Black Cat
ハートの海賊団

「………ロー船長…」

甲板で空を仰いでいたコウが、ローを呼ぶ。
マストに背中を預けて航海日誌を読んでいた彼は、その声に顔を上げた。
彼女はこちらに背を向けたまま、何かを見つめている。
その視線の先にあるのは…鳥の群れ。

「どうした?」
「あれ、なんだけど…」

結構な速度で飛んでいく鳥の群れ。
方角的に次の島のほうへと飛んでいるようだ。
渡り鳥だろうか。

「あれがどうした?」
「真ん中の一羽に、電伝虫がいたような…」

とてもではないが、人間の目では鳥についている小さなそれを確認できない。
猫の動体視力を持つ彼女だから、見えたのだろう。
既に米粒サイズまで小さくなっているそれを確認する術はない。
今から双眼鏡を用意しても無駄だろう。
十数羽の群れが、島に向かって更に小さくなっていくのを、黙って見つめるロー。

「種類はわかるか?」
「…たぶん、映像用かなぁ…」

思い出しながらそう呟く彼女。
もし、それが事実だったなら―――自分たちの船が次の島に向かっている所が、誰かに知られたと言う事だ。
海賊旗を隠す事もなく堂々と掲げている以上、知られる事自体は別に構わない。
問題なのは、その相手だ。

「なんか、海軍のマークがついていたような…気がするんだけどなぁ…」

コウが物騒な事を呟いた。
本当なら面倒なことになったな、と思いつつ、帽子の角度を直す。

「…一応、あいつらにも伝えておくか」
「あ、じゃあ言ってくる。“要警戒”程度でいい?」
「あぁ」

はい、と手を上げた彼女にその役目を任せる。
にこりと笑顔を残した彼女は、一段高くなっているそこからひょいと飛び降りた。
相変わらず軽やかな着地を見せてから、船の中へと走っていく。
水平線に浮かんだ、次の島。
暫くの間それを眺めていたローは、軽く肩を竦めてから日誌へと視線を落とした。









二週間ぶりの揺れない地面。
しっかりとそこに足をつけたコウは、その安定感に頬を緩めた。
船が嫌いなわけじゃない。
寧ろ、好きだと言ってもいい。
だが時折、この揺れない地面の安定感が恋しくなる時がある。
陸地の生き物としての本能なのかもしれない。
海を懐かしい、恋しいと思うのもまた、そうなのだろうけれど。

「とりあえず、ログが溜まるまでの期間を確認してから別行動だな」

最後の方で降りてきたローが、仲間全員に聞こえるようにそう言った。
海軍に追いかけられた場合、どのくらいの期間逃げなければならないのかと言う情報は重要だ。
それさえ確認してあれば、ギリギリで船に戻って海原へと飛び出せばいい。
船番を残し、他のメンバーが揃って街中へと歩き出した。
コウの機嫌を現すように、チリン、チリン、と聞こえてくる鈴の音。
一応、彼らとはぐれたりしないよう気をつけているようだが…時折、街の賑わいに意識を奪われる彼女。
その度に、仲間の誰かによって列の中へと戻される。
仲間の中でも一二を競う若さの彼女は、彼らにとっては手のかかる妹のようなものだ。


―――の人が忙しくしているみたい。
また海賊かしら…それとも賞金首?どっちにしても―――
海賊らしいわよ。それも、割と有名な―――
賞金稼ぎも―――




「コウ」

ひょいと首根っこを掴まれた。
ビクリと肩を揺らしたコウは、勢いよくその人物を見上げる。
彼女の反応に驚いたのはローも同じ。

「…はぐれるなよ?」
「う、うん」

ごめんなさい、と頷く。
あの声は、街の喧騒の中に消え、既に聞こえなくなっていた。

「気になる事があるのか?」
「…ん。女の人が、海賊とか賞金稼ぎの話をしていたから。ついでに―――」

コウが声を潜めた。

「“見られてる”、だろ」

彼女がそれを言う前に、ローの口からその言葉が紡がれた。
一字一句同じ言葉を発せられ、コウが軽く目を見開く。
そして、コクコクと首を動かして頷いた。

「…ちょっと待ってて」

彼女は少しだけ悩んでから、ローだけではなく全員に聞こえる程度の声でそう言った。
そして、道の端に並ぶ露店に近付く。
商品を指し、何かを言って、聞いて、そして笑って。
楽しげに店主と談笑してから、ポケットからお金を支払い、腕いっぱいに果物を抱えて戻ってきた。

「おまけしてもらった!」

まさかとは思うけれど、この果物を買いに行ったのだろうか。
彼女の動向を見守っていた仲間から微笑ましさの「まったく」と言う溜め息が零れる。
わざわざ全員を止めて行動してしまう所が彼女らしいと思った。

「ログが溜まるのは早くて二日だって」

果物を持ってやろうと言ってくれた仲間にそれを渡してから、コウがそう言った。
一瞬、制止するメンバー。

「…それが食べたかったわけじゃなかったのか」
「失礼な!私だって時と場合くらいは考えるし!」

口を尖らせてから一つだけ手元に残したそれに噛り付く彼女。
そう言えば、先程果物を受け取る前に、一つだけ洗ってもらっていた。

「海軍が兵を配置してるから気をつけなって」
「海賊だって話したのか?」
「ロー船長、有名だし」

店の近くから立ち去るわけでもなく、じっとコウを見つめる集団。
彼らの目には厳しさはなく、寧ろ見守るような温かさが含まれている。
その内の一人がそれなりに名の通った海賊の賞金首だとわかれば、彼女も海賊であると言う事は明白だった。
それを理解した上で、あの店主はコウに情報を与え、商品を与えたようだ。

「所で、コウ。その“早くて”二日って言うのはどういうことだ?」
「この島、ちょっと特殊みたいで…岬の灯台の辺りが、ログの書き換えに一番都合がいいんだって。
そこに寄れば二日。行かないなら、一週間って」

この島に入っている事は向こうに筒抜け、と言う状況での五日の差は大きい。
こちらがそう考える事もわかっているはずだ。

「………当然ながら、海軍はそこを固めてるだろうな」
「どうする、船長?」

包囲網を強行突破して二日で海に出るか、適当に逃げて一週間を乗り切るか。
安全を取るなら後者。
仲間の実力を信じるなら―――

「買出しが済み次第船に戻って出港準備にかかれ。―――いつでも動かせるようにな」
「了解!!」

買出しのメンバーが口角を持ち上げて楽しそうに笑った。
強行突破コース、決定。

09.10.31