Black Cat
ハートの海賊団
記憶の中の姿よりも身長が伸びて、少年のあどけなさが消えた。
それでも、目の前に居るのがルフィではないとは思わない。
自分を見つめる彼の眼は、記憶の中のものと全く変わっていなかった。
「コウか…?コウだよな!?」
驚きのままに固まっていたルフィの顔に、笑顔が浮かぶ。
いくらか低くなった彼の声。
けれど、自分の名を呼ぶその声はどこまでも優しく、そして懐かしい。
彼の腕が伸びて、コウの身体を攫う。
強く抱きしめられた彼女は、その腕の中で静かに俯いた。
なんて、優しい腕なんだろう。
昔よりも筋肉や骨格がしっかりして、優しさの中に強さを感じた。
―――やっと、会えた。
「よかった…!無事だったんだな!!」
「…うん。私…もう、大丈夫。ちゃんと、自由だから」
紡ぎ出せたのは、子供のような稚拙な言葉。
まるで、あの日離れ離れになったその時に戻ってしまったような錯覚を起こした。
ずっと、それが言いたかった。
探してくれているだろうルフィに、自分は無事なのだと…もう、探さなくていいと。
やっと、伝えられた。
「ルフィ、大きくなったね。もうすっかり男の人」
目元に滲んだ涙を指先で拭って、コウはそう笑った。
そんな彼女に、ルフィは「コウも」と告げる。
「コウも変わったな。綺麗になった!」
素直すぎる言葉が懐かしいと思う。
思った事をそのまま口にしてくれる彼の言葉に偽りはなく、だからこそ真正面から心に届く。
ありがとう、と微笑んだ。
「話したい事、山ほどあるけど…でも、そんな暇はなさそうね」
ルフィもまた、ちらりと他に視線を向けた彼女が何を言わんとしているのかを理解する。
けれど彼は、大丈夫だと頷く。
「コウ、一緒に行こう!」
「一緒、に…?」
その眼が、初めて喜び以外の感情に揺れた。
屈託なく笑ったルフィには、その時の彼女の表情が見えていなかったかもしれない。
「おいおい、ここはどっかの劇場か?…まァ、好きにやってくれ。俺たちは先に引き揚げさせてもらうぜ」
それまで沈黙していたキッドが鼻で笑いながらそう声を上げた。
一段落するまで邪魔をしなかったところを見ると、ある程度空気は読める人間らしい。
呆れを含ませた声だが、そこに突き放すような冷たさはない。
「もののついでだ。お前ら、助けてやるよ!表の掃除はしといてやるから安心しな」
そう言ったキッドの言葉は、ルフィとローの高いプライドを刺激した。
遅れを取ってなるものかと歩き出す二人の背中に向かって走り出すコウ。
「ローさん、私も行く!」
そう声をかけると、彼は歩きながら腕を差し出してくれる。
トン、と床を蹴った空中で猫へと姿を変え、腕を足場にその肩に着地した。
「おい、コウ。フードに入るな。首が絞まる」
「あ、ごめんなさい」
素直に謝ると、大きな手がコウの頭を撫でる。
彼の肩に爪を立てないようにバランスを取り、前を見据えた。
わらわらと壁を作っている海軍の量に、大きな目を更に大きくする。
「何があったの?凄い騒ぎになってる気がするんだけど…」
「麦わら屋が天竜人をぶっ飛ばした。俺たちは共犯者扱いだ」
「天竜人…って、何だっけ…?人間?」
「…後で聞いとけ」
説明したと思うのだが―――いや、していなかったか?
よくまぁ、連中絡みの問題を起こさなかったものだ。
運の良さは折り紙つきだなと思う。
「右から“3億”、“3億1500万”、“2億”の首です!ついでに、あの黒猫も“6000万”の賞金首です!」
海軍の一人からそんな声が聞こえ、コウはえ、と呟く。
そして、やや驚いたようにローを見た。
「…え、私も賞金かかってたの?初耳なんだけど」
「前の島で盛大に暴れただろ」
「聞いてないよ!」
「新聞くらい読めって言ってるだろうが。―――落ちるなよ」
迫撃砲が撃たれるのを見て、ローが臨戦態勢を取る。
落ちないようにと、厚みのある帽子に少しだけ爪を立てた。
「“ROOM”!!」
低い声と共に、サークルが生み出された。
船長たちだけでなく、仲間も参戦し、三つの一味はそれぞれが別の方向へと進み出す。
すれ違いざまに、ローがおい、とロビンを呼んだ。
「後でコウを連れて行く。どこに行けばいい?」
「…13番GRよ。そこで落ち合う事になっているわ」
「わかった。麦わら屋にも伝えておいてくれ。少しでいいから動かずに待ってろってな」
足を止めた彼女にそう言うと、ローは会場の方へと戻っていく。
その肩に乗ったままのコウがロビンを振り向き、よろしく、と声を上げた。
ロビンはそんな彼らの背中を見送り、やがて仲間と共に会場に背を向けた。
―――13番GR。
「ルフィ。トラファルガー・ローからの伝言よ」
「何だ?」
「“後からコウを連れて行く。少しでいいから動かずに待ってろ”ですって」
彼が言っていた事を伝えると、ルフィは「そうか!」と喜びを露にした。
そんなルフィを見て、神妙な表情で話しかけるナミ。
「ルフィはあの子を仲間にしたいと思っているのよね?」
「ああ!約束だからな!一緒に海に出ようって言ったんだ」
「でも…あの子はもう、仲間を見つけてるわ。歩き出したあんた達を見て、彼女は迷わず彼を選んだもの」
ルフィは何も言わず、麦わらを前に下げた。
その様子を見て、気付いていなかったわけでないのだと知る。
「お前がずっと探してたのは皆知ってるけどな…あの子は、無理だろ」
ルフィの気持ちがわからないわけではない。
ずっと、行く先々で彼女の姿を探していた事を知っているだけに、言い難いのも事実。
けれど…彼女は、恐らくルフィを選ばない。
選べない、と言うべきだろうか。
既に、二人は別々の道を歩き出してしまっているから。
「トラファルガー・ローも随分と彼女を大切にしているわね。
そうでなければ、この状況であなたの元に連れてくるとは言えないわ」
海軍から逃れる事よりも、限りある時間の中でコウをルフィに会わせる事を選んだ。
それだけでも十分なのだろう。
「…あぁ、わかってる。………コウ次第だ」
ここに居るメンバーを誘った時のような強引さはどこにもない。
ルフィ自身が納得できてしまうほどに、彼女は彼らの中に溶け込んでいたのだろう。
けれど、昔からの約束が、最後の砦となって立ち塞がっている。
彼女が望んでくれるならば、一緒に旅をしたい。
言いたい事も聞きたい事も、山のようにあるのだ。
まだこの場に来ていない彼女は、果たしてどんな答えを出すのだろうか。
09.10.05