暗号解読シリーズ

「―――、…コウ…」
「…っ」

名前を呼ばれている。
それに気付き、意識が覚醒へと向かった。
薄く開いた瞼に挿し込む日差しを力強く感じ、思わず眉間に皺が寄る。
そんな日差しから逃れるように持ち上げた腕は、何故かとても重く感じた。

「…コウ」
「…、…」

名前を呼ばれて、視線をそちらに向ける。
その声で誰に呼ばれているのかは理解していたけれど、その名を紡ごうとした喉は酷く乾燥していて。
声を出すよりも先に身体を起こした彼女に、見計らったように水が差しだされた。
それを受け取って喉を潤し、ほっと一息をつく。

「…イルミさん…」
「覚えてる?」

改めてイルミへと向き直ったところでそう尋ねられる。
広い意味合いを持つそれに、コウは少しの間黙り込んだ。

「今は…ハンター試験の、四次試験中…ですよね。…まだ終わってませんか?」
「うん。他は?」
「他、は…」

彼の声に促されるようにして、記憶をたどる。
そういえば、自分はどうして眠っていたのだろうか。

―――寝てていいよ。終わったらちゃんと連れて行ってあげるから。…疲れてるでしょ。

そうだ、こんな会話があった。
しかし、何故そうなったのかが、思い出せない。
あの時は確かにとても疲れていて、瞼を開いていることすらも苦痛だった。
今、腕の一本が少し重く感じるのは、その名残だろうか。

「私…どうしたんだっけ…“狩る者”と、対峙して…それで…」

ハンター協会が用意した“狩る者”と対峙したあたり…いや、その気配を感じたあたりから、記憶が曖昧だ。
会話をしたはずなのに、水の中で音を聞いているような。
目の前でその姿を見たはずなのに、逆光で輪郭しか捉えられていないような。
自分の記憶であることに間違いはないのだが、何故か記憶が遠い。
戸惑う様子のコウの目の前に差し出された、丸いプレート。

「俺が合流した時には、勝ってた」

寝ている時には危ないから、外しておいた。
そういって手渡されたのは、紛れもなくコウのプレートだ。

「…勝った…んですね」

何となく、思い出し始めている。

―――能力者と殺り合うの久々だからさ…すぐに終わらないでくれよ?

持ち上げられた口角、楽しげな声。
そうして、感じたのは殺気ではなく―――殺意、だった。
勝敗など全く興味なく、ただただ純粋で明確な、目の前の人間を殺すと言う意思。
結果ではなく、目的をそこに置いたコウの中の“何か”を刺激した。
そこからの記憶は、ない。

「…今って、何日目ですか?」
「明日で終わり」
「………丸4日も寝てたんですか、私!?」

この島の滞在期間は一週間。
今が6日目で、1日目以降の記憶がないことを考えると、少なくとも丸4日は眠っていたことになる。
絶句するコウに、よくある話だよ、と静かに返すイルミ。

「今回は特に…念も使ってるから、身体がそれだけ疲弊したんだろうね。たぶん、起こさなかったらまだ寝てたと思う」
「そ…そういうもの、なんですね…」

自分の常識では考えられないけれど、そうなのだと言われれば納得できる気もする。
念の修行の時も、夜は落ちるという表現がぴったりだと思えるほどに、ベッドに入ってからの記憶がなかった。

「とりあえず、一息ついたなら何か食べて、身体を動かすよ。一日あれば勘は戻るだろうから。
四次試験終了後に即、次の試験が始まらないとも限らないからね」
「あ、そうだったんですね…ありがとうございます」

きっと、休められるギリギリまで休ませてくれたのだろう。
イルミのいう事は尤もで、彼の行動には感謝以外に返す言葉は浮かばない。










その翌日、島全体に響き渡る試験終了のアナウンス。
午前の時点でイルミとは既に分かれており、コウは一人でスタート地点へと向かった。

「コウ!」
「…キルア」

コウがその場所に辿り着くなり、駆け寄ってきた元気なキルアの姿に安堵する。

「無事だったんだな。船の上の様子ではどうなるかと思ったけど」
「心配してくれたの?」
「別に…そんなつもりはねーけど」

少しだけ頬を赤くしてふいっと顔をそむけるキルアに、可愛いなぁと思わず手が伸びた。
拒まれることなく白銀の上に落ち着いた手の平で、二・三度だけ彼の頭を撫でる。
子ども扱いをしたら嫌がられるだろうか、と心配したけれど、振り払われることはなかった。

「やめろよ、ガキみたいに」
「…甘えるのって、子供の特権よ。大人になったら色々なことを考えてしまって、素直になれないから」

そういう境遇で育っていないと知っているからこそ、意識せずに言葉が零れ落ちた。
この後の結末を知っている。
恐らく、最終試験の内容はコウの知る未来と変わらないだろう。
もし、そうだとするならば、キルアは。

「…キルアって弟みたいで可愛い」
「えぇ~…コウが姉貴ぃ?………」

素直になれない年頃のキルアは、すぐに嫌そうな顔を作った。
けれど、そのあとの沈黙から察するに、キルア自身の想像は思ったよりも悪くなかったのだろう。
黙り込む彼にクスリと笑い、仕上げとばかりにその頭を撫でてから彼を解放した。
そうして、その肩をポンと叩いて、ゴンが到着したことを伝える。

「じゃあな」

そう言い残して、彼はゴンの元へと走って行った。





「大丈夫そうだね」
「ヒソカさん」
「イルミが焦っていたから何事かと思ったけど」

振り向いたヒソカの腰には、ヒソカ自身のプレートはない。
コウの視線に気づいたのか、彼はククッと笑った。

「あの子はいいハンターになるよ」
「…そう、ですね…きっと」

彼は、この物語の主人公だから。
その言葉を飲み込み、キルアと笑顔を交わすゴンを静かな表情で見つめた。

15.10.10