Black Cat
ハートの海賊団
「コウの事…頼む!」
3億の賞金首が、惜しげもなくその頭を下げた。
ローはそんなルフィを前に、軽く口角を持ち上げる。
これがこの男の本質なのか、それともコウがそうさせるのか。
彼には、どちらも正解だと思えた。
「あぁ―――頼まれた」
同じものを目指すライバル達の心が、その時だけはしっかりと交差した。
仲間の最後尾を歩くコウ。
その隣にはローがいた。
「ローさん」
「ん?」
「これからも…仲間だと思っててもいい?」
控えめなお願いに、彼はクッと笑う。
それこそ、今更ではないだろうか。
麦わらの一味に背を向けて歩き出している彼女に、他に行き場所があるはずもなく。
「あいつらは一瞬でも仲間じゃなくなったとは思ってないようだが?」
「皆は…うん。そうなんだけど…ちゃんと、船長に確認しておきたくて」
そう言って見上げてくる彼女。
律儀と言うか、何と言うか。
心中で苦笑を浮かべてから、ぽんと彼女の頭を撫でた。
「お前は俺たちの仲間だろ」
「…うん。ありがとう」
いつもよりも数段穏やかな笑顔で、彼女はそう言った。
その理由は何となく気が付いている。
わざわざ自分たちから少しだけ距離を置くようにして歩いている仲間も、きっと気付いているのだろう。
「コウ」
「何?」
「鳩でも飼うか?」
「………鳩?」
「いや、別に鳩が嫌いなら何でもいいけどな」
フォローのようでまったくフォローになっていない。
意味がわからなかったコウは、はて、と首を傾げた。
「…食べるの?」
「阿呆か。手紙でも何でも持たせればいいだろ」
「手紙…あぁ!そう言う事!あんまり急な話だったから、わからなかった!」
あはは!と笑い声を上げた彼女は、目尻の涙を拭う。
「ううん、いらない。そんなに気を使ってくれなくても、私、ちゃんと―――」
ちゃんと、気持ちの整理が出来てるから。
―――嘘だ、と思った。
気持ちの整理なんて、まだ出来そうにない。
両親の愛情を受けて育っていないコウにとって、ルフィは幼馴染と言うよりは兄弟のようだった。
ルフィと再会すると言う目標を達成し、次へと進む。
そこに、肉親のような彼は居ないのだ。
自分で選んだ事なのに、と思う。
ローが好きで、皆が好きで―――後悔はしていない、でも、寂しい。
ポロリと涙が零れた。
「ちゃんと、気持ちの整理…出来てない、けど……整理…するから」
だから、今だけは。
寂しいのだと、兄離れ出来ない子供のように泣いてしまうことを、許して欲しい。
言葉を涙の向こうに飲み込んでしまった彼女。
コウの隣で、ローはやっとか、と思った。
彼女は自分の感情に正直だ。
楽しければ笑い、悲しければ泣く。
そんな彼女が、この旅立ちに清々しさだけを感じているとは思えない。
後悔していない事は、迷いなく歩く姿勢を見ていればわかる。
けれど、感じる寂しさと言うのはどうにか出来るものではない。
彼女がいつそれを吐き出すのかと思っていたのだが―――今回は、少しばかり粘ったようだ。
寂しさで涙を流すなんて、まるで子供のようだと思う。
しかし、声を殺して涙だけを流すその様子は、少女ではなく女性のそれだった。
ローは彼女から視線を外し、そっと帽子に手をかける。
「!…ロー、さん?」
ポスンと上から降ってきたそれは、厚みのある帽子だ。
動いた拍子にふわりと鼻に届いた匂いが、それが誰のものなのかを教えてくれた。
思わず涙に濡れた目で彼を見上げると、口元だけの笑いが返ってくる。
「貸してやるが…汚すなよ」
優しい声に、コウはこくりと頷いた。
きっと、鍔の広い帽子は涙を隠してくれるだろうから。
それから暫くは、海軍の姿もなく平和だった。
船まであと5つほどマングローブを超えればいいと言うところで、追いついてきた海軍と衝突。
とは言えそこに能力者の姿はなく、ただの兵士相手に全力を出す必要はなかった。
コウはと言えば、黒猫の姿でローの肩を借り、ぐるぐると喉を鳴らしている。
猫の姿を取っているのは、涙の所為で目元が腫れてしまったから。
下半身をフードにお邪魔させる形で、上半身をだらりと彼の肩に流れる様子は、さながら襟巻きのようだ。
「降りる気はないのか?」
「首が絞まる?」
「いや、それは大丈夫だが…」
「じゃあ、もうちょっとだけ」
どうやら、まだ暫くこの襟巻きを肩に乗せておかなければならないらしい。
気の向くままに行動するところは、本当に猫のようだ。
まったく、と溜め息を吐き出しながらも、彼女を降ろそうとはしない。
厄介な相手が出てくれば、すぐにでも降りるだろう。
もう少し、彼女の気紛れに付き合うとしよう。
泣いた所為か随分と甘えてくる彼女をそのままに、また一歩、船へと足を進めた。
09.10.08