暗号解読シリーズ

制限時間を数十分だけ残し、たどり着いたタワーの1階。
薄暗いそこでぐるりと見回した先に、見知った姿、そして、あの男がいた。

「……別のルートで、生き残ったんだ…」

誰に聞かれるでもない音量でそう呟く。
本来はゴンたちと共に多数決の道を進むはずだったあの男は、他のルートで生き延びていた。
四次試験をどうするか、結論を出せなかったコウだが、一先ずは安堵の息を吐き出す。
こうなると、四次試験は一体どう転んでくるのかは、最早彼女自身にもわからない。
なるようにしかならないのであれば、考えるだけ無駄なのかもしれないと思った。






四次試験の説明が終わった。
引いたカードによって決まる、受験生同士のプレートの奪い合い―――狩る者と、狩られる者。
箱から引き抜いた時から、怖くて数字を確認できていないカードは今、コウの手の中にある。
下を向けたカードをひっくり返す時の、緊張感。
これからの運命を左右する、一枚のそれ。
コウはごくりと息を飲み、ゆっくりと手を返した。

「………え」

四角いカードに書かれた数字をじっと見つめる。
しかし、どれほど見つめようとも、数字は変化することもなく、そこに沈黙していた。

「…狩る者と、狩られる者…」
「なお、万が一自らの番号を引いた場合は―――」

コウの呟きに重ねるようにして、試験官が口を開く。
弓なりに細められた目が、彼女を見たのは、きっと気のせいではないのだろう。
このカードを引いた時点で、受験生のターゲットは教会側によって把握されている。

「―――その者は、自分のカードを守ればいい。“狩る者”はこちらが用意した」

声につられるようにして、今一度自分自身の手元へと視線を落とす。
数字が示す番号は、コウの持つネームプレートと全く同じものだった。











気分が悪い。
波を切り裂いて島へと向かう船の上、コウは甲板で風にあたっていた。
壁に頭を預けてぐったりとした様子は、憔悴しているようにも見える。

―――“狩る者”はこちらが用意した。

気分の悪さは、慣れない船の影響だけではない。
ゴンたちのプレートの奪い合いに関わらずに済んだことは幸いだった。
けれど、この先コウは何もわからない未来を、自らの手で進まなければならないのだ。
一体、協会が用意した“狩る者”とはどんな人物なのだろうか。
そもそもの試験内容から考えるに、協会が正義の団体でないことは理解している。
この試験に参加している間、命の保証などどこにも存在していない。
風に揺られ、ピアスがチャリ、と音を立てた。

「………―――」

唇が紡いだ名前は、強く吹いた風により掻き消される。
コウはその風から身を守るようにして、ギュッと自身の肩を抱いた。
試験が進んでいる間は、我武者羅と言っても過言ではないから、余計なことを考えている余裕がない。
けれど、こうして待ち時間を得てしまうと、悪い方へ悪い方へと考えてしまう。
不安に胸を押しつぶされそうだった。
未来が分からないことは当たり前なのに、この世界の無常さがその事実を受け止めさせてくれない。
慣れない船の揺れが、悪い思考を助長していることを知りつつも、生憎手持ちに酔い止めの薬はなく。

「…持ってくればよかった」

試験の内容のことは覚えていたけれど、移動手段までは頭から抜け落ちていた。
もしかしたら医者志望のレオリオならば持っているかもしれないけれど、彼を探す元気がない。
この世界に来てから、イルミとの関わりによって、飛行船の移動には少し慣れていた。
しかし、船に乗ったのは今回が初めてであり、元の世界でも船と言えば子供の頃の大型客船のみ。
乗っている人間のことをほぼ無視した粗い操縦に何の影響も受けないほど、コウの三半規管は強くなかった。

「あ、いたいた!コウー!」
「げ!アイツの言った通りじゃん」

幼い声が聞こえ、膝に押し当てていた額を離して顔を上げる。
閉ざしていた瞼に太陽の光が痛い。

「大丈夫?」
「…うん、だいじょうぶ…」
「…じゃないな、明らかに」

顔色悪いぜ、と呆れた風に答えた彼は、逆光でその表情が隠れてしまっている。
けれど、駆け寄ってきた彼らがゴンとキルアであることは声で分かっていたので、反論はない。
大丈夫じゃないことくらいは、自分でもよく分かっていた。
悶々と考えすぎていた所為で、完全に船酔いを起こしてしまっているのだ。

「はい、これ」

ゴンから差し出されたそれを、手の平に受け取る。
回らない思考で、それが薬であることは何とか理解できた。

「船酔いの薬。レオリオから」
「…どうして…?」
「いいから、先に飲めって。ほら、水」

甲斐甲斐しくボトルの蓋まで開けてくれるキルアに小さく礼を述べ、手の平の包みから薬を取り出す。
冷たい水と共にそれを喉の奥へと押し流し、短く息を吐いた。
薬を飲むだけで、何だか身体が楽になった気がするのは、精神的な余裕からだろうか。

「…ありがとう。どうしてこれを?」

効いているはずはないのに、先ほどよりもスラスラと言葉が出てくる。
そんな彼女の問いかけに対して、二人が顔を見合わせた。

「…ヒソカが」
「ヒソカさん…?」
「ああ。ヒソカが、コウは船に慣れてないだろうから、薬をくれないかって。お前、アイツとどんな関係だよ」

ほんとに客と店員?と勘繰られているけれど、キルアが納得する答えはコウの中にない。
優しい人だから、と言っても、きっと二人には伝わらないだろう。

「それで、二人が届けてくれたの?」
「レオリオが“お前らが持ってけ”って言うから、仕方なく!」
「レオリオは“弱ってるコウにヒソカを近付けられるか!”って言ってたよ」

その時の様子が、ありありと想像できる。
気を使わせてしまったなぁ、と苦笑したところで、ポケットが震えた。
正確に言うと、ポケットの中のケータイが震えたのだ。

「…二人とも、ありがとう。気分的に楽になったわ」
「そっか、良かったよ。顔色も少し良くなったね」
「ったく…船酔いとか…。強いのか弱いのかわかんねーよな、コウって」
「一般人なの」
「嘘つけ!…ほら、ゴン。もう行こうぜ」
「うん!じゃあ、また後でね」

足取り軽く去っていく二人の背中を見送って、ケータイを取り出す。
メールの着信を告げるそれを操作して、画面を開いた。
知らないアドレスからのメールと、もう一通。

―――心配してたよ。船には慣れてないからって★
―――風にあたって、遠くを見てなよ。今度は船にも慣れないとね。

「…ほんと、よくわかってるんだから」

本人は常識外れに強いのに、コウにはどこまでも弱者への対応だ。
彼だけは、コウの強さを理解しつつ、弱くあることを認めてくれる。

「…ありがとう」

返信メールと同じ内容の呟きは、波音によって消えた。

15.09.21