Black Cat
ハートの海賊団
コウが何に酔ったのかと言う疑問を抱きつつ、一行は船へとたどり着いた。
とにもかくにも、コウのお蔭で明日にはログが溜まる。
買い物も終わっているし、ログが溜まり次第船を動かせるだろう。
コウが買った果物を入れた袋を渡されたコックが、その中身を確認していた。
「結局コウは何に酔ったんだろうなぁ」
一人がそんな声を上げる。
あのシーンを見ていたメンバーがさぁ、と首を傾げた。
船に居残りだったコックが顔を上げる。
「コウが酔ったのか?」
「あぁ。驚いたぜー。岬の灯台をぶった切りやがった」
「…は?」
「や、だからな。灯台が下をちょっと残して、真っ二つ」
「コウがやったってのか?」
それはないだろー、と笑ったのは、現場を見ていないクルーだ。
自分だって、あれを見ていなければ信じるものか。
「コウが酔った原因はこれだな」
果物を確認していたコックがそう呟く。
彼の手に握られているのは、覚えのある果物だ。
確か―――彼女が美味しそうに食べていたもの。
「何なんだ、それは」
「マタタビりんごだ」
「…マタタビ…」
猫にマタタビ。
なるほど、とその場にいた全員が、コウが酔った原因を悟った。
とりあえず、部屋で休ませるとコウを部屋に運んだローの後を追う。
コウの部屋に向かおうとしたところで、向こうから歩いてくる人の存在に気付いた。
と同時に、顎を落としそうな様子で立ち止まるクルー。
先頭の彼から順に伝染したそれは、やがてその場にいた全員へと広がった。
「キャプテン…」
「言うな」
皆まで言われずとも、状況くらいロー自身が一番よく理解している。
溜め息を一つ吐き出した彼は、腕の中の彼女を抱えなおした。
猫の時とは違い、両腕に掛かる彼女の体重。
猫に慣れた腕には重すぎるとは言わない、それは確かに人としての命の重みだ。
船に戻るまでは猫の姿をしていた彼女は、部屋に運ぶなり人の姿に戻った。
そして、あろう事かローに甘えてきてしまったのである。
元々、動物としての性なのか、彼を主人と認めた彼女はよく甘える。
だが、首に腕を回して抱きつくほどにスキンシップが激しかったわけではない。
おまけに、いくら引き剥がそうとしても、はがれないのだ。
コウの部屋で、彼女に抱きつかれたままと言うのはいくらなんでも問題だ―――色々と。
そう判断したローは、彼女を連れて部屋を後にしたわけだ。
もちろん、事の由を仲間に伝える事はない。
船長としてと言うよりは、男として、色々と折れそうになった経緯を話す事を断固拒否したからだ。
「で、原因は何だ」
「これだ」
先頭の彼が金縛りから解放され、持っていたそれを掲げた。
ローにとっても見覚えのあるそれ。
何なんだ、と言う視線に、彼は説明を加えた。
「マタタビりんごだ」
それ以上は何を言う必要もない。
猫らしく、マタタビに酔ったのだ。
知らずに食べたのか、本能がそれを引き当てたのか。
「船長、コウが灯台を真っ二つにしたって」
「あぁ。マタタビに酔うと破壊力と切れ味が増すらしいな」
元々、彼女は鋭い爪で引き裂く接近戦を得意としている。
だが、中距離になると、斬撃を飛ばすようだ。
高速で動かした爪がカマイタチを起こす―――様なものだと、本人が言っていた。
恐らく、コウ自身も原理はわかっていないのだろう。
素早く手を動かせば、数メートルの距離を引き裂く事ができると言うだけ。
灯台を斬ったのは、それで間違いはないだろう。
ただし、その力は倍どころか数十倍だ。
一瞬で数十人の海兵を伸した辺りを踏まえても、身体能力が向上する事は確かだろう。
「期待できる能力だが…後がこれでは使えないな」
苦笑を浮かべ、空いた手で肩に頭を預ける彼女を撫でる。
ご機嫌に眠っているのだが、相変わらず腕の力は緩まない。
と思っていたが、次の瞬間に彼女の姿が猫のそれに変化した。
危なげなく片腕に彼女を抱えたローは、漸く解放された首を回す。
「キャプテン、寝かせてあげたら?」
「あ、ああ!出港準備は俺たちの方で済ませておくし!!」
そうだ、それがいいと仲間の声に背中を押され、部屋へと戻っていく彼。
二人がいなくなると、彼らは一斉に溜め息を吐き出した。
「何だ、あの空気は!」
胸が焼ける!!と悲鳴を上げたのは誰だったか。
とても可愛かった。
甘えるように擦り寄る姿も、嬉しそうにふやけた表情も。
全身全霊でローに身を委ねている彼女は、とてつもなく可愛かった。
何となく、ローが部屋に留まらなかった理由を悟る彼ら。
あれだけ手放しに甘えられれば、色々と踏み越えてしまいそうになるのも無理はない。
「何であいつはあんなに可愛いんだ…っ」
誰かが、いや、誰もが、その言葉に深く頷いた。
その翌日、コウには6000万ベリーの賞金がかけられる事となった。
ちなみに、後日ローの留守の隙を突いてコウにマタタビりんごが与えられた。
効果が現れるのは、約1時間後。
胸を逸らせつつその時を待つ仲間の期待も空しく、彼女は1時間と30分を過ぎてもケロッとしている。
「…酔わないな」
「美味しー!!」
「…コウ、もう一個食うか?」
「うん!!」
若干言動が幼くなっている以外は、割と普通だ。
いや、握力も強まっているのか、先程フォークが拉げた。
つまり、酔うには酔っているのだが、あの可愛らしい様子が見られない。
「あはは!ウサりんご可愛いー!!」
言動の幼い彼女も、とても可愛いのだが。
ウサギの形に切られたりんごを一切れ口に放りこんだ彼女は、ピクリと何かに反応した。
そして、シャクシャクとりんごを租借して飲み込むと、椅子を蹴っ飛ばしてドアの方に走り出す。
「ローさん!!」
可愛らしい声と共に、ドアが、吹っ飛んだ。
驚いた様子で目を見開くローに飛びついた彼女は、嬉しそうに首に擦り寄っている。
「…お前ら…何やってんだ」
いつぞやと同じ状況に、ローは溜め息を吐き出した。
買ってきた荷物をテーブルの上に放り投げ、空いた手でひょいとコウを抱える。
「それ、片付けとけ」
「…ラジャーっす」
覇気のない声に見送られ、コウを連れてリビングスペースを後にした。
残されたリビングルームの空気は重い。
可愛らしく切られたマタタビりんごが、いっそ恨めしい。
「またキャプテン限定かよ…っ!!」
男たちは静かに涙を飲んだ。
09.11.05