合いってのは本当なんだな!?」
「ああ、そうらしいな。見る限り、仲は悪くないんじゃないか?」
「俺なんかまともに話せる気がしねぇよ…すげーな、アイツ」
『―――コウ』
「―――っ」
聞こえた声に背筋が伸びる。
それと同時に、自分の中で張りつめていた糸が緩む感覚がして、ぐっと唇を噛んだ。
『…怪我は?大丈夫か?』
「……うん、だい、じょうぶ…。治療してもらってる…っ」
『そうか。良かった―――心配だった』
「…助けてくれて、ありがとう」
『当然だろ?気にすんな。―――お前のことは手配書を見て、知ってた。ルフィと一緒かと思ったが…』
「あ…」
『訳あり、なんだろ?…“海声”を狙われたか?』
「“海声”…?シャンクス、待って…なんの話なのか」
『…なるほど、知らないんだな。じゃあ、お前の船長を出してくれ』
「船長?えっと…ちょっと待って」
シャンクスの言葉にコウは戸惑いながらも受話器を片手に振り向く。
通話中の彼女を見守るようにしている船員たちの中に、ローの姿もある。
『あ、その前に、一つ聞いてもいいか?』
「え、うん」
『コウ。お前、今…幸せか?お前の仲間は、お前がちゃんと信頼できる人間か?』
「―――」
シャンクスはどうして、こんなことを確認しているのだろう。
その意図は読めないけれど、それでも答えは一つしかない。
「うん。私、幸せだよ。皆のこと、大好きだから」
ポス、と頭に乗せられた手のぬくもりに、その人物を見上げる。
小さく口角を持ち上げたローが、無言のままにコウから受話器を受け取った。
「俺が船長だ」
『ああ、シャンクスだ。コウが世話になってるようだな、ありがとう』
「…トラファルガー・ローだ。礼を言われることじゃない―――俺のクルーだ」
『ははっそうか―――安心した。お前にならコウを任せられそうだな』
「…訳ありか」
『ああ、コウも聞いておけ。できれば、他のクルーも一緒に。コウ、お前の母は海声の民と呼ばれる一族だ』
「海声の民…」
『お前の母親はスフィリア・オルガ。名前くらいは聞いたことはあるだろう』
スフィリア・オルガの名前に背後がざわめく。
コウは首を傾げてローを見上げたが、彼もまた、驚きに表情を染めていた。
「待て。盗聴防止策は取ってない」
『もうすでに海軍には知れているはずだ。盗聴されても問題はない』
「………わかった」
『一族は海色の覇気を使う。赤犬を止めた能力は、それだ』
「あのときの…」
思い出したコウが、ハッとしたような表情を見せる。
その表情を見下ろしながら、ローはシャンクスの言葉の続きを待った。
『俺も詳しいわけじゃない。だが、知っていることは伝えておく―――』
17.06.05