暗号解読シリーズ
ストーリーでは進んでいく間にも5人の中が拗れていく様子が描かれていた。
けれど、コウ自身にその意図はなく、何の問題もなく進み続けていたその先。
ヒュォ、と風の音が聞こえたかと思えば、進む先の足場が消えた。
この場所で行われるのは5対5、ルール自由の対戦だ。
「さて…一番手がアイツだとわかってるわけだが…誰が行く?」
レオリオが全員を振り向いて問いかける。
一番手はできれば取っておきたい一戦だ。
「一番手、私行きましょうか?」
スッと手を上げたコウに、4人が驚いた表情を見せる。
見たところ、一番手の相手はそれなりの使い手だ。
女性を軽視するわけではないけれど、少なくとも彼女を充てるという発想はなかった。
「いや、でもよ…さすがにアイツの相手は…」
「でも、皆さんと面識を持ったのは先ほどですし、どちらかと言うと信頼関係が成り立っていません。
その状況で最終までもつれ込んだら、色々と厄介ですよ」
「…大丈夫なのか?」
クラピカの問いかけに、彼女はにこりと微笑んだ。
「本当にコウで大丈夫なのか?正直、戦えるようには見えねぇぜ…」
「本人が良いという言うのだから、信じる他はない。彼女の言うことも尤もだ。今ならまだフォローできる」
クラピカとレオリオの会話に、キルアはどうかな、と呟く。
「アイツ、結構いい線行くと思うぜ」
「どこをどう見たらそう見えるんだ!?ふつーの女だぜ?」
そんな反応のレオリオに、キルアは一次試験の時のことを思い出す。
確かに、見た目は普通の女性で、家族のような危険な気配とは無縁の様子だ。
けれど、それだけで判断してはいけない何かが、彼女にはあるような気がした。
「ゴン、お前はどう思うよ?」
「うん?そうだな…見た目に思うほど弱くないのかなって」
何となくだけど。
そうして笑うゴンに、3人は毒気を抜かれた表情で肩の力を抜いた。
野生的な勘で生きる彼の言うことは、強ち間違いでもないと知っている。
「…とりあえず、見届けるだけだな」
無理やりではあるけれど、納得したらしいクラピカ。
彼の横顔をちらりとみて、キルアは思う。
「(それに、あの女…)」
本当ならば、彼らの配慮に甘えてしまいたかった。
戦わずに済むのであればそれが一番なのだ。
けれど、コウがあの男の代わりにこの場にいる以上、彼女の役目は一戦目。
戦いの組み合わせが変わってしまえば、その先だってどうなるかわからないのだ。
コウは自分が進んできた道を振り向くと同時に、横目で彼らを見た。
試合の行く末を見届けることに決めたのだろうと思う。
戸惑いの空気が少しだけ変化していたから。
それでも、彼らの表情の中にはやはりコウを案じるものもあり、少しだけくすぐったい思いがした。
一人分の幅を進み、舞台へと足をつける。
「まさか女を一番手に送り込むとはな…とんだ腰抜け共だ」
「…あなたたちが全員男性だったら、一番手であろうが最後であろうが、関係ないでしょう?」
「尤もだ。…勝負の方法を決めようか。俺はデスマッチを提案する!」
一方が負けを認めるか、または死ぬかするまで戦う。
ここでも展開は変わらないようだ。
ドクン、と心臓が嫌な音を立てる。
自身を落ち着かせるように、一度の呼吸を深くした。
そうして、改めて彼を見据える。
「(…大丈夫。少なくとも、イルミさんのような使い手ではない)」
ついでに言うならば、この時点で“凝”を使っているので、念能力者でないことも把握済みだ。
自分にどれほどの力が付いたのかはわからない。
鍛えてくれていたイルミには敵うはずもなく、比較する対象がなかった。
たとえコウが負けたとしても、いや、負けることこそが今後の展開としては正しい。
負けてはいけないと言われるよりは、少し力みが取れる気がした。
「…異論はないわ。ただ―――1つ、ルールを付け加えてくれる?」
一瞬、時間が止まったような錯覚を起こした。
「勝負!」そんな掛け声と共に力強くスタートを切ったのは、一番手、ベンドットだ。
正面からコウに向かっていったはずの彼と、動かなかった彼女。
瞬く間に距離が詰まった衝突の瞬間、彼女は別の場所にいた。
