暗号解読シリーズ
「ああ、そういえば…明日、女を一人、ここに連れてくる」
「女?新しい団員か?」
「いや、そのつもりはない。それなりの使い手ではあるが、普通の女だ―――本人曰く」
思い出したように口角を持ち上げるクロロに、団員らが首を傾げる。
いつになく機嫌がいいと感じるのも無理はないだろう。
「団長にそこまで言わせるなんて、どんな女性?」
「強ぇのか?」
「あぁ、喧嘩を吹っ掛けるのはやめてくれ。ゾルディックとの全面戦争は避けたい」
「―――もしかしてその女って、前に話してたゾルディックの嫁?」
「もしくは、トレゾールの秘蔵っ子」
返事はないが、クロロの笑みが深まったことが、その答えだった。
「初めまして―――ではない方もいますけれど。コウと言います」
ぺこりと頭を下げるその様子は、少なくともこの場のメンバーの中では馴染みのない様であった。
普通、あるいは一般人という言葉が相応しいであろう風貌の、女性。
クロロからの事前情報がなければ、一体何事だと頭を悩ませたはずだ。
いや、事前情報を得ているからこそ、何故こんな女性が、と悩む部分もある。
「一応、蜘蛛預かりと言うことにはなる。基本的に俺の傍に置いておくが、何かあれば頼む」
「あ、すみません」
以上だ、と解散を告げるクロロに、慌てたように口をはさむ。
「トレゾールのケーキを持ってきています。良かったらどうぞ。キッチンありますか?」
「あぁ、そうだったな。すまない。向こうにある」
「案内ついでに手伝うわ」
クロロとコウの会話の中に名乗りを上げたのはパクノダだった。
ごく自然な申し出は、さすがは女性と言ったところか。
「ありがとうございます」
「パクノダよ。ついてきて」
「あ、召し上がる方は残っておいてもらえると助かります」
そう言い残し、コウはパクノダに連れられてその場を後にした。
数人はこの場を去り、数人は残ってクロロへと視線を向ける。
「随分と面白い感じだね、あの子」
「だろう」
「イイ感じに鍛えられてるな。それなりに強いんじゃねぇか?」
「まぁ、イルミが…いや、ゾルディックが認める程度には強い」
へぇ、と感心する声が上がる。
ところで、そう話を変えたのはシャルナークだ。
「あの子、情報が全然探れないんだけど…団長、何か知ってる?」
「………さぁな」
「意外とキッチンは綺麗なんですね。覚悟をしていたんですけれど」
「ここで料理をするメンバーもいるわ。コーヒーがいいかしら?」
「あ、良かったら私が淹れますよ。コーヒーと紅茶、緑茶を持ってきたんですけれど」
「あら、そう?じゃあ、お願いするわ。コーヒーが多いしいと団長が絶賛していたから」
ケトルを湯にかけた後はその場をコウに譲り、受け取ったケーキの箱を開く。
中からは数種類のケーキやプリンが並んでいた。
「美味しそうね」
「店長におすすめを詰めてもらいました。口に合うと良いですけれど…」
「大丈夫よ。たまに団長が土産として持ち帰っていたから、好きなメンバーもいるわ」
「あぁ、そういえば何度か。あ、そのケーキは―――」
「私がもらっていい?」
コウの声に重なる第三者の声。
しかし、その声を聞いたコウがぱっと笑顔を浮かべた。
「マチさん、お久しぶりです」
「本当にね。暫く顔を見なかったと思ったら…昨日クロロから聞いて、驚いたよ」
いつの間にやってきていたのか、キッチンの入口の所で壁に背を預けたマチがひらりと手を振った。
その表情にはいつものツンとした空気はなく、どちらかと言えば穏やかと表現できる。
「あら、二人は知り合いだったの?」
「はい!お店の常連さんで、よくお話ししていたんです。あ、このケーキは新作で、マチさんにって」
「ありがとう。会うのは久しぶりだけどね。ところで―――あんた、ヒソカとも知り合いなんだってね」
「あぁ…ヒソカさんも常連さんですよ。会ったことありませんでしたっけ」
「幸運なことにね。昨日の反応で、気付かれたみたいだけど」
心底不快だと表情をゆがめる彼女に、仲が良くないんだろうか、と首を傾げる。
それを尋ねることすら憚られるような表情で、思わず口を噤むコウにパクノダが助言をはさんだ。
「ヒソカは特殊だから。マチは気に入られているから、尚更ね」
「…ヒソカさん、優しいですけどね」
「コウ、あんたは騙されてる」
「あまり人を信用するものではないわよ」
間髪容れずに二人からそう言われてしまった。
「ところで、コウ。それって」
大体の準備が終わって、後は飲み物を淹れるだけ。
そんな状況でマチが指さしたのは、コウの手元。
「あ―――はい。もらってしまいました。無防備らしいです、私」
「そこは全面的に肯定するけど」
あんた、受け入れたの?という言葉を飲み込むマチは、イルミとの一件をコウに相談されていた身である。
嫌がっている様子はないし、むしろ嬉しそうに左手のそれを見つめるコウに、まぁいいか、と納得した。
「指輪ね。あぁ…彼からもらったの?」
「こちらに到着してから、少し離れている間に何度か声をかけられてしまって…無防備だから、つけておけと」
「…愛されてるのね」
「愛…!?いや、そういうものじゃないと思います!見るに見かねて、だと思いますし…!」
パクノダの言葉に顔を赤くしたところで、ケトルが鳴る音がした。
逃げるようにそちらに向かう彼女を横目に、視線を絡めるパクノダとマチ。
「どういうこと?」
「色々とね。主にコウ側に誤解と思い込みがあるんだよ。解決したのかと思ったら、そうじゃないみたいだね」
「あら…報われないわね。あんな一目見て上等だってわかる指輪をすぐに用意できるわけがないのに」
「そうでもないんじゃない?前はもっと全力否定だったし。多少は進展してると思うよ、多少は」
17.06.18