Black Cat
ハートの海賊団
コウがハートの海賊団の仲間入りをしてから2ヶ月と少し。
一行は、五つ目の島へと辿り着いた。
船番を残して各々が好きに町へと繰り出していく。
碇泊の準備を手伝っていたコウは、少し遅れるようにして甲板に出た。
そこで、見慣れた背中が桟橋を歩いてくのを発見する。
「ロー船長ー!」
間延びした声を上げながらその背中を呼び止める彼女。
その声に気付いたのか、ローが振り向いた。
彼が立ち止まってくれたのを見届け、コウは梯子に向かわず、その場で船の縁に足を掛ける。
ぐっと足に力を入れて、跳んだ。
軽やかな跳躍を見せた彼女は、そのままローのすぐ後ろに着地する。
ブーツであるにも関わらず彼女は殆ど足音を立てることなく、見事な着地をして見せた。
「…梯子を使え」
「この方が早いし…それに、ベポも」
そう言って彼女が指差した場所に、一回り大きな影が降り立った。
こちらもまた、身体の大きさに似合わず、軽やかな着地。
そのまま歩き出そうとしたベポは、自分を見ているコウとローの視線に気付いた。
「キャプテン達、行かないの?」
その言葉に、ローははぁ、と溜め息を吐いてから、先に行けとばかりに手を振った。
大して気にしていなかったのか、ベポは二人を残して町へと歩いていく。
「船長、どこに行くの?」
「本屋だ」
「ふぅん…。一緒に行っていい?」
「好きにしろ」
素っ気無い答えだけれど、これが彼の普通なのだと知っている。
ありがとう、とお礼を告げてから、歩き出した彼に続いた。
本屋で数冊の医学書を購入し、インクが切れそうだということを思い出した。
ついでに雑貨屋も寄るか、とコウを連れて通りを歩いていたところまでは良かったのだ。
活気のある町中にはそれなりに人の通りもある。
「コウ、逸れるなよ」
二歩分ほど後ろを付いてきていた彼女を振り向きながら、そう言った。
そう、彼女に向けて、そう言った―――筈だった。
しかし、振り向いた先に、彼女の姿はない。
「……………」
どうやら、既に逸れた後らしい。
溜め息を吐きながら、目指していた雑貨屋へと足を運ぶ。
子供ではないし、彼女は方向感覚も悪くはない。
船には帰れるだろうと判断して、ローは彼女を探そうとはしなかった。
実のところ、彼女がこうして途中で消えるのはいつものことだ。
村を出てから船に監禁されていたコウにとって、外の世界はとても魅力溢れる場所らしい。
ついそれに気を取られ、ついでに身体がふらふらとそちらに寄っていって―――結果、逸れる。
初めの一、二回は探してみたが、三回目からは「逸れたら船に帰れ」と言って放っておくことにした。
今回も船に帰っているだろう―――面倒に巻き込まれていなければ。
そんな事を考えながら、ローは雑貨屋の扉を押し開く。
カランコロン、とベルが音を立てた。
「いらっしゃいませー」
店員の声を聞きながら、目当ての物が置いてある棚へと移動する。
運良くいつものメーカーのそれを見つけて手に取ったところで、隣の棚の品が目に入った。
「………」
何となく目についたそれを手に取る。
少しの間それを見下ろしていたローは、そのままレジへと歩き出した。
見慣れた船の傍に帰ってくると、気付いた仲間の一人が大きく手を振った。
「船長~!!西の港に海軍の船を発見!!」
「そうか。ログはどうだ?」
「溜まってます!」
「食品の補充班は戻ってるか?」
「ここにいます~!!」
次から次へと返事が返ってくる。
この分ならば、出発の準備を始めても問題はなさそうだ。
「忘れ物なく準備しろ。1時間だ」
「了解、船長!!」
元気の良い声が船から返ってくる。
だが、その中に女物の声がないことに気付いた。
準備のために船のあちらこちらに散った仲間の一人を捕まえる。
「あいつはどうした?」
「え?あぁ、コウか?えーっと…おい、コウを見たか?」
声を掛けた彼は知らないらしい。
もう一人を呼び止めたが、返ってきた答えはNOだ。
「いや、お前こそどうなんだ?」
「俺も見てねぇなー…」
「……船長、まだみたいっす」
「…まったく、あの猫娘は…」
振り向いて報告してくる仲間たちに、ローは呆れたように溜め息を吐き出した。
いつの間にか準備のために走っていた全員が甲板に集まってきている。
彼らのやり取りを聞いて、そう言えばコウがいないじゃないか、と気付いたらしい。
「キャプテン、探してこようか?」
「いや、お前らは出港準備だ。すぐ戻る」
船を見上げるようにして会話をしていたローは、荷物だけを預けてくるりと踵を返す。
町へと戻る彼を見送り、仲間たちは出港準備を急いだ。
カラ、コロ、カラン、と愉快な音が鳴る。
水の力を利用したカラクリが、時刻を知らせる音を奏でているのだ。
ほぅ、と目を奪われていたコウは、背後から近づく気配に気付かなかった。
「おい」
そう声を掛けられ、ビクン、と肩を揺らして振り向く彼女。
サラリと黒髪が揺れた。
「あ、船長。どうしたの?」
「自覚のねぇはぐれ猫を迎えに来た」
「…私?」
「他に誰がいる?逸れたら一旦船に帰れって言っておいただろうが」
「………あれ?もう時間?」
出航は夕方だと聞いていたから、まだ時間はあると思っていたのに。
首を傾げる彼女に彼は本日何度目かの溜め息を吐き出した。
「西の港に海軍の船を見つけた。準備が出来次第出航だ」
「そっか。ね、あの時計の音が終わるまで…駄目?」
水のカラクリ時計が気に入ってしまったらしい彼女は、小首を傾げてそうねだる。
小さく息を吐くその仕草が了承のそれだと知っている彼女は嬉しそうに笑い、時計に向き直った。
ローは、その小柄な背中を見つめ―――思い出したように、彼女の首元に揺れる赤いリボンの端を掴む。
「ロー船長?」
「盗らねぇから、黙って時計を見てろ」
リボンは人によっては触れられるのも嫌な、一番の宝物だ。
けれど、コウはそれを解かれていることに気付きながらも、止めようとはしなかった。
それは、彼を信頼しているからに他ならない。
解いたリボンにある物を通して、再びコウの首に引っ掛ける。
そして、結び目を後ろにして、リボン結びをした。
チリン、と首元から音が鳴り、コウは時計から視線を外す。
「…鈴?」
「足音がない上にすぐ消えるからな。それでも付けとけ」
そう言うと、彼は港へと歩き出す。
既に、カラクリ時計の音は止んでいた。
慌てて彼に続いて走り出すコウ。
「ローさん、これ…ありがとう!」
「鈴をつけられて嬉しいのか、お前は」
「うん!宝物が二つになったみたい!」
屈託なく笑う彼女は本当に嬉しそうだ。
彼女が動くのにあわせ、リボンと一緒に揺れ動く鈴がチリン、と音を鳴らす。
相変わらず足音は聞こえないけれど、その音が彼女がそこにいることを教えてくれていた。
09.06.29