Black Cat
ハートの海賊団

「コウ」
「何、船長?」

前からの銃弾をひょいと避け、身体のバネを生かして距離を詰め、下から顎を蹴りあげる。
仰け反った所に足払いをし、体勢を崩した所でその海兵を足場に右へと飛び、後頭部に回し蹴りを一発。
軽やかな動きで周囲の海兵を地面に沈めてから、ローの元へと舞い戻るコウ。

「13番GRに行くぞ」
「…船、そこだっけ?」
「麦わら屋がそこに居る。話し足りないだろ」

ローの言葉に、コウは驚いた様子を見せた。

「え、でも…こんな時に…」

周囲は海兵に囲まれていて、楽には通してくれそうにない。
ローの能力のおかげで混乱を極めているのも事実だが、それを免れている兵が一味へと銃を向けているのだ。
一刻も早く船に戻らなければならないのだと、コウは自分自身をそう納得させていた。

「この程度、いつも切り抜けてきただろ」

なぁ?と自分の持ち場を片付けた面子が二人の元へと揃い始めた。
そうそう、と笑う彼ら。

「折角の再会だ。あの程度じゃ満足できねーだろ!」

PENGIN帽子の彼が豪快にコウの頭を撫でる。
見上げれば、誰一人として、反対している様子はなかった。

「…うん。ありがとう」

彼らは既に分かっているのだろう。
コウが選ぼうとしている道を。
わかった上で、彼女を麦わらの一味の元へと連れて行こうとしている。
涙が滲んでしまいそうに優しい場所だった。

「ありがとう!」

涙よりも笑顔を。

―――コウは笑ってろよ。お前の笑顔は元気が出るからな!

一人がそう言って、皆が「そうだ」と笑ってくれた。
コウ自身が持っている、数少ないもの。
彼女の満面の笑みを見て、こんな時だと言うのに、よし、と親指を立てる仲間たち。

「行くぞ」
「うん!」

ぽんと頭を撫でられた。
皆のようにノリ良く親指を立てたりはしなかったけれど、その手が優しい。
ぐいっと目元の涙を拭って、両手の爪を鋭く伸ばす。
“ROOM”、と言う声に合わせて地面を蹴り、サークルを飛び越えて海軍の波の中へと着地する。
彼女とて、伊達に6000万の賞金を懸けられているわけではない。
海兵が銃を構えるよりも先に動き、人の波を縫うようにして走る。
彼女がすり抜けた後には、使い物にならない銃の残骸がバラバラと地面に落ちた。












所変わり、13番GR。
とりあえず海兵を撒いてレイリーの店へと戻って来る事が出来た。
怪我をしたハチの治療を始めるチョッパーの脇で、しきりにドアを気にするルフィ。
事情を知るロビンがクスリと笑った。

「このお店は入りにくいかもしれないから、外で待っていたらどうかしら」
「…そうだな!」

うずうずしていたルフィは、ロビンからの言葉に背中を押され、そのまま店の外に出て行った。
彼の様子を見た仲間が首を傾げる。

「黒猫を連れて来てくれるんですって」
「トラファルガー・ローが?随分優しいのね。意外だわ」
「悪い噂も沢山あるわよ」
「そんな奴が…コウちゃん…だったか?をわざわざここまで連れてくるのか?
ナミさんの言うとおり、意外だな」

サンジの言葉に、確かに、と頷く彼ら。
すると、それまで黙っていたレイリーが口を開いた。

「あのお嬢さんは君たちの仲間だと思っていたが…どうやら、違うようだな」
「コウは…あ、あの子、コウって言うみたいなんだけど。あの子は、ルフィの幼馴染なの。
ずっと離れていて、この諸島で漸く再会したみたい」

ナミがそう説明した。
彼女は、事情を知る者の中で二番目に古く、かつ状況を上手く説明できる人間だ。
なるほど、と頷くレイリー。

「彼も彼女も、運が良い。この広い“偉大なる航路”で、別れた相手と出会うのは簡単な事ではない」

そう呟いたレイリーは、何かに思いを馳せるような、遠い目を見せていた。










巨大なマングローブの根の上に、お店が見えた。
あれがそうなのか、と見上げたコウは、その前に人が居る事に気付く。
少し目を凝らせば、それが誰なのかがわかった。
一度だけローに目配せをして、トンと地面を蹴る。
長い階段を一息に飛んで、お店の前へと着地した。

「ルフィ。良かった。無事に逃げられたんだね」
「ああ!コウも無事な!」
「うん。船長も皆も、強いから」

すぐに駆け寄ってきたルフィの姿に、小さく安堵する。
彼の賞金を考えればあの程度の包囲網が突破できないはずはないのだけれど。
少しして階段を上ってきたローに気付くと、コウが彼の元へと戻る。

「ルフィ。さっきは落ち着いて話せなかったけど…聞いてくれる?」
「ああ」
「ハートの海賊団の船長、トラファルガー・ロー。
あの日、私を攫った連中から逃げ出して、死にそうだったところを助けてくれた人達」
「俺はルフィ。コウを助けてくれてありがとうな」

屈託のない笑顔を浮かべ、手を差し出すルフィ。
ここまで迷いなく馴れ合う海賊も珍しい。
そう思いながらも、ローは彼と握手を交わした。

「右も左もわからない“偉大なる航路”でルフィを探すのは無理だから…手伝ってもらったのよ」
「こいつらの船に乗ってどれくらいになるんだ?」
「半年くらいかな。それまでは、ずっと捕まってたの」
「半年前まで!?」

流石に予想外だったのか、ルフィが声を荒らげた。
彼女が彼の元から消え、既に年単位で月日が流れている。
そんな中、彼女はつい半年前までずっと囚われの身だったと言うのか。
悔しさが胸中に込み上げてくる。
そんなルフィの心情に気付いたのか、コウがにこりと笑った。

「ずっと耐えたから、会えたんだよ、きっと。だから…ルフィがそんな顔しなくていい」

ローに会えて、皆に会えて…そして、ルフィとも再会できた。
もう少し早く逃げていれば、もっと早く再会できていたかもしれない。
けれど、もしかすると別の私欲的な人間に捕まったかもしれない。
そう思うと、自分が進んできた道こそが、最高の道だったように思えるのだ。

「ずっと、探してくれたんだよね。ありがとう、ルフィ」

紡ぎ出されたのは、彼に言いたかった数多くの言葉の中で、一番大切だったもの。

09.10.06