Black Cat
ハートの海賊団
「ねぇ、レイさん。私、世界中の平和を願うような博愛主義じゃない。
でも…これは、何だか違うんじゃないかって思うんです」
海賊として、おかしい感覚でしょうか。
コウは引きずられていく人を見つめながら、そう問いかけた。
誰かの答えがほしかったのか、彼の答えがほしかったのか―――どちらだろうか。
「海賊としては中々興味深い感覚かもしれないが―――人としては、そう感じるべきだと、私は思う」
助けようと思うかどうかは別として、感じる事が大切なのだと。
彼は笑顔を浮かべて、そう答えた。
そうですか、と答えたコウの表情もまた、とても穏やかだ。
この人に会えてよかったと、素直にそう思う。
「所で、さっきから随分会場が騒がしいですね。
…何かあったんでしょうか。見張りの人もいなくなりましたし」
「人の集まる場所は、得てして色々な事が起るものだ。まぁ、この混乱に乗じるのも悪くはない」
「?あれ、レイさん…あなた、錠は…?」
彼はコウの疑問には答えなかった。
代わりに、木箱に腰掛ける彼女の前に膝をつき、首輪に手を伸ばす。
無理に外そうとすれば爆発するものだと知っているだけに、思わず肩を揺らしてしまった。
「じっとしているといい。すぐに終わる」
条件反射的に身を固くしたコウは、じっと彼の行動を見つめていた。
ピピピピ…と音を立て始めたそれ。
程なくして、首元がそれから解放された。
彼がコウから外した錠を檻のドア部分に向けて放り投げる。
相変わらず鳴り続けていたそれは、やがて時間を迎えたのか、ドアにゴンと触れた所で爆発した。
「何もなしに、すごい…」
「手足の錠も外すかね?」
「や、大丈夫です」
そう答えたコウは、シャッと爪を伸ばし、鋭いそれで手首の間を繋ぐ鎖を切断する。
続いて手首の枷も外し、足も自由になった。
余談だが、何をどう鍛えたのか、彼女の爪は金属すら切断する切れ味だ。
立ち上がってぐぐっと伸びをした彼女は、彼に向き直ってぺこりと頭を下げる。
「ありがとうございました」
「何、構わんよ。年寄りの無駄話に付き合ってくれた礼だと思ってくれ。さて、巨人くん、今度は君の番だ」
彼が巨人の彼に向き直るのを見届け、さて、と腕を回す。
チリンチリンと自らを主張する鈴を見下ろし、赤いリボンを腕から解いた。
銀の鈴を前に、リボンの両端を首の後ろへと回して、手慣れた様子でそれを結ぶ。
やはり、これの定位置はここだと思った。
「コウー!!」
声が聞こえて、コウはパッと顔を上げた。
声のした方を向くと、手を振りながらこちらに駆けてくるベポの姿が見える。
「ベポ!!皆も一緒?」
「もちろん!ここに来るって言ったのはキャプテンだからね!」
「そっか。やっぱり、わかってくれたんだ」
自然と表情に笑顔が浮かぶ。
壊れたドアの残骸を蹴飛ばしてから近付いてきたベポは、コウの首元を見てあれ、と首を傾げた。
「首輪は?」
「あの人が外してくれたの。ね、表で何が起こってるの?」
「色々とあったんだよ!とにかく、一緒に行こう!!」
そう言ってコウの手を取って走り出すベポに、彼女は檻の中を振り向いた。
既に巨人から離れている彼は、何やら倉庫内を物色しているようだ。
彼ならば、コウがいなくても何も変わらない。
そう納得すると、彼女は引っ張られるのをやめ、ベポに合わせて走り出した。
正規のルートで倉庫から会場へと回ったコウ達。
倉庫から会場へとまっすぐに突っ切った彼らに遅れる事数秒、二人が会場へと到着した。
階段形式になった座席。
その中をざっと見まわしたコウは、即座に彼らを見つけた。
途端に、彼女は座席の一つを蹴り、ふわりと飛ぶ。
時間を止めるような柔らかい跳躍で、十数列の席分の距離を一気に越える。
着地に巻き込まないために少し離れた位置に下りた彼女は、足をつけると同時に走り出した。
「ローさん!!」
オークションの裏側を見ていた所為だろうか。
彼らの姿を見ると、とても安心して―――同時に、感情が溢れた。
勢いのままに突進するように彼に飛びついてみたけれど、難なく受け止められる。
「三日ぶりだな、コウ」
「うん。皆も!」
笑顔の彼女に、この三日間彼女を探し続けていた仲間もまた、安堵の笑顔を零した。
人の姿だと言うのに喉を鳴らしそうな様子の彼女に、ローは僅かに口角を持ち上げる。
怪我をしている様子もなく何よりだ。
「首輪はどうした?」
「あの人が外してくれたの」
「そうか。―――感謝する」
あの人が、とレイリーを振り向くコウに、ローの視線が彼を見る。
「礼ならその娘さんから聞いている」
恩を着せる様子など微塵もなく、彼はそう笑った。
「ところで、コウ」
「うん?」
「落ち着け。で、ゆっくり周りを見ろ」
そう言われて、とりあえず深呼吸をひとつ。
それから、彼の言うように周りへと視線を向けた。
そこで見知った顔を見つけ、あ、と声を上げる。
「…どうも」
「よぉ、黒猫。無事飼い主の所に帰れたらしいな?」
猫の姿しか見せていないはずだが、相手も自分があの黒猫だとわかっているらしい。
そんな二人のやり取りに、ローが呆れたように溜め息を吐き出した。
「…コウ、お前いつの間にユースタス屋と知り合った?」
「いやー…色々と」
はは、と笑って誤魔化した彼女は、周囲の状況把握を思い出す。
再び視線を動かし始めた所で、あれ、と思った。
黒髪の女性と、オレンジ色の髪の女性が、驚いたように自分を見つめている。
どこかで見た事のある顔だ。
半年ほど前…確か、ローに渡された手配書で、見た、顔―――麦わらの一味。
ドクン、ドクン、と心臓が煩く跳ねる。
―――まさか、まさか、まさか―――!?
緊張する手が何かに縋ろうとして、ローのシャツの裾を掴んだ。
視線を動かして、そして。
「―――ルフィ…?」
精一杯の声は、掠れるほどに小さかった。
09.10.03