Black Cat
ハートの海賊団

「ねぇ、大丈夫?」

そんな声が聞こえて意識が浮上した。
全身が何だか痛む。
ゆっくりと目を開けると、視界に入りこむ大きな顔。
コウにとっては慣れた光景で、同時に自分が猫の姿なのだと理解した。

「目が覚めたのね、良かったわ。森で倒れていたのを友達が拾ってくれたのよ」

ほっとした様子でコウの頭を撫でるのは女性だ。
だが、柔らかく女性らしい手とは違い、屈強な戦士を思わせる肌の感触。
彼女が何かしらの武器を扱っている事を悟る。

「お腹が空いたでしょ?スープを持ってきてあげるわ」

女性はそう言って微笑むと、ドアを開けたまま出て行った。
きっと、コウが言葉を理解しているなどとは考えてもいないだろう。
それでも人と同じように声をかける所を見ると、よほど猫が好きらしい。
きょろ、と周囲を見回したコウは、そこで漸く女性のほかにも多くの人がいたのだと気付く。
しかし、視界に入ってくるのは、女性ばかりで男性は影すら見当たらない。
ここはどこだろうか。
コウは自分が寝かされていたクッションから降り、開けっ放しのドアをするりと潜り抜けた。
すれ違う人も皆女性。
ここは女性の職場か何かなのだろうか、と考えつつ、トトト、と廊下を走る。

「姫様がいらっしゃったわ!!」
「まぁ、急がないと!!」

そんな声が聞こえて、バタバタと女性が廊下を走っていく。
コウは何か惹かれるものを感じて、その女性らを追った。
まるで有名人を迎えるように、一定の幅を開けて両側にわらっと集まる女性たち。
その足元をするりとすり抜けながら一番前までやってきたコウは、ひょいと顔を覗かせる。
向こうから誰かが歩いてきた。
彼女が“姫様”だろうか―――そんな事を考えていた、次の瞬間。
ドン、と腰を足で押され、その衝撃でコウの軽い身体は前へと転がった。
“姫様”が通るために開けられていた通路に転がり出てしまった事を理解したコウは、即座に身を起こす。
四足で立ち上がった時、例の“姫様”はコウのすぐ前にやって来ていた。
冷たく見下ろす双眸。

「また猫…」

吐き捨てるようにそう言った彼女がスッと足を引く。
彼女が何をしようとしているのかを理解し、コウはそれを避けようと地面を蹴った。
しかし、その身体が動くよりも一瞬早く、グイッと力強く何かに引っ張られた。
そのまま風を切るように身体が何かに引き寄せられ―――そして、温かい場所にたどり着く。

「何すんだ、お前!!」

聞こえた声に、コウは驚いたように顔を上げる。
聞きおぼえがある声だ。

「大丈夫か!?」

顔を上げたコウの視界に入りこむ、心配するようなルフィの顔。

「お前コウだろ!?」

黒猫なんてこの世には山ほどいる。
コウがここにいる筈がないのに、ルフィはこの黒猫が彼女であると気付いた。

ここはどこなのか。
どうしてルフィがここにいるのか。
自分がなぜここにいるのか。

疑問は色々と尽きないけれど、とりあえず彼の手に顔をすり寄せた。














場所を変え、コウはルフィの膝の上でその背中を撫でられていた。
向かい側には気の毒なほどに狼狽し、ちらりちらりとルフィを見つめる“姫様”。

「ル、ルフィ。何をそんなに怒っておるのじゃ?」
「コウを蹴ろうとしたからだ」
「その黒猫はルフィの猫か?それはすまぬことをした」

彼女が謝罪を口にすると、ルフィは漸くその空気を和らげた。

「コウは俺の幼馴染だ」
「…猫が、か?」

訝しむ視線。
そこで、もしや、と彼女の表情が変化した。
コウはルフィを見上げて問う。
彼が頷くのを見て、彼の膝を下りて人間の姿に戻った。

「…コウ、です」

コウの姿を見るなり、彼女の目が肉食獣の鋭さを帯びた。
その目に浮かぶ感情は―――嫉妬、に見える。
先程の狼狽した様子と、今の様子。
もしかして、と思った。

「幼馴染…とな」
「あぁ!コウは妹みたいなもんだ!」

意識したわけではないだろうけれど、ルフィがそう言った。
男女の繋がりではなく、寧ろ家族のそれなのだと伝わっただろうか。

「コウと言ったか。そなたにとってもルフィは兄か?」

ここでいいえと答えたらどうなるんだろう、と思う。
けれど、それを否定する理由はない。
コウにとってルフィは家族のように大切ではあるけれど、それ以上でも以下でもない。
慕情は他の人の所にある。

「はい」

コウは怯えもなく、笑顔で頷いた。
その様子を見て、彼女は漸く疑いを消したようだ。

「ボア・ハンコックじゃ」
「コウです。ごめんなさい、勝手に船に乗ってしまったみたいで…」
「構わぬ。ルフィの妹ならばわらわにとっても妹のようなものじゃ。歓迎するぞ、コウ」

コウに向かって笑顔さえ浮かべた。
それを見て、やっと肩の力を抜くことが出来たコウ。
取って食われそうな気がしたのは、気のせいだったのだろう―――たぶん。

10.01.16