Black Cat
ハートの海賊団

「シャボンディ諸島?」

憩いの場であるリビング的な部屋の中で本を読んでいたコウ。
どちらかと言えば肉体派である彼女は、あまり好んで本を読まない。
暇があれば昼寝をしている彼女の膝の上に分厚い本がある光景は、少し珍しかった。
そんな光景を目にした一人、この船の船長は彼女の向かいで、彼女と同じく本を読んでいた。
本の内容には明らかな差があったけれど、そこは大した問題ではない。
ふと、彼が思い出したように次の航路の話をしてくれた。
少しだけ集中力が途切れてきていたコウは、本を閉じて彼の話に聞き入る。

「あぁ」
「次の島なの?」
「島と言うか…まぁ、実際に見ればわかる」

ロー自身も自分の目でそれを見たわけではない。
知識として得ているものはあるけれど、あえてそれを一から十まで教える必要性は感じなかった。
最低限の事さえ教えていればそれでいい。
後は、彼女自身が自由に感じればいいのだから。

「迷子になるなよ。鈴の音くらいじゃ探せないくらい広いからな」
「ふぅん…広いんだ」

興味があるのかないのか判断のつきにくい声色でそう呟く彼女。
リビングから見える窓の向こうの水平線に、次の島が小さく映っていた。














不可抗力。
そんな言葉がコウの脳裏に浮かぶ。
毎度毎度、迷子になっているわけではない。
最近はきちんとローもしくは他の仲間と行動を共にするようにしていた。
それに、彼に貰った鈴のお蔭で、離れそうになれば仲間が気付いてくれていたのだ。
そのお蔭で、最近三つの島では、彼女が逸れる事は無かった。
元々、方向音痴というわけでもない彼女は、気をつけてさえ居れば迷子になどならない。

「…これって、私の所為じゃないよね、うん」

不可抗力だよ、と呟いた。
逸れないようにちゃんと注意していたし、彼らの目の届くところに居たのだ。
ただ…タイミングが悪かった。
丁度店の商品の入れ替えの業者がわらわらと列を成し、コウの前を通り過ぎたのだ。
人壁の向こうの仲間には、彼女の鈴の音どころか、声も届かなかった。
最後尾の男がコウの前を通り過ぎた時には、仲間の姿は見当たらなかった。

「…まぁ、本当にやばくなれば船に戻ればいいんだし…」

このまま、探索を続行しよう、と決めてしまう。
すぐに船に戻って居ればよかったと―――後に、この決断を後悔する事になるのだけれど。













「キャプテーン!!」

遠くから声がした。
店を覗いていたローが身体を起こす。

「どうかしたのか」
「コウが逸れた!」

またか…と帽子をかぶりなおす。
慌てた様子から何となく予想はしていたけれど、こんなにも早いとは思わなかった。

「おや、お仲間が逸れちまったのかい?」

店番の女がそう声を上げる。
ああ、と答えると、彼女はこう続けた。

「男かい、女かい?」
「女だ!こんくらいの背で―――」

コウの容姿を説明した仲間に、女はふぅん、と煙草を噛んだ。

「…女の子、ねぇ…。その子、強いかい?」

女は仲間ではなく、ローに問いかける。

「弱くはない」

町娘とは比べ物にならないだろうけれど、海賊としては中の上程度だろう。
ローの言葉に、女は真剣な表情を見せた。

「なら、早く見つけてあげな。能力者なら、尚更だよ」
「能力者なら何か問題があるのか?」
「1番GRで、月恒例の人間オークションが行われる。
人攫チームの連中は時間ぎりぎりまで掘り出し物を探してるからね」

それ以上の説明は要らない。
ローの視線一つで方々へと走り出す仲間たち。
彼らがコウを見つけるのが先か、人攫の連中がコウに気付くのが先か。
ふぅ、と溜め息を吐き出して、ポケットから取り出した小金を店の机に置く。

「お兄さん、何も買ってないじゃないか」
「情報料だ。感謝する」

そう言って、踵を返して歩き出す彼。
女はピンッとベリーを弾き、口元に笑みを浮かべた。

「手遅れにならなきゃいいけどね」













「――――…」

視線を感じて振り向いた際に、黒猫が居た。
首に赤いリボンを巻いた、見るからに上等な毛並みの猫。
一目見ただけで、それが野良ではないとわかる。
そして、その小さな身体に纏う空気が、飼い猫ではないと教えていた。
猫が身体を動かし、リン、と鈴が鳴る。

―――どこかで見た顔だな。

猫なんてどれも同じと思うけれど、この猫は違う。
男は、自身の記憶を探った。

「何だァ、猫。俺に言いたいことでもあんのか?」

まるで人に対するように、少し凄んでみた。
普通の猫だったならば、毛を膨らまして逃げたかもしれない。
しかし、その猫は気にした様子もなく、くぁ、と欠伸をして見せた。

「…いい度胸だな」

男が手を持ち上げ、指をゴキ、と鳴らす。
すると、今まで伏せるようにして男を見下ろしていた黒猫が、ピクリと耳を動かして立ち上がった。
その様子からして、男の行動に怯えたわけではなさそうだ。
やがて黒猫は屋根を越えてどこかに姿を消した。
それに入れ替わるようにして、向こうから数人の男が走ってくる。

「見つけたか?」
「いや、居ない!」
「くそ…っ。黒爪のコウだ!海軍に突き出せば6000万だぞ!!何としても探せ!!」

そんな事を怒鳴りながら走り去っていく男たち。

「…黒爪、か」

ここ最近、手配書で見た名前だ。
なるほど、と思う。
道理で、普通の猫ではないと感じるわけだ。

「キッド、どうかしたのか?」
「いや…面白い猫を見つけた」

怯えるどころか真っ直ぐに自分を見つめた眼が、彼…キッドの脳裏に甦る。
キッドは仲間の疑問に答えることなく、小さく笑い声を上げた。

09.09.08