Black Cat
ハートの海賊団

―――うん、まぁ…こんな事だろうとは思ったんだけどね。

手首を持ち上げれば、ジャラ、と耳障りな金属音。
首に付けられているそれも、鬱陶しい事この上ない。

「信じたわけじゃないからいいけど…世の中、わからないものだよねぇ」

あんな人の良さそうな顔をして、人攫いだと言うのだから、世の中は随分と醜いものだ。
尤も、海賊船に乗るコウも、ある意味では正義とは言えない場所に居るのだけれど。

「随分と落ち着いたお嬢さんだ」
「ん?」

ふと聞こえた声の方を向く。
振り向いた先に居た男性に、あれ、と思った。
どこかで見たような気がするけれど、どこだっただろうか。

「どこかでお会いしました?」
「いや…君と会ったのは初めてだろう」

なるほど、知り合いと言うわけではないらしい。
では、どこで?
首を捻る彼女に、老いた男性が笑う。
老い独特の弱さはなく、笑顔ですら精悍さを滲ませている。

「まぁ、いいか」

うん、と納得し、コウは壁に凭れかかった。
今日は一日逃げ回っていて、満足に休んでいない。
少しの間でも休んで体力を回復しておかなければならない。

「不安ではないかね?」

男性の問いかけが耳に届く。
不安―――ここにきて、一度でもそれを感じただろうか。
答えは、否。

「いいえ。仲間を待っているだけですから」

ローと言う人は、自分よりも遥かに出来の良い頭脳の持ち主だ。
きっと、自分の行動などお見通しだろう。
それならば、彼は必ずこの会場に来てくれる。
それは、信頼で築かれた確信だった。

「…良い眼だ。仲間を信じているね」

素晴らしいことだ、と男性が笑う。
あぁ、思い出した。
彼を見たのは、写真だ。
シャボンディ諸島に来る前に、暇だと言ったコウにローが渡した本。
歴代の名高い賞金首を載せた本の中に、彼は居た。

「あなたは―――」
「おっと、是非ともここでは“レイ”さんと呼んでくれ」

悪戯に微笑む彼に、コウはクスリと笑い、はい、と頷く。
既に第一線を退いた者、思うところがあるのだろう。
素直に頷いた彼女に、彼は良い子だ、とその頭を撫でてくれた。
無骨で、けれども優しくて大きな手は、シャンクスを思い出させる。
視線を落とせば目に入る赤いリボンと、銀色の鈴。
首と手首に枷を嵌められていて、擦り切れる事を恐れたコウはリボンを腕に移している。
それを見て、コウは気付いた。
ローと出会う前は、一人で不安だった時、いつもシャンクスやルフィとの記憶を思い出していた。
攫われて、狭い部屋に閉じ込められて、独り、記憶に縋り付いていた過去。
それなのに、今回、常に頭に浮かんでいるのは、仲間だと言ってくれる彼らだった。

―――あぁ、自分も、変わったんだな。

悪い変化ではないけれど、過去とのある種の決別は、少しだけ寂しいと感じる。
それはきっと、彼らが記憶だけの存在になってしまっているから。
彼らと再会する事ができれば、その時はきっと。
微笑んだ彼女に答えるように、チリン、と鈴が鳴った。















「キャプテン、聞いてきた」

既に席についていたローの元に走り寄ってきた仲間の一人がそう声をかけた。
どうだった、と問うまでもなく続ける彼。

「見つけたぞ」
「本当か!?」
「あぁ。黒髪猫目の若い女の子だとよ。赤いリボンがよく似合ってたそうだ」

決まりだな、その場に居た全員がそう思った。
どうせなら客員として会場入りしていてくれると、もっと良かったのだが。
それでも、この広い諸島の中で逸れた彼女を見つけられたのだから、文句の言いようもない。

「で、どうするの、キャプテン」

買うの?と問いかけるベポ。
ローは長い足を組みなおし、僅かに口角を持ち上げた。

「さぁ、どうするかな」

この場合の選択肢は、二つだ。
その中に彼女を放っていくと言うものはない。

一つはこの場所のルールで彼女を買う事。
元々は仲間である彼女を買うという事に抵抗を覚えるが、一番平和に解決できるだろう。

もう一つは、海賊のルールに則って、欲しいものは奪っていく事。
この場合、奪うならば本来は爆破装置付きの首輪の存在を忘れてはならない。
だが、彼らに限っては、その心配はなく、奪おうと思えば心置きなく奪える。
諸島の位置を考えると、派手に騒ぎを起こせば本部の海軍を呼び寄せる恐れがあるけれど。

そして、最後の一つは…彼女を買った者から奪う。

――― 一瞬でも他の者の手に渡った事になるから、却下だな。

思い浮かんだ選択肢を即座に取り消した。

「ま、のんびり考えるか」

オークション開始までは、まだ少し時間がある。
さて、どうしようか―――高い天井を見上げ、小さく笑みを浮かべた。

09.10.02