「わっ…と」
詰められた距離の分だけ後ろへと飛んだ彼女は、そう広くない舞台であることを忘れていた。
ザッと足元を鳴らしながら縁まで下がってしまったことに気付き、重心を低くして事なきを得る。
落下の危険を回避した彼女が地面についた手を掃うのを見ながら、彼は冷たい汗を流す。
―――降参、した方がいいと思う。
自分にだけ聞こえるように、囁かれた冷酷さすら感じさせる声が、耳に残っている。
まさか、と思う。
まるで体術の心得など微塵も感じさせないこの女をとらえることなど、簡単だと思っていた。
顔を上げた彼女の目が語る―――どう?と。
「…断る!」
彼の返答は一言。
そう、と呟き少しだけ瞼を伏せた彼女は、準備のモーションなくそれを投げた。
彼女が何かを投げた、避けなければと事を理解するよりも先に、意識が飛んだ。
一瞬のちに意識が戻るも、ベンドットはなす術もなく膝から崩れ落ちる。
補足するならば、股間を押さえるようにして、前のめりに。
少なくともここにいる過半数は男子。
その場の空気が、確かに凍り付いた。
彼の身に起こった現実を理解し、図らずも表情を歪める者、多数。
「え、えげつないな…」
男性の急所に、何の躊躇もなく。
デスマッチである以上相手に対して情けは無用だ。
けれど、女性であればほんの少しくらいは躊躇いを持つところだと思う。
立ち上がるどころか、頭を上げることすらできないらしい彼に、同情の念が向けられた。
コウはそんな彼の元へとゆったり足を進める。
「膝、ついたわよね。…それでも納得できないなら、手加減できないけれど」
しゃがみ込むようにして、ベンドットにだけ聞こえるように声を潜めた。
声の調子に変化はなく、脅すような空気でもないのに、ゾクリと背筋が逆立つ。
彼は未だ動きかねる身体を強引に起こし、震える唇を動かした。
「―――ま、いった…」
か細い音声を拾った。
興味を失ったように自分たちの側へと歩いていく彼女。
ベンドットは足元に落ちたそれに視線を向けた。
自分を攻撃したのは、手の平に収まるようなどこにでもあるライターだ。
こんなにもダメージを受けるような攻撃力の高いものではないし、投げた彼女も目を見張る剛腕ではない。
それなのに、今なお、まともに歩けないほどの自分。
「…ハンターって奴は化け物だな…」
内股になる膝を隠すこともできず、動かない身体を無理やりに動かして元の場所へと戻る。
一時的とはいえ、仲間になっている他の囚人からの同情的な視線が痛い。
漸く安定した足場へとたどり着き、まずはホッと安堵する。
そこで、改めて自分に向けられている微妙な視線と向き合った。
苦笑を浮かべるのは、女性であるコウにとっては理解できないものだから。
「鳩尾あたりに当てて、あわよくば膝を付いてもらえたらって、思ったんですけれど。…手元が狂ってしまって」
「…よ、よーし!何がともあれとりあえず一勝―――」
微妙な空気を振り払うようにして、レオリオが明るくそういった。
その時、相手側の電光掲示板がピッと電子音を立てる。
同時に表示された、1という数字。
「な…どういうことだ!?」
『彼女が付け加えたルールに基づいた結果だ。初撃を回避した際に、彼女は膝をついていた』
スピーカーから聞こえた音割れした声に、コウが軽く眉をひそめる。
振り向く彼らに、ゆるく首を振った。
「膝はついていませんが…カメラの位置によってはそう見えたのかもしれないですね。
彼らがルール、ということでしょう。すみません…私が甘かった。ルールを付け足さなければ…」
もっとはっきりと、明確に結果に繋げればよかった。
素直に自分の非を認め、謝罪する。
「大丈夫だって!俺たちで3勝すればいいんだし。コウさん、すごかったよ!」
「そうだな。我々は不利な立場だとわかった―――それだけでも、十分に有益だった」
気にすることはない、という彼らの意識はすでに次へと向かっていた。
勝てた試合の負けを責められなかったこと、結果が無事に“同じ”ルートをたどったこと。
その二つに安堵し、人知れず息を吐き出した。
15.08.07