Black Cat
ハートの海賊団

岬の灯台は、町を抜ければすぐに見つかった。
丘を越えた先に見えたそれ。

「コウ」
「はーい」

名前一つでローの意図を読んだコウは、トンと地面を蹴った。
そのまま近くにあった大きな木の枝に飛び乗り、器用に上まで登っていく。
ガサッと葉の中から顔を出した彼女は、わー、と気の抜ける声を上げた。

「結構な数だね。10、20…見えるだけで、40人はいる。この島、海軍の駐屯地でもあるのかなぁ」

そう呟き、見える範囲の海兵の位置を覚える。
そして、そのままひょいと枝から飛び降りた。
ガサガサ、と音を立てて落ちてきた彼女は、10メートルほど落ちてきたとは思えないほどに軽やかに着地。

「灯台に寄ればって言うのはどの程度の話なんだ?」
「…さぁ。言葉の通り、寄ればいいんだと思うけど…範囲まではわからない。
でも、海軍の配置を見た限りでは、灯台の際まで守ってるから…触れなきゃいけない、とかかな」
「際を固めてる海兵と入れ替えるか」

呟かれたローの言葉に、仲間達が顔を見合わせる。

「敵陣に一人で放りこむのか?」
「わー、大変だ」

大変だ、とは思えない口調である。
そんな彼らを視線で一巡し、ローが口角を持ち上げた。

「誰が行く?」
「はーい!暴れたいから、行きたい!」
「おいおい、暴れたいって…。ログを任せるんだぞ。大丈夫か?」
「あ、そっか。…ま、何とかするよ。大丈夫」

腕時計のようになっているそれは、衝撃に強くない。
風圧だけでもガラスが割れてしまいそうな作りなのだ。
少し悩んだ様子の彼女だが、大丈夫、と頷く。

「…まぁ、コウは一対多数が得意だからな」

ローの声に、そうだった、と頷く彼ら。
コウは一対一の戦いよりも、多数との戦いの方が上手い。
彼女曰く、人数が多い方が足場が多くていいらしい。
確かに、彼女の戦い方は一人を攻撃してから隣の人間を足場に飛びつつ、次へと向かう方法が多い。

「無理はすんなよ」

ぽんと彼女の黒髪の上に手を置いてそう言った。
彼女はそのままの姿勢で彼を見上げ、僅かに頬を染めながら、うん、と頷く。













海兵が集まっているそこに、ヒュルル、と何かが飛んできた。
誰かがそれに気付き、声を上げる。
波紋のように広がった緊張感。
その一瞬後、視界は煙に包まれた。

「“ROOM”!」

声が聞こえた。

「海賊だ!!警戒しろ!!」
「灯台に近付けるな!!」

隊長格の海兵が声を上げる。
視界はよくないけれど、鍛えられた海兵だ。
即座に自身の周囲を警戒するように武器を構える。
視界の端を黒い何かが動いた気がした。






―――何だろう?

入れ替わる不思議な感覚に身を委ねつつ、コウは首を傾げた。
何だか、身体が熱い。
昂揚しているような、酔っているような…そんな感覚だ。
お酒を飲んだ覚えはないのになぁと思いつつ、灯台のすぐ際に降り立つ。
真っ白なそれとの距離は数メートル。
コウの存在に気付いた海兵を突き一つで伸して、彼女は走り出す。
止まっている暇は、ない。

「…何か、変」

ふわりと、意識が宙に浮いているような気がした。
構えられた銃口に、コウの爪が鋭く伸びる。
意思など関係なく、身体が動くままに空を切り裂いた。








少し離れた距離で海兵たちが灯台を囲う様子を見ていたハートの海賊団一行。
コウ一人に掻き回された陣形は混乱を極めており、しかし、それぞれが灯台へと向かっている。
入れ替えると言った1分まで、あと20秒だ。
彼女はもう、灯台に触れる事ができただろうか。
そんな事を考えた、その時。

灯台が動いた。

「…は?」

いや、灯台が動くはずがない。
足が生えているわけでもなく、況してや生物ですらないのだ。
動くわけがない―――そのはずだった。

「…キャプテン」

皆まで言われるまでもない。
動くはずのない灯台が、動いている。
高い灯台の下三分の一ほどの位置に入った斜めの亀裂が原因だ。
それを滑るように、灯台がズズズ…と動いているのである。
その場が一時、シンと静まり返った。
灯台のずれる音以外、何も聞こえない。
少しずつ、けれども確実に動いたそれは、やがて根元の支えを失い、大きく傾きだした。
灯台が、岬の下―――海へと、沈む。












目を疑う光景だった。
40メートルはあろうかと言う灯台が、根元10メートル辺りだけを残して、海に消えた。
もちろん、竹のような太さでもなく、直径30メートルを越す円筒型のそれだ。
その場にいた海軍も、ハートの海賊団も、ただただ沈黙する。
そうしている間に、前者の方に変化が見られた。
海兵がバタバタと相次いで地面に倒れだしたのだ。
数十人が群がっていた灯台の袂。
立っているのは、たった一人だ。

「コウ!!」

ガラにもなく声を上げて、彼女の元へと走った。
駆け寄る際に彼女と入れ替えた海兵を踏んだ気がしたけれど、そんな事はどうでもいい。
名前を呼んでもこちらに気付かない彼女に、ローは嫌な予感を覚える。
速度を落とさずに彼女の正面へと回り込むと、何も映していない虚ろな目が見えた。

「コウ?」

何となく様子がおかしい事に気付き、彼女を呼ぶ。
ふと彷徨った視線が、ローへと固定され―――そして、ふにゃりと、ふやける様に微笑んだ。
と、次の瞬間、彼女が消えた。
もちろん、そこから消えたわけではない。
視線を落としていけば、足元で伸びている黒猫を見つけた。
人間の何倍も小さな身体を抱き上げ、呼吸と脈を確認する。
至って普通―――いや、脈は少し早めか。
とにかく、目立った外傷もなく、医者として言うならば、寝ているだけの状態だ。
ふぅ、と安堵の息を零してから、屈んだままだった事に気付いて立ち上がる。
追いついてきた仲間が彼女の様子を尋ねてきた。

「…寝てるだけだ」
「それならいいんだが…これ、コウがやったのか?」

近付いてわかったが、人の手で破壊するには少し…いや、かなり頑張らなければならないものだ。

「…たぶん、な。おい、コウ」

起こすように軽く揺さぶると、彼女の目が薄く開かれた。
そして、にゃーぅ、と甘えるように鳴いてから、再び目を閉じてしまう。
抱いている手に頭を摺り寄せて、グルグルと喉を…こんな光景を、前に見た気がする。

「……キャプテン、もしかして、コウ………」
「…酔ってるな、こいつ」

とりあえず、船に戻ろう。
地面に倒れている海兵を踏みながら、船への道を引き返した。
喉を鳴らしてご機嫌な様子の黒猫を片手に抱き上げながら。

09.11.02