Black Cat
ハートの海賊団
「今、なんて…?」
コウの震える声が聞こえ、ローは新聞から顔を上げた。
号外だよー、と言う声を聞いて、すれ違い様にもぎ取るようにして持ってきた新聞。
辛うじて追手を撒いた所でその見出しを読み上げた彼に、誰よりも大きく反応したのはコウだった。
様子のおかしい彼女に新聞を手渡す。
「エースが処刑…?」
コウの声が震える。
新聞を持つ指先は白く、見た目以上の力が篭っているようだ。
顔面は蒼白と言っても過言ではない。
「…エースは知り合いか」
彼女の様子を見れば、顔見知りと言う程度の関わりではないだろう。
白ひげと政府の全面戦争を恐れる故の反応ではない。
エース個人に向けられている。
「エース…お兄ちゃん」
コウとローを中心に集まっていた仲間に動揺の波が広がる。
ローですら、彼女の言葉に目を見開いた。
そんな彼らの様子を見る余裕すらなく、彼女は新聞に載せられたエースの手配書写真を見つめる。
「ルフィのお兄ちゃんで、エースが旅に出るまでずっと…一緒だった。
その後すぐに島から攫われたから、知らなかったけど…」
コウの兄ではなかったらしい。
だが、それ以上の衝撃が彼らを襲う。
―――エースとルフィが兄弟?
「ねぇ、ローさん!嘘だよね!?エースが処刑って…そんなの!!」
新聞をぐしゃりと握り締め、その手で縋るようにローに駆け寄る。
彼女自身が本気で嘘だと思っているわけではないことは明らかだ。
これが現実であることを理解しているからこそ、その目に絶望が垣間見える。
ローは微動だにせず彼女を見下ろした。
数秒間、息も忘れて彼を見上げるコウ。
やがて、彼女はその場にしゃがみこんだ。
「…キャプテン…」
顔を膝に埋めたままピクリとも動かない彼女。
仲間たちが頼りなくローを呼ぶ。
自分たちにあるのは、白ひげが動き、戦争が始まるかもしれないと言う危機感。
しかし、彼女にとっては大切な人の処刑。
重みの違いが、彼らを戸惑わせた。
ローは仲間の声と視線に息を吐き出し、薄く唇を開く。
だが、その唇が言葉を発する前に、彼の目が鋭さを帯びて右へと動いた。
「追手だ!!」
そう叫んだのは誰だったか。
走り出す仲間に後れを取ることなく、ローも動く。
前でしゃがんでいる彼女をひょいと抱き上げ、彼らと共に走り出した。
「コウ。猫になれ」
俯いたままの彼女の重さが変わる。
黒い毛並みを纏う猫の姿へと変身した彼女を片腕に抱くと、彼は速度を上げた。
人を一人抱えて走るよりは、猫のほうが随分と楽に決まっている。
海軍の足音が追ってくるのを聞きながら、コウはローの肩に顎を乗せて目を閉じた。
「嫌だよ、エース…」
頼りなく呟かれた声を聞いていたのは、彼女を腕に抱くローだけだ。
握りつぶした所為でぐしゃぐしゃになってしまった新聞を、穴が開くほど見つめる。
そこに印刷された文字が変わることはなく、刻一刻とエースは処刑台に近付いている。
シャボンディ諸島の一角で、夜をやり過ごすことになったハートの海賊団一行。
仲間からそう遠くない、けれども近くもない場所で、コウは石の上に腰を下ろして片膝を抱えている。
「―――――…」
コウはシワシワの新聞を丁寧に折りたたみ、懐にしまう。
そして、ちらりと火の周りに集う彼らに視線を向けた。
一人の意識も自分に向いていないことを確かめて、彼女はその場で黒猫に変化する。
火の明るさが届きにくい位置では、彼女の毛並みは闇に同化してしまう。
彼女は猫らしく気配を経ち、闇へと紛れた。
コウだって、自分ひとりで政府に乗り込むほど馬鹿ではない。
ただ、仲間の目の届かないところで、頭を整理する時間がほしかっただけ。
仲間の気配が感じ取れなくなったところで、コウはそっと人の姿に戻る。
「私は海賊。ルフィも海賊。エースも…海賊」
皆、覚悟を決めて海賊の道を選んだ。
平凡に平穏に平和に生きる道を捨てて、荒くれ者の棲家に足を踏み入れたのだ。
名前が上がれば危険もそれに比例する。
海賊は政府に捕まれば処刑される。
況してや、自分も彼らも賞金がかかっていて、海軍は喉から手が出るほどその首を欲している。
全てを理解して、納得して、覚悟した。
それでも―――
「嫌だ。死んでほしくないよ…っ」
コウの世界を構成する、数少ない人の内の一人。
彼女が大切だと思う人。
死んでほしくない―――こう思うことを、エース自身が望まないと理解していても。
「ルフィ…」
これを知って、彼はどう思う?
どう動く?
数年前の、自分が知っている彼ならば、間違いなく動き出すだろう。
エースが望んでいなくても、ルフィ自身が彼に生きてほしいと思うから。
ざり、と土を踏む音が聞こえた。
「!」
周囲に気を配るのを忘れていた、と自身の失態に心中で舌を打つ。
仲間なら良し、敵ならば―――そう思いながら、コウが振り向く。
小柄な彼女の視界に、見上げるような巨体が映った。
「スフィリア・コウだな」
「…あ」
抱えた分厚い本。
自分に向かってくる肉球の付いた手。
「コウ!!」
優れた聴覚がローの声を拾うのと同時に、身体が衝撃に弾かれた。
10.01.15