暗号解読シリーズ

試合展開は最終まで縺れ込み、結果3対2で勝利するも、チップとして負けた50時間のタイムロス。
日にちに換算してみれば2日以上。
長すぎる時間は、色々なことを考えるには十分だった。

「(確か、あの男のターゲットが、レオリオで…あの男が、クラピカのターゲット)」

となると、あの男の立ち位置にいる自分に、四次試験を通る術はないのかもしれない。
何となく今後の展開を思い浮かべながら、他に気付かれないよう溜息を吐く。

「(納得してくれるかな…いや、無理だよね。島でイルミさんにもヒソカさんにも見つからないようにしないと…)」

そうしなければ、コウのターゲットを隠しておくことは難しい。
ターゲットがばれてしまえば、どうなってしまうのか。
ヒソカはレオリオを気に入っていたから大丈夫かもしれないけれど、問題は彼だ。

「ねぇ、コウさん!」

数時間が過ぎた頃、部屋の中の探索を終えたらしいゴンが壁に凭れて考え事をしていたコウの元へとやってきた。

「コウでいいわ」
「じゃあ、コウ!コウはどうしてハンター試験を受けてるの?」

純粋な彼の質問は、コウのど真ん中をぐさりと貫いた。
どうして―――この真っ直ぐな目に応えられるだけの理由を、持っていない。

「…自分が自分でいるために…かな」

訳ありだという空気は感じ取ってくれたらしい。
そうなんだ、と頷いてから、ゴンは自らの受験の動機を話してくれた。

「なぁ、コウってさ…殺し屋?」

絶句する3人、きょとんとする1人、答えを待つ冷静な1人。

「…どうして?」
「足音、俺の次くらい聞こえねぇし。それに、俺がアイツを殺した時も、あんまり驚いてなかったみたいだったから」

そう答えるキルアの視線を正面から受け止め、答えを考える。
殺し屋であるはずがないけれど、それならばどうやって彼を納得させればいいのか。

キルアが最後の試練官、ジョネスを殺した時、驚かなかったのは知っていたからだ。
人の心臓を目の当たりにしたのはもちろん初めてだったのだが、人間いざとなれば何かのスイッチが切れるらしい。
改めて自分を振り返ってみれば、あの冷静さは不自然だったかもしれない。

「ヒソカとも仲良いんだろ?試験が始まる前、普通に話してたし」
「…仕事のお客さんなのよ、彼は」

変な隠し立ては、逆に不信感を抱かせるだろう。
店員と客、ヒソカとの関係性にそれ以上の説明はない。

「で、殺し屋なの?」
「いいえ。私は殺し屋じゃない。少しだけ、そう言う人に教えてもらっていたことはあるけど」
「殺し屋が師匠?それなら何となく納得かー…」

何か、コウが近くにいるとザワザワするんだよなー。
殺し屋としての感覚が、コウの身に沁みついた何かを感知していたのだろう。
見透かされているような気がして、少しだけ困ったように微笑み、そっと耳元に手を寄せる。

髪をかき上げるような自然な仕草でそこにあるピアスに触れた。








派手ではない存在感を持ち、けれどどこか繊細な。

「あげる」
「え…あ、ありがとうございます。…可愛い」
「気に入った?」
「はい!とっても」
「試験に着けていくといいよ」
「え、でも…壊れるの、嫌なので…」
「壊れないよ。それを壊すなら、かなり本気で念を使わないと」

本当は、華奢な作りを見えたから特別な時に着けようと思った。
けれど、彼がそう言うのならそうなのだろうと納得して、それならばと久しぶりにピアスをつけた。

「どう…ですか?」
「うん。似合ってる」

まるでそう思っていないような声色だったけれど、その声が嬉しいと思った。









「コウ?」
「え、あ…ごめんなさい。少しぼんやりしていたわ」

名を呼ばれ、ハッと我に返る。
何だった?と問いかければ、クラピカは心配そうな表情を浮かべた。

「疲れているなら休んだ方がいい」
「いいえ、大丈夫よ。何だった?」
「…コウの仕事というのは?と聞いたんだが…」

彼は、答えにくければ、と続けた。
その配慮に、彼は優しい人だなと思う。
彼には復讐なんて似合わない―――そう思うけれど、彼を止められるだけの関係性はない。

「小さな喫茶店で働いていたの」

その唇からどんな職業が飛び出すのかと思いきや、耳に届いたのは喫茶店という馴染みのある単語。
ヒソカと関わりがあるという時点で、もっと耳にも心にも強烈なものが聞こえると覚悟していた。
思わず沈黙する4人の脳内では、小さな喫茶店の小さなテーブルに着くヒソカの姿。
当然、ピエロメイクは健在で、何を食べ、飲んでいるのかまでは想像力が働かない。

「ヒソカが…」
「え…ああ!違うの、さすがにあの格好では来ないのよ。普通の格好!」

呟きの意味するところを正しく理解し、慌てて首を振るコウ。
漸く脳内劇場のヒソカが変化を遂げたけれど、ピエロメイクの下は想像できなかった。

「普通…じゃないか。格好良いのよ、ヒソカさん。私も声を聞いたって全然わからなかったわ」

メイクってすごいわね。
なんて楽しげに語る彼女だが、そもそも“あの”ヒソカのことをこんな風に語る時点で、彼女は普通ではない。

「コウって変」

ズバリと言い切ったキルアに、確かに、と思う彼ら。
けれど、それをはっきりと本人に告げてしまう方もどうなのだろうかと思う。
普通はオブラートに包んでやんわりと伝えるべきことだ。

「うん、変かもしれないわね。確かに、怖いと思う部分はあるの。でも、誰でもいくつかの表情はあるでしょう?
皆が皆、常に狂気を振りまいているわけじゃないって知っているから」

これは、コウがこの世界に来て色々な人と関わり、そして学んだことだ。
コウは一方的な知識を持っていた。
故に、先入観がどうしたって先行してしまっていたのだ。

初めは、イルミと同じ空間にいることがどれほど恐怖だったか。
今となっては、逆にどれほど安心してしまっているのか。
時間の流れは、彼女の心を優しく解きほぐし、この世界に馴染ませてくれた。

「…悪い。俺、お前のこと勘違いしてた。ヒソカと仲良くできるなんて、どんな化け物だと思ってた」

そういったレオリオは、苦笑交じりに頬を掻いた。

「でも、そう言う考え方は嫌いじゃねーな。大人な考え方で、正直驚いたぜ」
「…この中では一番年上だと思うし、当然かな」
「え!?コウ、レオリオより年上かよ!?」
「22歳。年上…よね?」

確認するようにレオリオの方を見れば、驚きながらも頷いてくれる。

「コウってレオリオより年上だってわかるんだ!」
「まぁ…見れば、同年代じゃないことはわかるわ」
「そうなんだね。俺たちはみんな、レオリオは20代だと思ってたよ」
「そりゃそうだろ!この顔だぜ!?」

盛り上がる3人を横目に、肩を落とすレオリオと、慰めるクラピカ。

「…これは喜ぶべきところか?」
「…落ち着きがないと言われているんだ。これを教訓に、彼女から冷静さを学ぶといい」

15.09.01