暗号解読シリーズ

ヒソカがトランプタワーを作る様子を隣で眺めていると、少し離れているところにいるクロロのケータイが鳴った。

「―――品物がない?」

仕事として出ているメンバーからの連絡であろう。
相手からの言葉を鸚鵡返しするクロロに、コウが視線を上げた。
彼の視線もまた彼女へと向けられ、数秒だけ視線が絡む。
しかし、コウが目線を落としたことにより、彼からのそれも消えた。
仲間からの情報により、自身の推察を述べるクロロの声が聞こえる。

「何か迷ってる?」
「………うん。でも言いませんよ」

着信と共に手を止めていたヒソカだが、作業を再開する。
そうして、隣のコウにしか聞こえない音量で問いかけられた言葉に、コウは頷いた。

「君は秘密が多そうだね」
「そうですね。正直、この場所にいるとお腹一杯です」

山のように抱えた秘密で、喉が詰まってしまいそうだ。
コウが一つでも選択を間違えると、別の誰かが死んでしまうかもしれない、そんな危険すら感じる。
そう考えると、できるだけ早く表舞台とは関わりのない所に消えてしまいたい。

「…早く仕事が終わらないかなぁ…」

行ってください、と背中を押したのは自分なのに、こういう時に頼りたいと思うのは、やはりイルミなのだ。
呟くように溜め息と共に零した言葉に、ヒソカがクツクツと笑った。
視線だけで理由を問えば、彼は楽しげに目を細める。

「それ、イルミに言ってあげればいいよ。喜ぶから」
「…………!?や、そういうつもりじゃなくて…!」

ヒソカに言われて、自分が先ほど零した言葉の意味を考える。
そして、まるで、仕事の遅い恋人を待ち侘びるような言葉だったと気付いた。
この場から逃れるための手段として呟いた以上の意味を持たないはずなのに、自覚により頬が熱を持つ。
そういう意味じゃない―――けれど、全く本心ではないとも言えないから性質が悪い。

「うん、知ってるよ。カワイイね」
「…ヒソカさん!」

からかってますよね!と口以外で発散できない羞恥心をトランプタワーにぶつければ、あっさりと崩れるそれ。
相変わらずクツクツと笑う彼は、崩れたカードを拾う。
そうしている向こうで、クロロのケータイの話が終わったらしい。

「―――ところで、僕は少し出てくるけど…」
「行きませんよ」
「だろうね。…君はどこまで知ってるのかなぁ」

トランプを手元から消し、改めてコウを見下ろす。

「“言いません”よ、何も」
「…うん、了解。それならそれでイイよ」

ヒソカはそう言って笑みを深めると、クロロと言葉を交わしてその場から立ち去った。










―――ピリリリ、とケータイが鳴った。

「わ、すみませんっ」

蜘蛛のメンバーが話し合いをしている最中に鳴り響く着信音。
ポケットの中で震えるそれに、音源が自分であることに気付いて慌てた。
慌ててそれを取り出しつつ、彼らと距離を取る。

「―――はいっ」
『終わったよ』

挨拶も何もなく、要件が伝えられた。
電話越しの声に、この場から逃れられると喜ぶコウは、そういう細かいことは気にしない。

「お疲れさまでしたっ。いつ戻れますか?」

自分でもわかる程度には浮かれた声だったと思う。

『………』

返ってきたのは沈黙で、おや?と首を傾げると同時に、気付いた。
一仕事終えてきた人に対して、すぐに迎えに来ることを要求しているような、厚かましさだ。

「あ、すみません。疲れていたら、ちゃんと待っ―――」
『すぐに迎えに行くよ。日付が変わる頃には着くから』

それだけを言うと、沈黙するケータイ。
既に通話が終わってしまった画面を見つめ、少し紅潮した頬を冷ますように手で扇ぐ。

「…イルミか?」
「はい!日付が変わる頃には来てくれるみたいです」
「そうか。ここを動く予定はないから、問題ないな」
「あ、場所を伝えないと…」

ハッと我に返ってメール画面を起動し、文面を打ち始めて気付く―――自分の現在地が分からない。
そんなコウの反応は想定内だったのか、助けを求める視線に笑みを返して手招きをするクロロ。
促されるままにケータイを手渡せば、彼は手早く入力を終えてコウにそれを返した。
受け取ったコウがそれを操作する傍らで、同じくケータイを持ったパクノダが顔を上げる。

「シャルナークがウボォーを攫った連中の情報を掴んだみたいよ」
「よし、俺も合流するか。ったく…ウボォーがってのはマジだったんだな」

聞いた今でも信じられねぇ、と言いながら、足元の瓦礫を蹴る。
見た目にも決してやさしいとは言えない風貌の彼、フィンクスとはあまり言葉を交わしていない。
横を通るときに視線を感じて顔を上げたけれど、目を合わせただけで彼は何も言わずに通り過ぎて行った。
細かいところまでは思い出していないが、攫われたウボォーギンは助けられた後もここには戻らない。

「あ、の…」
「あ?」

思わず声を上げると、フィンクスは名前を読んだわけでもないのに立ち止まって首を振り向かせた。

「何だよ?」
「……っ」
「何かあんのか?」
「…フィンクス、ガラが悪いわ。コウが怖がるでしょう」

正面からズカズカと近付かれ、声を失うコウに見かねたパクノダが溜め息交じりに間に入る。
彼からすれば苛めようとしたわけでも何でもなく、ただ普通に呼び止めた理由を問うただけだ。
だが、こうしてパクノダの隣で言葉を失う様子を見てしまえば、弱い者いじめをした気分であることも否めない。

「…力が、全てに勝るとは限りません。引くことも、勇気です―――命を、選ぶのであれば」
「ああ゛?」
「か、可能であれば…ウボォーギンさんに、そう伝えてください」

俺に言ってんのか、と食って掛かりそうな彼に、慌ててそう続ける。
そうすると納得できたのか、彼の怒りは一旦、収束したようだ。

「…ウボォーに?どういう意味だよ?」
「………」
「…ま、時間もねぇし、行くぞ。気が向いたら伝えてやるよ」

それ以上コウに絡む時間はないと判断した彼は、くるりと踵を返した。
ありがとうございます、とその背中に声をかけると、彼は一度だけ腕を上げて手をひらりと振る。
その背中を見送り、一仕事終えた後のようにぐったりとした様子で椅子に座り込むコウ。

「…良かったの?伝えてしまって」
「…効果があるとは思えないのが、本音ですけれど」

それでも、できる最低限のことはした、と自分に言い訳できる。

「―――そうか、ウボォーは戻らないんだな」
「っ!!」

呟くようなクロロの声にビクリと肩が震えた。
あのやり取りを聞けば、彼がそう判断するのも無理はない。
秘密だと言いながら、その場に立ってしまえば伝えずに送り出すことはできず、この様だ。
自分の行動に矛盾を感じながらクロロの方を振り返るが、それ以上追及はするつもりはないようだった。

17.09.01