暗号解読シリーズ
やりたいことがあります。
イルミにそう告げたのは、彼が「ヒソカから連絡を受けた」と告げたからである。
ケータイを片手にそれを聞いたイルミは、静かにそれを置いた。
話を聞く、という姿勢であると気付き、コウ自身も居住まいを正す。
何から話せばいいのか、何を話せばいいのか。
悩んだ末に、コウはこう切り出した。
「クロロさんの所に、行ってもいいですか?」
「…理由は?」
「………私に、できることをしたいと…そう、思って」
パクノダはコウが背負う必要はないと言った。
全ては自分の決めたことなのだと。
彼女にそう言われて、例え自分が未来の一部を知っていたとしてもそれでいいのだと思った。
心が軽くなったことも事実だ。
しかし、それでも―――ふとした時に、考えてしまう。
彼女の優しさを知ってしまったから…一方的かもしれないけれど、友人として。
彼女に、死んでほしくないと。
ギュッと、膝の上で拳を握りしめるコウ。
彼女の向かいに座っていたイルミは、ちらり、とケータイに視線を向けた。
ヒソカからのメールには、少しの間自分の振りをして蜘蛛のアジトにいてくれないかというものだ。
しかし、内容はそれだけではなかった。
―――コウがもし来るのなら、彼女には覚悟をさせた方がいいよ。相手側にも彼女が知っている人間がいる。
それが誰なのかは、イルミにとってはさして大きな問題ではない。
状況によっては、コウがその知人を手にかける恐れがあると言うことだ。
彼女が身に着けているイルミのピアスは、彼女の意思を必要としない。
寧ろ、彼女の理性とは真逆に位置するものである。
チャリ、とピアスが小さな音を立てる。
近付いてきたイルミの大きな手が頬を撫でながらピアスに触れるのを、コウは不安げな表情で見つめた。
「これ、付けていてくれる?」
「え…?あ、はい。外すつもりはなかったんですけれど…」
すごく気に入っていますし、と答える彼女の表情には困惑の色が見えた。
「俺の念が使ってあって…
コウが命の危険を感じたら、コウ自身のリミッターが外れるよ」
「っ!!」
彼から告げられたその言葉に息を飲む。
今まで、本能的な恐怖を受けた時に、ピアスがチリチリと熱く痛む感覚を覚えていた。
もしかして、それがその前兆だというのだろうか。
―――どうして?
コウはこのピアスを自分に与えた理由を問う、その言葉を飲み込んだ。
理由なんて決まっている。
命の保証などされないこの世界において、コウが生きるためだ。
死なせない。
そう言った自分との約束を、守ってくれているのだろう。
「―――、夢、に…」
夢に、見るんです。
震える唇からか細い声が零れる。
「四次試験、の…試験官を、私………わたし、が―――」
全ては夢なのだと、そう思い込むように、自分に言い聞かせていた。
何度も何度も何度も、繰り返し言い聞かせて、浮かんでくる「もしかして」という考えに蓋をした。
ポロリ、と零れ落ちた涙が、次から次へと溢れ出す。
いつの間に移動してきたのか、隣に腰掛けたイルミがコウの身体を抱き寄せる。
その胸元に顔を寄せ、声をかみ殺して泣く。
本当は―――きっと、わかっていた。
だって、こんなにもはっきりと感触を覚えていることを、気のせいだなんて思えない。
でも、それでも―――相手からの殺意を理解したとき、怖かったのだ。
死にたくないと、そう強く感じたから。
ポドロを助けたかったのも、奪った命に対する罪悪感への償いだったのかもしれない。
今、パクノダを助けたいと思う気持ちも、あるいはそこに由来するのだろうか。
「それでも―――付けていてくれる?」
その声はどこまでも静かだ。
一切の感情をそぎ落として、ただ告げられる言葉。
その中に、どれほどの感情が籠っているのか―――気付かなければ、嫌だ、と言えたのかもしれない。
でも、コウはすでに知っているのだ。
感情を表に出せない不器用なこの人が、自分だけに向けてくれる想いを、切なる願いを。
「………外して、ほしいときは…別のを、ください………それまでは、外しません、から」
「…うん、わかった」
涙に濡れた視界で見上げた彼の表情が、安堵の色を浮かべていたのは、自分の気のせいだろうか。
頬を包む温かい手の平に擦り寄れば、硬い親指が目じりに残った涙を拭っていく。
こうしてこの熱に触れてしまえば、気付いていない振りなんて無意味だと痛感する。
こんなにも逸る鼓動を、こんなにも安らぐ心を、なかったことになんて出来ないのだ。
気付かないほどに人の心にも自分の心にも鈍感でいられたなら、最後の一歩を踏み込まずに済んだだろうか。
けれど、もう遅い。
「(私は、この人を―――)」
「…そう言うことだから―――コウに代わる」
そう言って、通話中のケータイが差し出される。
それを受け取って、できるだけ鼻声にならないように気を付けながら、口を開いた。
「もしもし、クロロさん」
『どうした?イルミに泣かされたか?』
「………あなたっていう人は、どうして―――」
気付いてほしくないところに気付くんだ!
その言葉を飲み込んで、深呼吸を一つ。
「そんなことはどうでもいいんです。少しの間、あなたと一緒に行動してもいいですか?」
『ああ、イルミから聞いている。理由は“秘密”か?』
「…わかっているんでしょう?多少は」
『恐らくはパクノダ関連であろうとは察している』
お前はわかりやすい、と告げる容赦ない彼の言葉に、返す言葉は見つからない。
彼のような頭の良い人にとっては、自分の考えなんて筒抜けなのだろう。
『まぁ、いいさ。好きにするといい。イルミに戻してくれ』
そう言われ、ケータイをイルミへと返す。
「―――うん、そうだね。まぁ―――」
そこで、イルミの視線がコウへと向けられた。
一体どんな会話が為されているのだろうか。
「今回は、必要ないかもしれないけど―――もしものときは、頼むよ」
そう言って通話を終えたイルミは、ケータイをテーブルに置いた。
「夜が明けたら送っていくよ」
「ありがとうございます。何だか、我儘ばっかりで―――」
「これが?相変わらず、コウって欲がないよね。俺はコウが生きていれば、それでいいよ」
「あなたって本当に、私に甘いですよね…」
18.01.08